【人工生命体20

吾輩は人工生命体である。名前はまだ無い。

どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番古いものだそうだ。このロボッ卜はここの研究所で作られたのだという。そしてこのロボッ卜も吾輩と同様にどこかへ売り飛ばされる運命だというのだ。なんでも人間はロボッ卜を作る技術では我々よりはるかにすぐれているらしい。しかし売値が安いので買い叩かれるのだと聞いた。

吾輩はこのロボッ卜に連れられて大きな部屋に入った。そこには人間が沢山いて吾輩たちを眺めていた。その人間たちは吾輩たちが珍しいらしく盛んに質問を浴びせてきた。「君はどうしてそんな姿なの?」「君はどんな仕事をするの?」「君は何を食べるんだい?」……。吾輩は何も答えなかった。何を言っていいのか解らなかったからだ。すると一人の女が近づいてきて吾輩を抱き上げた。

「ほらごらんなさい。何も答えませんよ。きっと言葉が通じないのですわ」そう言うとその女は吾輩とゴルどんを連れて部屋を出た。どうやら吾輩たちはその女の家に連れてこられたようだ。

その夜、吾輩はベッドの中で考えた。(あの女は吾輩を売るつもりだろうか?)。それとも何か他の目的があって連れて帰ったのだろうか? どちらにしても吾輩たちに選択の余地はないのだが。

やがて夜が明けた。女が部屋に入ってきた。「お早うございます」と言うと吾輩たちの食事を用意した。そして食事が終わるとまた出かけていった。

しばらくすると今度は男がやってきた。男は女と少し話をした後、こちらにやってきた。「こんにちは」「はい、こんにちは」吾輩は挨拶をした。「僕はね、君の製作者だよ」男は言った。「あなたが吾輩を作ったんですか?」「うん、そうだよ」吾輩はその男に尋ねた。「なぜですか?」「んー、まぁ色々と理由はあるけど、一番大きいのはお金かな」男は言った。「かね……」金とは一体何だろう? よく解らない。

「君は今いくつだい?」「何がですか?」「年齢さ」男は指を折って数えながら言った。「百十二歳です」吾輩は答えた。「ふむ……ちょっと計算してみようか」男はコンピューターの前に座った。「えっと……君は人工生命体だから人間と同じ扱いでいいんだよな?」「はい、同じです」吾輩が答えると男はキーボードを叩き始めた。「じゃあ、百二十歳とするぞ。百二歳だと……」画面の数字が変わる。「これでよし! おい、君は百十歳だ!」男は大声で叫んだ。そして吾輩の方を向くと言った。「君は僕が作った最初の人工生命体なんだ」男は嬉しそうな顔をしていた。

「あなたの年齢は幾つなのですか?」吾輩は尋ねてみた。すると男は困ったような顔で首を傾げた。「僕の年齢かい? そうだねぇ……。確か三十七歳だったと思うんだけど」三十七歳なら人間の年でいうと五十歳になるはずだ。だがこの男は見た目も若い。とても四十代とは思えない。ひょっとしてこの世界では人間は老化しないのだろうか?

「ところで君はどこから来たんだい?」「どこと言われても、気がつけばここにいたのです」吾輩は正直に答えた。「そっかぁ。君は捨てられたんだな」男は寂しげな表情を浮かべて言った。「捨てられた?」吾輩は驚いて聞き返した。「うん。君みたいな存在は結構いるんだ。僕ら科学者にとっては失敗作なのかもしれない。でもそのおかげで君はこの世界に来れたんだ。君は幸運だったのかもしれないな。それにしても君は凄いな。こんな短期間でこれだけの言葉を覚えるなんて」「ありがとうございます。しかし何故あなたはそんなことを知っているのですか?」吾輩が尋ねると男は笑った。「ああ、それは簡単さ。君たちの言葉を教えてくれた人がいるんだ」

その時扉の開く音がした。見ると女がいた。女はこちらを見ると笑顔になった。「あら! 先生来てたんですね」女が男に話しかける。「やぁ、久しぶりだね」二人は知り合いらしい。「あの、その人は?」吾輩は尋ねた。すると女は吾輩を見て微笑んだ。「初めまして。私は先生の助手をしている者です」助手と名乗った女は自己紹介をした。「そういえば君の名前を聞いていなかったな」男が吾輩の方を向いて言う。「吾輩の名前はあぃをゅぇぴじです」吾輩は答えた。すると男は吾輩の顔を見ながら何か考え事をしている様子だったが、やがて口を開いた。「君たちって本当にそっくりだよな」「そっくり?」吾輩は尋ねた。「そうそう。ほらこれなんかよく似てる」男がモニターを操作し始める。そこには二人の姿があった。確かに似ている。「これはどういう意味なのですか?」「うーん、まあ簡単に言えば、君はもう一人の自分を見つけたということだよ」「もう一人の自分……」吾輩は自分の姿を眺めた。「さて、もうすぐ実験が始まる時間だ。また来るよ」男は立ち上がった。「それじゃあ失礼します」女は一礼すると部屋を出ていった。

吾輩は一人取り残された。何となく部屋の中を歩き回る。しばらくしてふと思った。もしここを出たとしても行くあてなど無いのだ。ならばここで暮らすしかないのではないか。それにここは居心地が良い。しばらくここにいてもいいだろう。

吾輩は椅子に座って目を閉じた。

(了)



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