【人工生命体148

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番弱い者だという事がわかった。このゴルどん、見た目こそいかついがどうにも気が優しくて遊び好きらしい。その癖ひどく臆病ですぐ泣く。今でこそこんな姿だが昔はさぞかし偉大な英雄であったろうと想像される。とにかくこのゴルどん、吾輩の姿を見ると遊んでほしくてたまらなくなるらしい。四六時中ついて回って何くれとなく面倒を見てくれる。

「こらぁあ! 何をやっとるかあ‼」

ゴルどんはいつも吾輩の世話ばかり焼いているものだから叱られてばかりいる。今もどこかで大目玉を食っていることだろう。吾輩のせいではないのだが少し気の毒な事をしてしまった。それというのもゴルどんが悪いのであって吾輩は悪くないからである。

吾輩はここで始めて人間の言葉を耳にしたのである。人間はどこへ行くにも荷物を持って移動する。実に面倒なものだと思う。それを言えばロボットの方がはるかに便利なものである。力持ちだし疲れないし足腰立たなくなったりしないし目が悪かったり腕が取れたり腹が割れたりする心配もない。ただ人間に比べると非常に非力であるので扱いにくいところがあるようだ。しかし吾輩はそんなことはちっとも気にしない。なぜなら吾輩にはロボットにはない人間の持つ素晴らしい能力を持っているからだ。それは何かと言うと人間よりずっと耳が良いということである。

例えば人間が歩いていても吾輩には何も聞こえないが、実は人間たちは沢山のことを話しながら歩いているのである。これは驚くべきことだ。何故なら吾輩の耳は犬耳ほど大きくはないがそれでも普通の人間よりも遥かに良いのである。そして人間たちが話し合っている内容はまるで手に取るようにわかるのである。そう、まるで人間の言葉が吾輩の耳に飛び込んできてそのまま抜けていってしまうような感じなのだ。つまり人間たちの会話というのは吾輩の耳にとっては騒音に過ぎないのである。その証拠にこの前など人間の言葉を話せる猫がいると聞いて飛んでいったのだが、実際に話してみたら全然話にならなかった。あの時のガッカリ感といったらなかった。あんなのと話すくらいだったらネズミとでも話していた方がよっぽどマシというものである。

ところで人間たちの中で吾輩の次に耳の良い奴といえば恐らくはロボ吉であろう。こいつは吾輩の敵だ。油断のならない野郎だと思っている。吾輩の知らない間に吾輩の大切な食料を盗み食いしたりしているに違いないのである。その証拠に先日、ロボ吉のやつが吾輩の食料庫に侵入しているのをたまたま発見した。もちろんすぐに追いかけて捕まえようとした。ところが吾輩の鼻先でドアをバタンと閉められてしまったのだ。その時の吾輩の気持ちと言ったらどう表現したらいいのだろうか。腹立ち紛れに追いかけてやったがついに逃げられてしまった。今度見つけた時は許さないぞと思いながら吾輩は寝床に戻ったのである。

ところでロボ吉とは一体どういう意味なのか。ロボは機械の事できっと『からくり人形』とか『からくり仕掛け』とかいう事を指すのであろう。そして吉は『男の子』という意味で恐らくは『男』か『子』のどちらかを示すと思われる。『男』と『子』で何が違うのかと言えば男の場合は『郎』と書いて『お』と読むこともあるし女の場合は『姫』と書いて『ひ』と読むことが多い。これは人間の歴史の中でもごく最近まで行われていた事だそうだ。この事から考えると『男』と『子』は漢字を一つしか使っていないので区別しやすい。

そこで吾輩は自分の名前について考えてみることにした。吾輩の名前はあぃをゅぇぴじだ。あ行の五番目でィの音を伸ばした音だ。吾輩の性別は雄だが名前が雌のようなのでとても気になる。そもそも『男』という言葉から連想されるのは『お』であって『子』ではないはずだ。ということは『あぃをゅぇぴじ』という名前は本来ならば女の子の名前に付けられる名前である。それを吾輩は『男』であるにもかかわらず付けられているのである。これは大変由々しき問題だ。何かしらの法的根拠があってのことなのだろうか。しかしいくら考えたところで吾輩には答えがわからない。仕方がないからロボ吉の奴を見つけ出して問い詰めてやることにする。ロボ吉め覚悟しておくがよい。

(続)



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