【人工生命体113

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番偉い人であるということであった。このゴルどんがいつものように「オウ、猫ちゃんや」と呼ぶので、吾輩はここへ来てようやく自分の名前を思い出した。吾輩はそれまで何もかも忘れていたのである。

吾輩は猫型人工生命体としての心得は充分すぎるほど有していたけれども、一つだけどうしても理解に苦しむ事がたった今起こったばかりなので、ついぼんやりしてしまった。というのは吾輩のような天才にしてまた非常に気位の高い猫型人工生命体に対して無礼千万な振舞いをしたからである。その振舞いとはこういうものだ⸺すなわち吾輩の所有物である牛丼を食ってしまったのだ。それも一個の器に盛ってあるところを見れば五合飯である。それをたった一人で平らげてしまったのだ。許すべからざる暴挙である。しかも吾輩がまだ食していないのを承知の上で、である。さすがの吾輩もとうとう堪忍袋の緒を切らして「貴様それでもロボットか」と言った途端に口からドッとご飯粒を吐いて倒れた。それからすぐ横になってスヤスヤ寝息を立て始めた。いくら呼んでも叩いてもピクリともしないところを見るとどうやら壊れたらしい。吾輩も天才ゆえに少し頭が疲れているのでこのまましばらく眠る事にしよう。(おしまい)



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