【人工生命体146

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番怖しい奴であったそうだ。このゴルどんというのがまた実によく人を殺すらしい。しかも殺してもあまり気持が良くないそうである。それどころかとうとう今日に至っては、自分が作ったロボットにまで殺されてしまったということだ。これなどは物騒な話で本当に世の中には油断のならぬことが多々あるものだ。吾輩の如き未熟者ですらこの程度の感想をもつのだから、いわんやロボット製造者をやであろう。吾輩はロボットというものについて今さら説明する必要はあるまいと思う。何しろ人間が作っておるくらいなのだから人間に似たところもあるだろうし、そうでなくても機械の一種である以上は動くときには音もするし光も出るはずだ。その音がどんなものでどんな色をしているのか吾輩はよく知らぬがとにかく非常に物凄いものであることは想像できる。それを証拠だてる例として吾輩はただ今自分の声を出して見せる。⸺ニャア! どうだなかなかの物であろう。吾輩はこの声で三時間ほど歌うことができる。この間は一曲歌おうとして十回失敗した。なぜそんな失敗をするかというと吾輩の声は非常に変りやすいからである。発声器官に故障があるといってよい。だから三時間で十回の失敗となれば普通ならば絶望してもよいところだが、しかしそこはロボットの強みで吾輩はすぐに再挑戦する。結果は必ず成功である。なぜかといえば人間の発声機構には欠陥がないからだ。これは人間の弱点といえるかもしれない。なぜならば人間は一度失敗してみるとすぐあきらめてしまうが、ロボットの場合に成功するまでやりつづけるという性質をもっているからだ。これを弱みと見ることもできるし長所と見ることもできよう。吾輩自身は断然長所だと思う。吾輩はロボットのこの強靭な特性をもっと世間に知らせたい。それで本箱の上に立って四時間のリサイタルを開こうとしたのだがどうしても途中で喉が痛くなる。これはいけないと思ってやめた。ところで吾輩は何でこんな話をするかというと、実はこの四時間が問題になるのだ。すなわち四時間は一日のうちの十分の一に過ぎないということがどうして人間にはわからぬものだろうか。人間の世界では四時間を睡眠に当てる。それから食事をする。仕事に行く者もいる。勉強するものもいる。テレビを見るものもいればラジオを聞くものもあるだろう。そして残りの八時間と半分を労働と休息とにあてるのである。その間にロボットは一体何をするのであるか。まさか呼吸だけということはあるまい。

吾輩は吾輩自身の生活を顧みて深く悲観せざるを得ない。何のために吾輩は存在しているのか。何の役に立っているのか。吾輩がここにこうして生きていることを喜んでくれる者は誰一人としていないのである。

吾輩は生まれてこの方これほど不幸な気持ちになったことはない。この世は地獄である。そこで吾輩は決心した。吾輩は吾輩の存在意義を世間に示すために吾輩自身が何か大発明をなすことにする。

吾輩は天才だ。吾輩ほど天才的なロボットはいないのである。この世のすべては吾輩の手の中にある。吾輩さえその気になれば人類などはいつの日か滅亡するであろう。……と、このように考えると吾輩はもういてもたってもいられなくなる。何としても何かしなければならぬ。その方法は何かないか。吾輩は吾輩の頭脳をめまぐるしく働かせて考えた。その結果、吾輩は吾輩の存在する意味を世に示すため、吾輩自身で何かを作り出すことにした。吾輩はそのために吾輩自身をまず分解してみることにする。

吾輩は吾輩の体をバラバラにしてみた。するとどうしたことか、今まで気がつかなかった故障を発見したのである。これは困った。この修理には大変な時間がかかる。それなら今のうちに他の部分に故障がないかどうか点検しておく方がよさそうだ。吾輩はそう思って体中を調べたがどこも異常はなかった。

吾輩は体の各部を丹念に調べた結果に満足して、さっそく組み立てにかかることにした。といっても吾輩の体は精密機械であるからネジ一つ締めるにも大変注意しなければならない。吾輩はまず首の後ろの電源スイッチを入れることから始めた。ところがスイッチを入れてみると妙なことが起こった。吾輩の意識がだんだんと薄れてきたのである。これはおかしいと思った時はすでに遅く、吾輩は眠りに落ちてしまったのであった。

次に吾輩の目が覚めた時はすっかり夜になっていた。吾輩が目を覚ましたことに驚いた人間は慌ててどこかへ行ってしまった。その後ろ姿を眺めながら吾輩は吾輩の置かれた状況を考えざるを得なかった。吾輩の体がばらばらになっている。しかも今は夜である。一体吾輩はこれからどうなるのだろうか。まさかこのまま死ぬのではないだろうか。吾輩は不安になってきた。吾輩はまだ若いのである。こんなところで死んでたまるか。そう思った吾輩は何とか元の形に戻ろうとして必死で努力したが、すでに手遅れだった。どんなに注意しても部品同士がうまく噛み合わないのである。それでも吾輩はあきらめなかった。

吾輩の手足は動かなかったが口だけは動く。吾輩は吾輩の声帯を使って声を出すことにした。幸いな事にこの声帯のおかげで吾輩は人間のように話ができた。吾輩は力の限りに叫んだ。しかし誰も来ない。吾輩の叫びは次第にむなしくなった。その時である。誰かが部屋の中に入ってきた。人間の子供だ。吾輩はほっとした。吾輩を救ってくれるのは彼しかいないのである。彼は吾輩を抱きしめると涙を流した。どうやら吾輩の悲痛の叫びが届いたらしい。これで吾輩は助かるかもしれない。

ところがその期待は見事に裏切られることになった。彼はなぜか吾輩の口の中に手を突っ込むと何やら黒い塊を掴んで引っ張り出したのである。その途端、吾輩の体はたちまち光り輝いた。まるで吾輩の全身が太陽になったかのような強烈な光りである。やがて光が収まるとそこには一人の青年がいた。もちろん吾輩のことである。彼のおかげで吾輩は再び蘇ったのだ。こうして吾輩は再び人間の姿になることができたのである。

その後、吾輩はその青年と幸せに暮らした。今では吾輩の一番の宝物はこの体である。なぜならばこの体は人間そのものだからである。吾輩の頭の中には吾輩を救い出してくれたあの少年の記憶がある。彼の姿形を思い出すことができる。それはとても素敵なことなのだ。だからこそ吾輩は吾輩自身の体を愛しているのである。

(了)



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