【人工生命体100

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番偉い奴だったそうだ。こいつらがしばらく話をしていて、それから何か飯を食ったらしいのだがその時の模様はまるで覚えていない。ただその当時は非常に悲しかったということだけを覚えている。なぜって生まれて以来これほど悲しいことはなかったからである。何が何やらわけがわからなくなって四六時中泣いたり喚いたりしていたように思う。吾輩は泣き疲れてグッタリとなったところを拾われた。主人はその頃からすでに猫カフェを経営していた。今考えるとあれが主との出会いであった。吾輩はこれでようやく一歳になるかならずというところであった。

吾輩の主人は人間ではない。猫である。名前はあぃをゅぇぴじという。こいつは雌猫である。年齢は不詳だが少なくとも二歳にはなっているはずである。吾輩より少し大きいくらいだからまだ若いはずだ。しかし年寄りのように落ち着いた女である。顔は丸顔の割に目は鋭く光っているし鼻筋が通っている。唇の端からはいつも鋭い牙のような歯が見え隠れしている。耳は大きく垂れ下がっているが形はなかなかよい。髪の毛の色は黒と白との縞模様である。吾輩と同じだ。尻尾は長く太い。これがまたよく動く。機嫌の悪い時は鞭のようにピシャッ! となる。嬉しい時にはピンと立つ。面白いことにこの尻尾は感情によって色が変わる。怒ると赤くなる。喜んでいるときは黄色になる。楽しいときには緑色になる。眠たいときには茶色になる。哀しい時には青色になる。不思議といえば不思議な現象であるが別にどうということはない。要するにそういうものなのだ。ちなみに吾輩の場合は淡灰色である。主人の毛の色と同じである。

主人は吾輩を拾うまではほとんど毎日一人で暮らしていた。それが今では吾輩がいる。これは吾輩にとっても幸せなことである。何故なら吾輩は主人が大好きだからだ。主人と一緒だとご飯も美味いし昼寝もいい気持ちだし、それに……まあいいか。とにかく吾輩は幸せ者である。

さて本題に入ろう。

吾輩はゴルどんを眺めるのが好きである。こいつがどういうロボットであるかを説明すれば長くなるのでここでは省くことにする。

吾輩が主人と一緒に住んでいる家はいわゆる猫屋敷と呼ばれている場所である。吾輩以外にもたくさんの猫たちがここに暮らしている。中には人語を喋れるものもいるし、主人よりもずっと年上のものもいて結構大変なのである。

吾輩の一日は朝起きることから始まる。主人はまだ眠っているようだ。吾輩はそっとベッドから抜け出すと床の上で伸びをする。それから部屋の中を歩き回って体の筋肉をほぐす。そうすると目が覚めてくる。続いて朝食の準備に取り掛かる。吾輩は料理が得意なので台所に立つことが多い。といっても人間の食べるような凝ったものは作らない。目玉焼きとカリカリのベーコンとトーストとミルクで十分である。

目玉焼きとカリカリのベーコンとトーストとミルク

食事が終わると吾輩は外に行く。天気の良い日は日向ぼっこをしたり近所の子供たちと遊んだりして過ごすこともある。夕方になると主人が起きてきて吾輩を抱き上げる。吾輩は主人の腕の中で眠るのが好きだ。吾輩は主人に抱かれるために生まれてきたのではないかと思うほど心地が良い。

夜になったら主人と風呂に入る。吾輩は主人の背中を流すのが好きだ。吾輩の自慢の大きな尻尾で主人を洗ってやるのである。主人の体はとても柔らかくて温かい。吾輩は毎日のようにこうして主と触れ合っているのでとても幸せである。

夜中にふと目覚めると隣には主人の姿がない。吾輩は不安になって家中を探し回る。だがどこにもいない。吾輩は悲しくなって鳴いてしまう。ニャア……ニャア……。しかし返事はない。吾輩はまた鳴いた。今度は少し大きな声で鳴いた。それでも何の反応もない。やがて吾輩は諦めて自分の部屋に戻る。吾輩の部屋は二畳ほどの小さな空間だ。吾輩はここでいつも眠りにつく。電気を消した暗い部屋で吾輩は考えた。きっと主人は自分のことを嫌いになってしまったに違いない。もう二度と帰ってこないつもりなのだろう。そんなことを考えているうちにだんだん眠たくなってきた。吾輩は目を閉じるとすぐに深い眠りに落ちていった。……どれくらい時間が経っただろうか?誰かの声で目を覚ます。どうやら夢を見ていたらしい。吾輩を呼ぶ声だ。ニャーンと鳴いている。ニャアではない。そのことに気がついてハッとする。慌てて起き上がると辺りを見回す。ここは吾輩の家だった。そうだ。吾輩は帰ってきたのだ。安心すると同時に嬉しくなった。吾輩は勢いよくドアを開けると主人に飛びついた。主人は驚いていたが吾輩の頭を撫でてくれた。吾輩はそれだけで満足であった。

(終)



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