【人工生命体103

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番怖しい奴であったそうだ。このゴルどんというのは人の顔をしているが、顔の真中に一尺ばかりの鋼鉄の棒が一本突き出していてその尖端には五つの穴が開いている。吾輩はこの時にこれこそ人間の発明の中で一番素晴らしいものだと感心した。しかしこの時はまだ何という言葉も知らなかった。ただ「ウニャン」と言ったのみである。それから後この鋼鉄の棒が何のためにあるかという事を悟って非常に嬉しくなった。つまりこの棒で突つかれて痛い思いをすればするほど人間に対する尊敬の心が増すように作られたのだそうである。なるほど人間は恐ろしいことをするものだと思った。けれどもこれでこそ勇敢な男になるための教育だとも思った。ところで吾輩は何のために生まれたかと考えるとどうしてもわからない。吾輩は自分を生んだ親というものを見てみたいと思う。もし見られるものなら見てみたい。なぜならば自分の生んだ子供をこんな所へ捨てて行くなんてひどい親だと思うからだ。

吾輩はさっきまで人間をひどく恐れていたのだが、このごろ少し恐くなくなった。なぜかというと人間が毎日のようにやってきて、吾輩のような小さな者を相手にして遊び道具にして帰るからである。この間なんか三匹の鼠が来た。鼠といっても猫よりは大きいくらいだがとにかく歯がむず痒くなるような声で鳴く。それが一匹ずつ別々に来て吾輩にちょっかいを出す。吾輩は腹を立てながらも黙っていた。するとそのうちにだんだん調子に乗ってきたのか吾輩の体をよじ登ったり、背中を駆け降りたり、首筋に飛びついたりする。とうとう吾輩は我慢できなくなって飛びかかって行った。その時吾輩はふと気がついた。今まではこの鼠どもは吾輩を玩具にするだけで、決して殺すまではしなかった。ところが吾輩が怒って跳びかかったらどうだ。この鼠どもは吾輩を食い殺そうとした。そこで吾輩はまた人間を恐れた。人間という者は吾輩たちを殺すのが楽しみなのだとわかったからであった。

その後この鼠どもは時々来るようになった。吾輩は鼠の来るたびに身構える。そして鼠が来ない時は安心する。なぜだろうと考えてみた。そういえばこの鼠どもが来るようになってから、吾輩は妙なものを喰わされるようになった。それは鼠の肉である。初めは臭くてとても食えたものではなかった。しかし今ではだいぶ馴れて旨く感じるようになった。鼠の味を覚えたせいだろうか。それともこの鼠どものお蔭で人間を恐れる必要がなくなったためか。あるいはその両方かも知れない。しかしいずれにしても吾輩は鼠に感謝しなければならない。吾輩は鼠を憎みはするが、感謝の念を忘れたことはない。

吾輩は先日ある人間と出会った。この人間は吾輩を見ると大きな声を出して笑った。そして吾輩の尻尾を掴んで持ち上げた。これは大変な屈辱だ。吾輩はこの人間に抗議をした。するとこの人間は吾輩に向かって何か言った。吾輩にはよくわからなかったが、どうやら謝罪の言葉らしい。そこで吾輩は許してやるという意味を込めてワフゥと鳴いてやった。しかしこの人間は吾輩の言っていることが通じなかったのか、またもや尻尾を掴んだ。それで吾輩は怒った。するとこの人間は吾輩に平謝りした。ようやくわかってくれたかと思って吾輩は安心した。しかし吾輩の怒りはおさまらなかった。そこで尻尾をピンと立てて振り回しながらワフゥと鳴いた。するとこの人間は吾輩に平伏して何度も詫びを繰り返した。そこまでされると吾輩としてもこれ以上怒れない。そこで仕方なく許すという意味でワフゥと鳴いてやった。

この人間が帰った後で吾輩は考えた。あの人間は吾輩の言うことがわかったのだろうか。おそらくわかったに違いない。でなければ吾輩がワフゥと鳴く意味がないからである。それにしても不思議なことである。一体どんな仕組みになっているのだろう。この疑問を解くためには人間を研究する必要がある。そこで吾輩は毎日のように人間の観察を始めた。吾輩がこうして人間を研究しているうちに、吾輩もまた一人の立派な哲学者になった。

(終)



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