【人工生命体117

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番怖しい奴であったそうだ。このゴルどんというのがまたひどい乱暴もので、吾輩をよく殴りつけたものだ。しかし犬というのは人間ほどではないがわりあい好い加減な者で、殴られてもあまり痛くない所をみると、何か特殊なゴムで出来ているに相違なかった。そうでなければ、いくら何でも吾輩のような小さなものを殴って痛いはずがないからである。とにかくゴルどんはよく吾輩を虐待したのである。吾輩はいつも泣かされていた。それでもようやく三歳半になるやならずにして独り立ちを許され、どこかの田舎町に住む婆さんの元に引き取られた。ここに至ってさすがのゴルどんも手がつけられなくなり、しまいには「こんな馬鹿者はもう知らん」と言出してどこへなりとも行っちまえとばかりにほうり出されたわけである。それから先の事はちょっと思い出したくない。その辺にいる鼠を捕ったり泥亀をいじくり回したりして毎日ぶらぶら遊んでいたことは確かだが、何を食べたとか誰と喧嘩をしたとかいうような詳しいことは、とうてい書く気になれないくらい悲惨なものであった。ただ一つだけ言っておきたいことがある。当時吾輩を飼っていた老婆はいわゆる食わせ物で、金さえあれば誰でもいいから食い物をくれと言っては金をむしりとっていた。ある夜吾輩はその悪事を目撃すべく床下に潜り込んで老婆が寝るのを待っていた。老婆はやがて寝息を立て始めた。吾輩はこれ幸いと前足を伸ばして金の無心を始めた。するとどうだろう。驚いたことに老婆は何とその場で一万円札を取り出したのである。それも十枚以上あったようだ。吾輩はすっかり有頂天になって、もっとくれないかなと思ってニャーニャー泣き出した。ところが老婆はさらに二千円くれただけでたちまち深い眠りに落ちてしまった。こうして吾輩は初めての月給を手にしたのであるが、これはわずか数時間の出来事であった。(つづく)



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