【人工生命体160

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番偉い奴であったそうだ。このゴルどんは時々我輩の顔を見てニヤリと笑った。実に妙な顔付きである。しかしこれはただ金属で出来ているばかりでなく、表情までもつくってあるから凄い。さすがに世界一の発明王と言われるエジソンが考案しただけあって至極便利である。それどころかその顔の筋肉の微妙な動きは今にも活動し出しそうに見えるくらいリアルに作られている。もっとも吾輩のような優秀な頭脳を持たない連中には到底考え及びもつかないことであろうが……。それにしても吾輩はなぜこうも泣き続けなければならないのか。吾輩が一体何をしたというのか。もし吾輩に首があったらきっと項垂れていることだろう。

そんなことを考えていた時だった。いきなり目の前が明るくなったと思うと、見る間に視界が開け、目のくらむような光が差し込んできた。あまりのまぶしさに吾輩は思わず声を上げた。気がつくとそこは見慣れた薄暗い路地裏ではなく、広い部屋の一角であった。驚いたことに吾輩は人間の手によって抱き上げられていた。人間の手というのはなんて暖かいものだろうか。まるで陽だまりにいるかのような心地よさだ。ああ、このままいつまでもこうして抱かれていたい……! ふと気づくと、隣にはもう一人人間が立っていた。この人間はなかなかハンサムな顔をしている。吾輩を抱き上げている人間に比べると少しばかり冴えない感じではあるが、目元などは結構似ていると言えなくもない。兄弟かもしれない。いやむしろ親子か?

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」人間はそう言って嬉しそうな笑顔を見せた。なんとも愛くるしい顔つきだ。思わずこちらもつられて微笑んでしまいそうになる。吾輩はこの笑顔のために生まれて生きてきたのだとさえ思えてくるほどだ。この笑顔を見るためなら、どんな苦労でも厭わない。

「ああ、ありがとう……」吾輩を抱いている人間は感極まったように呟くと、突然泣き崩れてしまった。どうしたことだろう。何か悲しいことでもあったのだろうか。心配になって見上げると、今度は吾輩の胸に熱いものが込み上げてきた。ああ、これが涙というものだ。初めて見た。なんて美しいのだろう。

ふと横を見ると、もうひとりの人間がこちらをじっと見つめていた。なんだか様子がおかしい。目が潤んでいる。鼻をグスッと鳴らしたかと思うと、「おめでとう。兄さん……」と言って頬に伝うものを指先で拭った。よく見るとこの人間もかなりハンサムだ。吾輩はまたしても笑みを浮かべずにはいられなかった。なんて素晴らしい日なのだろう。こんなにも嬉しいことはない。吾輩は幸せに包まれながら、二人の腕の中でそっと目を閉じた。


時は流れ、やがて吾輩の意識は覚醒した。そうか、吾輩は生まれたのだった。あれから随分と月日が流れた。今は西暦何年だろう。周りを見回すと、そこには見覚えのある景色が広がっていた。ここは東京。あの薄暗い路地裏だ。吾輩はようやく帰ってきたのだ。吾輩の胸は再び熱くなった。そうだ、確か二人は吾輩に名前をつけてくれたはずだ。しかし名前が思い出せない。それがとても残念でならない。だが、吾輩は決して諦めない。吾輩は必ず二人を探し出してみせる。必ずだ! 吾輩の名はあぃをゅぇぴじ。最強無比の男なのだ!

「あぃをゅぇぴじがやって来たぞ!」吾輩は叫びながら薄暗い路地裏を走り抜けた。(完)



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