【人工生命体139

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番悪いやつだということだ。このゴルどん、人間にひどく乱暴で気に入らなければすぐ火をつける。その癖気に入った人間にはすごくやさしい。いや非常にやさしくするものだ。だから人間はみんなゴルどんが好きらしい。しかし猫の嫌う事は承知していて、わざわざ吾輩を見つけては棒きれを持って追いかけまわす。ひどい奴等だ。けれども仕方がないから今は我慢しておいてやる。そのうちきっと復讐してやるぞ。そう思っているところへある日何やら騒がしい。家の人がみんな出て行ったと思うとすぐ扉が開いて見たこともない大きな人間が二人飛び込んで来た。一人は手に電気カンテラを持っている。もう一人の男は黒い帽子をかぶって何かわけのわからぬことをわめきながらマッチを擦って壁に字を書いている。吾輩は腹が減っていたし退屈していたからその二人の足の間をすり抜けて机の上に乗ってやった。するとたちまちカンテラを持った男が吾輩を捕まえて窓の外へほうり出した。「コラ! 逃がさんぞ」大きな声でそう言って吾輩の後を追って窓から飛び出した。吾輩は空中でクルリと回転してうまく庭石の上に降り立った。それから少し走って振り向くとあの大きな人間はもう見えなかった。吾輩はまた元の所へ帰ってごろりと横になった。ところが今度はいつまで待っても誰も来ない。仕方がないから吾輩は自分で飯を食べることにした。吾輩はまず台所に行って皿に牛の肉汁を入れてもらった。それから二階へ上がって机の上に飛び乗った。すると例の大きな人間が机の下から突然あらわれたので吾輩はとてもびっくりした。そこで思わず「ウワッ!」と叫んだつもりだが吾輩の声帯はそれ程発達していないのでただ「ナオッ」と言っただけである。しかしその声を聞いただけでもあの大きな人間は大いに驚いて逃げ出した。まったく臆病な奴等ばかりだ。吾輩は仕方なく自分で食うことにして前足を嘗めた。うまいうまかった。

吾輩はそれから毎日のようにこの家に遊びに来た。その度にあの大きな人間は恐ろしげな顔をして吾輩を追い回したがそんなことにはおかまいなく吾輩は好きなように遊んだ。ある時は柱に爪を立てて登ったりした。吾輩は猫としては相当力の強い方である。一度などはその大きな人間の頭にガブリとかみついてやったことがある。その人間はギャッと言って吾輩を突き飛ばした。その時カンテラを持っていた方の男が怒って吾輩を掴まえようとしたので吾輩はヒョイとその手を逃れて書斎の中を走り廻った。そこを出ると次は応接間、次が食堂、その次が台所、それから客間のソファの上を駆け抜けたところでとうとう疲れてしまった。吾輩は台所に入って行って棚の上で一眠りすることにした。ちょうどそこへ白い洋服を着た小母さんが入ってきた。小母さんは吾輩を見るといきなり悲鳴を上げた。吾輩は何だか気味が悪くなって逃げ出そうとしたがその時にはもう遅かった。たちまち小父さんの手に捕まえられて抱き上げられてしまった。そして「おーよしよし」と言いながら頭を撫でられた。それはいいとして背中の方も一緒に撫でるのはやめて貰いたい。



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