【でぶでぶ2

吾輩は猫である。名前はまだ無い。

そんな吾輩は今、でぶでぶでぶ肉、でぶ肉、でぶ肉、でぶ肉、肉肉肉肉、でぶでぶでぶ肉に睨まれておる。このでぶでぶな奴が、吾輩を捕らえたのだ。うわああああんと突然喚き声を上げながら、でぶでぶが吾輩に覆いかぶさってきた。何をするかと思えば、顔をべろべろ舐めてくる。やめんか! 臭いし汚い! 今度は腹を揉み始めた。やめいと言うのがわからんのか! 吾輩の怒りを察知したのか、他のでぶでぶ達も一斉に騒ぎ出した。でぶでぶ達に囲まれてしまった。そして我先にと吾輩に飛びかかってきた。何匹ものでぶでぶに押しつぶされ、流石の吾輩も身動きが取れなくなった。どうやらこのままでは食い殺されるらしい。なんということだ……。吾輩は覚悟を決めた。せめて痛くない死に方であることを祈ろう。そう思い目を閉じた時だった。突如として吾輩の身体を覆っていたでぶでぶ達が吹き飛んだ。一体何が起きた? 吾輩は恐る恐る目を開ける。するとでぶでぶ達が膨らんでいた。でっぷり太った人間のような姿になっている。これは……もしや、進化なのか⁉ だが何故だ? 吾輩は何もしていないぞ? まさか、先程まで吾輩を取り囲んでいたでぶでぶ達は、実はこのでぶでぶの仲間だったのか? だとしたらまずい。このでぶでぶ達に捕まってしまったら、吾輩もまたでぶでぶになってしまうではないか。そう考えた吾輩は、急いでその場を離れた。しかしもう遅かったようだ。既に後ろからもでぶでぶが迫っていた。振り向くまでもない。背中に当たる柔らかい感触からして、それは間違いないだろう。もう駄目かと思ったその時、爆発音が響いて、背後に迫っていたでぶでぶ達が吹っ飛ばされた。吾輩はその隙に逃げ延びることができた。一体誰が助けてくれたんだろうと思ったその時、でぶでぶ達が破裂していることに気が付いた。先程の爆発音はでぶでぶが破裂した音だったのだ。次々に破裂していくでぶでぶ達を避けつつ、吾輩は懸命に走っ……むぐぅ! また破裂音と共に、吾輩の目の前にいたでぶでぶ達が弾け飛んでいった。助かった……のか?とにかく逃げるしかあるまい。吾輩はそのまま走り続けた。

その日以来、吾輩は毎日のようにでぶでぶに追われるようになった。どうやらあの時のでぶでぶは、仲間ではなく敵だったらしい。しかも吾輩が逃げている間にも、どんどんでぶでぶが増えていく。これではきりがないぞ……。こうなったら仕方が無い。吾輩は戦うことにした。といっても相手はでぶでぶだ。とても戦えるような相手ではない。だからといって諦める訳にはいかないのだ。幸い、吾輩は賢い猫である。今まで生き延びてきた経験を活かし、何とか戦う方法を考えるしかないだろう。

それから数日が過ぎた頃、吾輩はあることに気付いた。でぶでぶ達は何故か、でぶでぶ同士で争っていることが多いということに。恐らく、でぶでぶ同士が争うことで、更にでぶでぶが増えるのだろう。つまりでぶでぶ同士の戦いに巻き込まれなければ良いわけだ。そこで吾輩は、なるべくでぶでぶ達のいない場所を選んで歩くようにした。そして見つけたのは、でぶでぶ同士の戦いの場だった。ここを避ければ、でぶでぶ同士の戦いに巻き込まれることはないはずだ。

さらに数日後、吾輩は遂に発見した。でぶでぶのいない安全な住処を。ここは少し高い所にある岩場なのだ。ここに来れば、下にいるでぶでぶ達に襲われる心配はない。それにこの場所からは、でぶでぶ達の里を見渡すことができる。なかなか悪くないところを見つけたものだ。これで一安心という訳である。ただ問題があるとすれば、この岩場に来るためにはかなり登らなければならないという点だろうか。

吾輩は日々努力を重ねた。体力をつけるため、木登りの練習をしたり、崖をよじ登る練習をした。だが中々上手くはならない。それでも諦めずに頑張った甲斐があり、ついに吾輩は登れるようになったのである。どうだ参ったかと言わんばかりに、吾輩は下を見た。そこには、悔しそうに地団駄を踏むでぶでぶがいた。ふふん、ざまあみろ。

そんなある日のこと、吾輩はいつものように岩場で休んでいた。すると突然、でぶでぶの一匹が大声で叫び始めた。一体何事かと思って耳を澄ます。どうやら誰かを呼んでいるようだ。暫くすると、でぶでぶ達が続々と集まってきた。何が始まるんだと思っていると、でぶでぶ達の中からひょっこりと何かが現れた。あれは……猫じゃないか? まさか吾輩の同類が来るとは思わなかったぞ。

「ニャア!(皆の者、よく聞け!)」猫が何やら話し始めた。「ニャウ!(俺はこいつらに用がある!)」何のことだかさっぱりわからないぞ。だが周りでは、でぶでぶ達が興奮している様子だ。「ニャー!(お前ら、俺の言うことを聞かないならこうだ!)」次の瞬間、猫の周りにいたでぶでぶ達が一斉に破裂した。な、なんという恐ろしい光景だ……。その後も次々とでぶでぶ達が集まってくる。そして破裂する回数も多くなってきた。ここにいてはまずいと思い、吾輩はその場を離れようとしたその時、後ろ足で小石を転がしてしまった。乾いた音を立てて小石が崖から落ちる。でぶでぶ達の動きが止まった。どうやら吾輩の存在に気付かれてしまったようだ。

まずいな……逃げようとしても、もう遅いかもしれない。でぶでぶ達がゆっくりと近づいて来るのが見える。ここで終わるのか……? 吾輩の目に映るでぶでぶ達は、既に臨戦態勢といった感じだった。もはや逃げることは不可能だろう。万事休す、絶体絶命の状況である。だが吾輩も、簡単に死ぬつもりはないぞ。何とかして生き延びてやるさ。覚悟を決めていると、突然大声が響き渡った。

「ニャーン」

その鳴き声を聞いた途端、でぶでぶ達の動きが止まる。声の主は先程の猫だ。どうしたんだろうと思っていると、でぶでぶ達の視線は吾輩ではなく、どこか遠くに向けられていた。吾輩もその方向を見る。そこには巨大な化け物が立っていた。でぶでぶより遥かに大きい身体をしている。全身がぶよぶよしていて、まるででぶでぶで出来ているみたいだ。そして一番の特徴と言えば、頭に付いている大きな肉球だろう。あの肉球で叩かれたら、かなり痛そうだぞ。

でぶでぶ達は困惑している様子だ。どうしたらいいのか分からないらしい。そんな状況の中、化け物の方へと近づく猫の姿があった。あれは……吾輩がでぶでぶ達に追いかけられていた時に見た猫ではないか。

「ニャウン!」

猫は一鳴きすると、そのまま化け物の胸に飛び込んだ。化け物は一瞬驚いたような様子だったが、すぐに猫を抱きしめた。吾輩はその様子をじっと見つめる。やがて化け物に変化が起きた。猫を抱きしめたまま、でぶでぶ達に向かって歩き出したのだ。

「ニャー⁉(ちょ、ちょっと待ってよ!)」猫は必死に抵抗するが、化け物に離してもらえないようだ。そしてでぶでぶ達の前に到着する。

「ニャ、ニャン……(ま、負けないもんね……)」猫がそう言った直後、化け物とでぶでぶ達の戦いが始まった。戦いといっても一方的なものだ。でぶでぶ達が一方的に殴られたり蹴られたりするだけである。どうやらこの化け物は強いようだ。次々と弾け飛ぶでぶでぶ達を見ながら吾輩はここから脱出を試みた。幸いにも気付かれてはいないようだ。でぶでぶ達が弾ける音を背に岩から岩へ飛び移ること数回目、着地の衝撃で尻尾がビタンと地面を打つ。痛みに耐えながら辺りを見回すと、岩場の下まで辿り着いたようだ。後はここから去るだけだ。吾輩は全力で走った。

数日後、吾輩は森の中にいた。あれ以来、ずっとここにいるのである。何故かというと、ここにはでぶでぶ達がやって来ないようだからだ。その理由はよく分からないが、あの化け物が関係しているのかもしれない。あれ以降、吾輩は一度も見ていないのだからな。しかし、いつまた現れるか分からんから油断はできないぞ。それにしても腹が減った……

「うわああああん」何処からか悲鳴のような声が聞こえてきた。これは……でぶでぶの声だ! 近くにいるのか? そう思った瞬間、目の前に何かが現れた。何事だと身構えると、それはでぶでぶだった。でぶでぶは吾輩を見ると、「うわあああ!」と叫び、一目散に逃げていく。その後ろには大量のでぶでぶが続いていた。危なかった。どうやら吾輩は助かったらしい。しかし、どういうことだ? 吾輩を見てもでぶでぶが襲ってこなかったぞ。

まあいいか、それよりも食べ物を探さなければ飢え死にしてしまう。吾輩は周囲を警戒しながら移動を開始した。だが暫く進むと、再びでぶでぶに遭遇する。だが様子がおかしいぞ。皆吾輩の方を見たまま固まっている。そして口々に「おーい」「こっちだよ」と言っているのだ。よく見ると、どうも仲間を探しているようである。まさかとは思うが、吾輩のことを他のでぶでぶと勘違いしているのか? 試してみる価値はあるな。「ニャーン(吾輩はここだぞ)」するとでぶでぶ達は一斉にこちらを向き、近寄ってきた。そして「いたぞおおお!」と言いながら、一気に駆け出してくる。やはり勘違いしていたらしい。だがこのままではまずいな。逃げるしかないぞ。吾輩は必死に逃げた。後ろからは大勢のでぶでぶが迫ってくる。逃げ切れるかどうか不安になったが、どうにか振り切ったようだ。ホッと一息ついた。さてこれからどうするか……

とりあえず今日はこの辺りで寝るか。吾輩は地面に横になると、目を閉じた。腹減ったなぁ……

翌朝目覚めると、まだ薄暗い空が広がっていた。雨でも降りそうな天気だぞ。どうしたものかなと考えていると、突然茂みの方から音がする。警戒しながらそちらを見ていると、何かが出てきた。あれは……人だ! 人間じゃないか! なんという幸運だろう。これで食い物にありつけるぞ! 吾輩は急いでそいつに近づくと、匂いを嗅ぎ始めた。こいつは……男だな。服装から見て旅人のようだ。しかもかなり金を持っているに違いないぞ。こんな所に一人で来るなんて怪しい奴め、何を企んでいるんだろうな。だがそんなことは関係ない。とにかく今は腹が減ってるんだ。吾輩は男の服の中に潜り込むと、男の胸元を強打した。「ぐえっ」男は潰れた蛙のような声を出すと動かなくなった。よし、気絶させたぞ。今のうちに金を頂いてしまおうか。吾輩は懐に手を入れようとするが、途中で止まる。いまは金ではなくて食い物だ。吾輩は男が背負っていたリュックサックを開けると、中からチーズを取り出した。やった! いただき。ついでにこいつの財布も奪っておくか。この男には悪いが、これも生きるためなんだ。許してくれよ。吾輩は財布を手に取ると中身を確認する。ふむ、なかなか持っているではないか。全部で三万四千円もあるぞ。これだけあれば当分の間は大丈夫だろう。吾輩はチーズを食べながら、今後のことを考えることにした。さて、取り敢えず街に行くのが一番いいかもしれないな。街では食い物が手に入る可能性が高い。それに何より人間が沢山いるから、情報を集めることができるぞ。よし、決めた。東にあるという街に行ってみよう。吾輩はそう決めると、その場を離れた。

吾輩が街に着いたのは夕方になってからだった。ここはなんという街だろうか? 初めて見る建物ばかりだな。取り敢えず今夜の寝床を探しつつ腹ごしらえをするか。吾輩は周囲を見回して適当な店を探すことにした。おっ、ちょうど良さそうな居酒屋があるぞ。あそこにしよう。吾輩は店の扉を開けて忍びこんでいく。店内は店員の元気のよい声が響いている。吾輩は見つからないようカウンター席の下に潜りこむと、食事が出てくるまで待つことに。暫くすると、客が注文した料理が次々と運ばれてきた。熱々の肉汁溢れるステーキや濃厚な香りを放つシチューなど、どれも美味そうだ。しかし問題は吾輩が猫だということだ。熱いものは苦手なんだよ。早く冷めないかなと思っていると、一人の女が目に入った。その前には皿が置かれているぞ。何を食べるつもりなのかな? 吾輩はその女の行動を注視することにした。女は肉をナイフで切ると、フォークを使って口に運んでいった。「んー」幸せそうな顔をしているな。どうやら当たりだったらしい。すると今度は、別の肉を切り分けて同じように食べ始めたぞ。そしてまた「んー」と言ってる。なるほどそういうことか。吾輩は理解したぞ。つまりこの女は猫舌なのだ。だから熱々のものを食べても平気なように、あらかじめ切り分けたものを持ってきたわけだな。そこまでして食べるのか。呆れたものだ。だがこれではっきりしたぞ。吾輩もここにいれば、いずれ食えるはずだ。待っていてくれ、肉達よ。吾輩は期待に胸を膨らませながら、その時が来るのを待つことにした。

暫くすると、女の前に別の料理が出てきた。おお! これは! 吾輩の大好物、生ハムだぞ。しかも厚めで食べ応えがありそうな感じだ。これなら問題なく食べられそうだな。早速いただいてみよう。吾輩は生ハムが盛り付けられた皿に飛び乗ると、かぶりついた。うむ、美味い。最高だ。口の中に広がる塩味と旨味。たまらないな。吾輩は夢中で食べ続けた。

ふと気づくと、辺りが静まり返っている。なんだ一体。皆こちらを見て固まっているじゃないか。吾輩は周りの様子を窺った。

「きゃああ!」突然、悲鳴が上がった。振り向くと、先程の女が吾輩を見ながら叫んでいる。まずいな。このままだと騒ぎになる。仕方ない。吾輩は慌てて店を飛び出した。

生ハム

次の日、吾輩は昨日の店に向かった。また生ハムをいただくためだ。店に忍び込むと、あの女の姿はなかった。「おい! あれを持ってきてくれ!」誰かが叫んだ。すぐに店員が何か持って現れたぞ。それは……吾輩の写真だった。まさか⁉ どういうことだ。何故写真を持っているのだ。「こいつが昨日の夜、うちに来たんだ」別の男が説明を始めた。「この店で料理を盗み食いしてさ」「それで?」「店長が捕まえようとしたんだけど、逃げ出しちまったんだ」そう言って男は写真を指差す。そこには吾輩の後ろ姿が写っていた。なんということだ。逃げ切ったと思っていたのに。「次に見たらとっ捕まえて絞め殺してやるって話していたところさ」吾輩は逃げることにした。

翌日、吾輩は再び店にやってきた。今日こそは絶対に捕まってなるものか。吾輩は慎重に行動することにした。カウンターの下からゆっくりと顔を出す。誰もいないようだな。よし、今のうちに……。吾輩は素早く移動して皿の上に乗った。そして生ハムを堪能する。「この野郎!」と男の大声がした。吾輩はすぐに店を出た。しかし困ったことになったぞ。この店にはもう来れなくなってしまった。こうなったら別の場所を探すしかないな。吾輩は次の場所を求めて歩き始めた。

暫く歩いていると、目の前に建物が現れた。看板が出ているぞ。どうやらレストランらしい。丁度いいな。ここで食事をしよう。こっそりと中に入ると、大勢の客がいた。どうやら繁盛しているらしい。しかし店員が見当たらないな。どうしたんだろうか。まあいいか。暫く物陰に隠れて様子を伺おうか。吾輩はテーブルの下に潜り込んだ。すると店の奥からでぶでぶがやってきたぞ。奴は鼻歌を歌いながら店内を一周するとそのまま調理場に入っていった。どういうことだ? 周りの客どもは見えていないかのように何の反応もしなかった。

吾輩は調理場へそろりと移動した。様子を確認するとでぶでぶは食材を漁り始めたところだった。あいつは何をするつもりだ? 料理人どもがまったく気に留めていないのが少し気になったが、吾輩はでぶでぶに近づくことにした。するとでぶでぶは肉を切り始めるではないか! 何ということだ。こいつ、厨房で料理をしているぞ。ということは、ここの料理人も見えないのか。吾輩は恐る恐る聞いてみた。「ニャ、ニャア?(お、おいお前さん、ここには一人で来たのか?)」するとでぶでぶは手を止め、驚いた様子で吾輩を見つめてきた。話しかけたのはいけなかかったのかな? だが返事はない。無言のまま見続けているぞ。仕方ない。もう一度試してみよう。「ニャー、ニャン! ニャー!(あー、聞こえてますかね。吾輩は猫です)」今度はちゃんと反応があった。でぶでぶは大きく目を開き、口をパクパクさせているが、どうやら言葉は話せないようだ。でぶでぶは吾輩の方を向き手を伸ばしてきた。え? これは撫でられるのか? いかん。吾輩に触れるでない。逃げようとしたが遅かった。でぶでぶの手が吾輩の頭に触れた。

まずい。見つかったか。そう思った時、でぶでぶが叫び出した。「うわああああん」でぶでぶが体ごと吾輩に抱きついてくる。吾輩は驚いて飛び上がった。その拍子に吾輩は床に尻を打ちつけてしまった。痛いぞ! しかも体が滑って動けないじゃないか。くそ、このままではまずいな。早く抜け出さねば。吾輩は必死にもがく。しかし駄目だった。でぶでぶの力は予想以上に強く、吾輩の体はぴくりとも動かないのだ。

「うわああああ」奥からさらにでぶでぶが出てきた。どうやらでぶでぶは複数いるらしい。二匹は吾輩を抱き上げる。「ニャア!(おい離せ!)」吾輩は暴れたが、やはり無駄だった。そのまま連れていかれる。くそう、どうすればいいんだ。

吾輩は何処かの部屋に連れてこられた。ここはどこだ? 周りを見ると、そこには大量の肉塊が転がっていた。なんだこの部屋は? 気持ち悪いぞ。それにしても酷い臭いだ。一体ここで何が行われているというのだ。「ニャー(何だ)」思わず声に出してしまった。吾輩の声に反応したでぶでぶ達が一斉に吾輩の方を向いた。「ニャ、ニャン! ニャーン‼(な、何だお前らは! 吾輩に触るな!)」するとでぶでぶ達は吾輩を放した。しかし安心したのも束の間、別のでぶでぶが吾輩を掴んで持ち上げてくる。またか。もう勘弁してくれ。

「ニャー!(何するんだ!)」するとでぶでぶは吾輩を肉の上に置いた。そして吾輩を撫で始めた。何がしたいんだこいつは。まあいいか。こうなったらとことん付き合ってやる。暫くするとでぶでぶが吾輩を摘まみ上げ、目の前まで持ってきた。何をする気だ? まさか……。嫌な予感がした。次の瞬間、でぶでぶは吾輩を口の中に入れたではないか! く、くさい。何て奴だ。吾輩を飲み込むつもりか? しかし吾輩の心配をよそに、でぶでぶは吾輩を吐き出した。「ブフッ!」くっ、こいつ今笑ったぞ。吾輩を馬鹿にしやがって! 許せん! こうなれば徹底抗戦してやる。吾輩は思いっきり爪を立てた。だがでぶでぶには効かなかったらしい。逆にでぶでぶは笑い出した。「ぶわはははは」

こいつ!「ニャ、ニャー! ニャニャア!(こ、この野郎! 絶対に許さんぞ!)」吾輩が叫ぶとでぶでぶは吾輩の首を摘み、そのまま口に運んできた。「ニャア⁉(ええ⁉)」まさか飲み込もうとしているのか。いやいや、それはいくら何でもまずいだろう。そんなことをされたら死んでしまうぞ! だがでぶでぶは吾輩のことなど気にせずどんどん喉の奥へと押し込んでいく。やめろ、やめるんだ! 吾輩は必死に抵抗するが、でぶでぶの力は強く、全く歯が立たない。このままでは本当に飲み込まれてしまう。どうしたらいい? その時だった。突然、厨房奥の扉が開いた。そこから入ってきたのはでぶでぶよりも大きなでぶでぶだった。でかい!

「ぶふぅー」でぶでぶはでかいでぶでぶを見つけると嬉しそうに抱きついた。「ぶふー」でぶでぶもでぶでぶを抱き返す。仲良しか。それにしてもあのでかぶつの体は何だ? まるで人間のような姿形をしている。あんなでぶでぶは初めて見たぞ。「ニャア(お主は誰じゃ)」思わず呟いてしまった。でぶでぶに聞こえていたらしい。「ぶひゅ?」でぶでぶが振り向いてきた。「ニャー!(しまった)」つい焦って叫んでしまう。これではただの変な猫だと思われてしまう。早く何か言わなければ。「ニャーニャニャニャニャニャニャ!(貴様らは一体何者だ!)」駄目だ。やはり言葉にならない。するとでぶでぶが近寄ってきた。まずい。怒られるか? 殴られるか? 吾輩は覚悟を決めた。しかし、違った。でぶでぶは大きな手で吾輩を撫で回してきたのだ。「ニャウ?(へ?)」訳が分からない。どうして吾輩を殴らない? しかもでぶでぶは笑顔だ。どういうことだ? 吾輩は混乱していた。するとでぶでぶは吾輩を摘まみ上げ、肉の上に乗せた。「ニャ、ニャニャー(な、何だ)」そしてでぶでぶは自分の肉を口に運び、噛み砕いて食べ始めた。まさか吾輩も食べるつもりなのか?

「ニャ、ニャー!(おい待て!)」吾輩は抵抗したが、でぶでぶの力が強すぎて逃げられない。く、食われる! その瞬間、またもやでぶでぶが吹っ飛んだ。何事かと思い後ろを振り返ると、そこにはでぶでぶがいた。もう一匹いたのか。するとでぶでぶはもう一匹のでぶでぶに向かって言った。「ぶふー」「ぶひゅー」でぶでぶ達は楽しそうだ。「ニャー!(吾輩を放せ!)」吾輩は叫んだが無視された。そのままでぶでぶは二匹仲良く厨房から出て行ってしまった。

吾輩は再び取り残される形となった。仕方がない。暫くここで待つか。暫くすると厨房の奥から誰かが出てきた。吾輩は素早く身を隠す。出てきたのは先程のでぶでぶだった。吾輩は見つからないように息を潜めた。だがでぶでぶは辺りを見渡した後、再び厨房から出ていった。どうやら吾輩には気付いていないようだ。吾輩はそのまま物陰に隠れ続ける。少しして今度は別のでぶでぶが現れた。さっきのでぶでぶは何処に行ったんだろう? 吾輩は不思議に思った。だがでぶでぶは気にすることなく厨房を出て行った。

それを見た後、吾輩はすぐにその場を離れた。そして急いで肉の上に登る。これでやっと安心だ。吾輩が一息つくと、上から声が聞こえてきた。見上げると、そこに居たのはでぶでぶだった。「ぶふー」でぶでぶは満足げに笑っている。「ニャー!(貴様! よくもこの吾輩を食おうとしたな!)」吾輩が叫ぶとでぶでぶは驚いた表情を見せた。「ぶふー」でぶでぶは困った様子で頭を掻いている。どうやら言葉が通じていないらしい。「ニャー!(降りろ!)」吾輩はでぶでぶに命令する。だがでぶでぶは全く動こうとしない。「ぶふー」でぶでぶは溜め息を吐きながら吾輩を見下ろしている。「ニャ!(聞いとるのか!)」吾輩は更に怒りを込めて鳴いた。するとでぶでぶは突然慌て出した。「ぶひゅー!」そして吾輩を抱き抱えたまま走り出す。「ニャ!(降ろせ!)」吾輩は必死に抵抗するが、でぶでぶの力が強くて全く振りほどけない。このままでは連れていかれる。そう思っていた時だ。でぶでぶの動きが止まった。一体何があったのだ? 見るとそこには巨大なでぶでぶの姿があった。どうやら仲間を連れてきたらしい。でぶでぶは巨大でぶでぶに何かを伝えていた。するとでぶでぶは吾輩を見て「ぶふー」と嬉しそうな顔を浮かべた。「ニャ?(何だ?)」吾輩は嫌な予感がした。まさかこのでぶでぶ達……。吾輩の予想通り、二匹は合体し始めた。「ニャアァァァ‼(止めろぉぉぉ‼)」吾輩の声を無視してどんどん大きくなる。そして遂に完成してしまった。「ぶひゅぅ〜」でぶでぶ達は合体でぶでぶになったのだ。

でかすぎるぞ! こんな奴からどうやって逃げれば良いというのか⁉ いや待てよ……今なら隙を突いて逃げることが出来るかもしれない。よし、早速行動開始だ。まずはでかいでぶでぶの顔に飛び乗る。そのまま首まで駆け上がる。でかすぎて登れないと思ったが意外にも簡単に行けてしまった。どうやらそこまで高くはないようだ。後はここから飛び降りるだけだ。吾輩は意を決して飛び降りた。「ニャアァァー」すとん。無事着地成功だ。

吾輩はほっとした。だが油断している場合ではない。直ぐに次の行動を起こさなければ。辺りを見渡す。すると近くに大きな穴があるのを見つけた。あそこから外に出られるかもしれない。吾輩はすぐにその穴に向かって走った。そして中に入る。暗い。真っ暗だ。何も見えない。吾輩は少し焦っていた。もしかしたら出口が無いのではないか。そんな不安が襲ってくる。その時だ。遠くの方で光が見えた。どうやら出口のようだ。吾輩は安心してその場所へと急いだ。

だが吾輩はそこで信じられないものを見てしまう。そこにはでぶでぶ達が居たからだ。しかもかなりの数がいる。どうしよう。このままだと見つかってしまう。だがここで引き返すわけにはいかない。吾輩は覚悟を決めた。もう行くしかない。吾輩はでぶでぶ達の方に歩いていく。するとでぶでぶの一人と目が合った。「ぶふー」と言いながらでぶでぶは吾輩に近づいてくる。「ニャー!(来るな!)」と吾輩は威嚇する。だがでぶでぶはお構いなしに迫ってくる。「ニャー!(やめろー)」と吾輩は必死に叫ぶ。だがでぶでぶ達は止まらない。とうとう目の前に来られた。「ニャー!(降参! 許してくれ)」と吾輩は頭を下げて懇願した。「ぶふー」「ニャー!(お願いします! 見逃して下さい!)」更に強く頼む。だがでぶでぶ達は聞く耳を持たない。「ぶふー」でぶでぶは吾輩を持ち上げた。「ニャー!(助けてぇー!)」吾輩は暴れるが全く効果がない。でぶでぶはそのまま歩き出す。

「ニャー!(降ろしてくれ!)」吾輩の言葉を無視し、でぶでぶは吾輩をどこかに連れていこうとする。一体どこに行くつもりなのか? 暫く歩くとトンネルのような入口に入っていった。ここは何処だろう。地下壕のようだが見覚えの無い場所だ。「ぶふー」とでぶでぶは言うと、再び吾輩を抱えて歩き出した。「ニャ!(ちょっと!)」吾輩は抗議するがやはり無視される。一体何がしたいんだ? それから数分後、やっとでぶでぶは吾輩を下ろしてくれた。吾輩はほっとして一息つく。「ぶふー」でぶでぶはそう言って吾輩を見る。「ニャ?(何だ?)」吾輩は警戒しながら答える。「ぶふー」(付いてこい)と言うようにでぶでぶは前足で指図してくる。吾輩は仕方なくついていくことにした。

歩いている間ずっとでぶでぶ達は吾輩を見てニヤニヤ笑っている。気持ち悪い奴等だ。一体何が楽しいというのか? それにしてもこの通路は何なのだろうか。見た感じ人為的に掘られたように見える。かなり古いもののようで、所々崩れている部分もあった。

分かれ道に出た。でぶでぶ達は迷うことなく右の道を選んで進んでいく。どうやらこいつらはこの場所に慣れているようだ。しばらく進むと今度は左に進む。分岐路では迷うことなく進路を選び続け、十分ほど歩いたところでようやく開けた場所にたどり着いた。そこは広い空間になっていて、天井が異様に高かった。

吾輩は驚いていた。何故ならそこには大量のでぶでぶが居たからだ。ざっと見積もって百匹以上いる。全員でぶでぶだ。でぶでぶ達が一斉に吾輩達を見てきた。「ニャー⁉(何だこれは⁉)」と吾輩は驚く。まさかこんなにでぶでぶがいるとは思わなかった。もしかしてここがでぶでぶの村なのか? するとでぶでぶの一匹がこちらにやってきた。でぶでぶは吾輩の前に来ると口を開いた。「ぶふー」何か言っているようだが意味が分からない。言葉が通じないのだろうか? どうやら他のでぶでぶも近づいてきて、吾輩の前で同じようなことをしている。でぶでぶの群れは吾輩を取り囲むようにして集まってきた。「ニャー!(止めろ!)」と吾輩は叫ぶがでぶでぶ達に気にした様子はない。どうやら仲間同士で会話をしているようだった。

暫くするとでぶでぶ達の会話が終わったらしく、リーダーらしき大きなでぶでぶが吾輩に話しかけてきた。「ぶふー」どうやら先程のは挨拶のようなものらしい。「ニャー!(貴様は誰だ!)」吾輩は威嚇する。すると大きなでぶでぶはその態度に怒ったのか、いきなり飛びかかってきた。「ニャー!(なにするんだ!)」と吾輩は叫びながら必死に逃げ回る。だがこいつの動きはかなり速く、とても逃げ切れるものではなかった。やがて捕まってしまった吾輩は地面に押し倒され、押さえつけられてしまった。「ニャー!(離せ!)」吾輩は暴れるが大きなでぶでぶの力には勝てなかった。「ニャー!(やめろー)」吾輩の言葉を無視して大きなでぶでぶは吾輩の首筋を舐める。

その時、突然周りから歓声が上がった。見ると周りのでぶでぶ達が手を叩いて喜んでいる。どうしたのだろう? よく分からないが、とにかく不快だ。吾輩は再び抵抗を始めたが無駄な抵抗だった。大きなでぶでぶは吾輩の顔中を舐め回し始めた。そして満足げに「ぶふぅー」と息を吐くのだった。すると周りのでぶでぶ達の興奮は最高潮に達したようで狂ったように踊り出した。吾輩はもう観念した。もうなるようにしかならない。せめて早く終わって欲しいものだ。などと諦めていたその時である。

「ニャアオーーン!」猫の雄叫びが高い天井いっぱいまで響いた。誰だ? 何が起きたのだ? 吾輩は声の方に目を向ける。すると小高い岩の上に一匹の猫がいるのが目に映った。この猫は岩から飛び上がると音もなく華麗に着地すると、ゆっくりと吾輩の方へ歩き出した。

静まり返ったでぶでぶ達がささっと道を開けて膝をついて畏まる。吾輩に覆いかぶさっていた大きなでぶでぶも立ち上がり、同じように少し下がると膝をつき頭を下げた。その動作は洗練されていて美しかった。このでぶでぶ達はこの猫の事をかなり敬っているようである。

「ニャオ」猫は吾輩に近づくと顔を近づけてくる。「ニャー?」どうやら吾輩を心配しているようだ。「ニャー」大丈夫だと返事をする。

猫は吾輩の体を舐め始めた。全身くまなく丁寧に何度も舐められると吾輩も気持ちが良くなってきた。暫くすると猫は吾輩から離れていった。そしてこちらに背を向けてでぶでぶ達に向かって語りかける。「ニャオー」どうやらでぶでぶ達に何か話しているようだ。「ニャー」と猫が言うとでぶでぶ達はざわめき出した。「ぶふー」と一番大きなでぶでぶが言うと、皆が一斉に頭を下げる。「ニャー」猫はまた何か言っているようだが吾輩には分からない。「ニャー」猫がこちらを向いて吾輩を見つめてきた。どうやら吾輩にも何か言いたい事があるようだ。「ニャー(はい)」と吾輩が鳴き返すと、猫が前足で手招きしてきたので吾輩は近寄っていった。「ニャ」猫はそう言って吾輩の尻を前足で押したあと、二三歩歩いて吾輩の方を振り向いた。どうやら吾輩も一緒に来いと言っているらしい。「ニャー(わかった)」と吾輩が答えると、猫は走り出した。どうやら案内してくれるようだが何処へ行くつもりなのだ。

着いた先は大きな部屋だった。そこには沢山のでぶでぶ達がいた。どうやらここはでぶでぶ達の集会所のようであった。「ニャー」と猫が言うと、でぶでぶ達が次々に挨拶をしてくる。どうやらこの猫はこのでぶでぶ達のボスらしい。「ニャー」と猫が再び言うと、でぶでぶ達が整列した。吾輩と猫はそのでぶでぶ達の真ん中を通って部屋の奥へと進む。そして一段高くなった岩というより祭壇らしきものの前で止まった。どうやらそこが目的地だったようだ。「ニャー(ここだな?)」と吾輩が聞くと、「ニャッ」と猫が答えてくれた。どうやら間違いないようだ。

祭壇

「ニャアー」と猫が言ったかと思うと、急に辺りが光に包まれた。眩しくて何も見えない! しばらくすると光が収まったので吾輩は目を開けた。

周囲を見渡すが何も変化はなく、先程までと同じ風景が広がっている。だが何となく空気が違うような気がする。「ニャ?(どうなった?)」と吾輩が不思議に思っていると、猫の声が聞こえてきた。「ニャー?(わかるか?)」と吾輩の耳に入ってくる。やはりこの声は猫のようだ。声の方に目を向けると、吾輩のすぐ横に猫がいた。

「ニャ?(どういうことだ?)」と吾輩が尋ねると、猫は祭壇らしきものの方を向いたまま威厳ある落ち着いた声で「ニャー(終わったのだ)」と答えた。ん、あれ? 言葉が通じているぞ。吾輩は驚いて猫を見たが、相変わらず祭壇の方を向いたままだ。

「ニャ(終わったとは? 何が終わったのだ)」と吾輩が再度質問すると、猫はようやく振り向き吾輩の顔を見ると「ニャー(余の時代がだ)」と言った。

「ニャ?(余の時代だと?)」と吾輩が聞き返すと、猫は吾輩に顔を近づけて「ニャー(そうだ)」と言う。吾輩は更に尋ねようとしたが、猫は吾輩を無視してでぶでぶ達の方を向き「ニャー(この世界は今この時をもってこの当代のものになったのだ)」と言った。でぶでぶ達は一斉に「ぶふぁー」と叫び、その場で腹の肉をぷるぷる震わせて踊り出した。

喧噪の中「ニャ?(それはどういう意味だ?)」と吾輩が聞くと、猫は祭壇の方を向いた。「ニャー(あの石版を見るがよい。もう読めるであろう)」と言われて吾輩もそちらに顔を向けた。祭壇の上には小さな丸い鏡のようなものが置かれていて、その前に何か文字が書かれた石版が置いてあった。吾輩は祭壇に近づき、石版に書かれている文字を見た。読める。文字がわかるぞ。生まれて初めて文字を読んだ。石版にはこう書かれていた。

〈天命に導かれし王よ、治しめよ。よって宝のように幸いを得て隆えること、まさに天地と共に永遠となかるべし〉

「ニャ?(どういう意味?)」吾輩は首をひねった。すると猫が顔を吾輩の耳によせてきて「ニャー(おぬしが王となったのだよ)」と言った。「ニャア(この石版を読むことができるのは王だけだ)ニャ、ニャー(そして、それが王の証だ)」と続けて言った。「ニャ?(吾輩がなぜ?)」と吾輩が聞くと、猫は吾輩から離れて祭壇の上に飛び乗ると「ニャ?(さあ?)」と言って前足を吾輩の方に差し出してきた。吾輩は猫の前足に触れてみた。特に変わったところはない。「ニャ(王はどうやって決まるんだ?)」と吾輩が聞くと、猫は「ニャー(いずれわかる)」とだけ答え、祭壇の上で毛繕いを始めた。

吾輩の元にでぶでぶが集まってくる。なぜか「ニャオン♪」と吾輩は鳴いた。なぜ鳴いたのか自分でもわからない。その声を聞いたでぶでぶ達が吾輩に駆け寄ってくる。「ニャオーン!」さらに吾輩は鳴いた。するとでぶでぶ達が吾輩に群がり始める。暑苦しいが吾輩は我慢する。何故ならこれが吾輩の使命だからだ。「ニャーン!」吾輩は雄叫びを上げる。これは古からの儀式のようなものだ。「ニャアオーーン!」吾輩はまた叫ぶ。するとでぶでぶ達は、狂ったように踊り出す。

こうして吾輩は今日もまた、でぶでぶ達の中心で歌い続ける。

ニャオーン! ニャオーン‼ ニャオォーーーーーーン!!!



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