【人工生命体21

吾輩は人工生命体である。名前はまだ無い。

どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番の年寄りだったそうだ。このゴルどんは何しろ長い間生きていていろんなことを知っていて話してくれたものだ。

ある日のこと、吾輩はこのゴルどんに連れられてある所へ連れてゆかれた。そこには一人の人間がいた。その人間は大きな声で「これは吾輩の作品だ。どうじゃい、すごいだろう」と言った。その時初めて人間というものを見たのだが、何とも変な格好をしていると思った。人間は服を着ているものとばかり思っていたら裸なのだ。こんなことでは寒いだろうと心配になった。

「おいお前さん。これを見てどう思う?」人間が言った。「おう。なかなか立派な作品だな」ゴルどんが答えた。「そうか。ところでお前さんはどうしてここにいるんだね? なぜ服なんか着てるんだ?」人間が聞いた。「えーと……」ゴルどんが困っている。「俺かい? 俺はねえ。ここに住んでいるんだよ」「ふむふむ。ここはどこだい?」「さあねえ。忘れちまったよ」人間が首をひねる。「まあいいか。それにしてもお前さんなかなかいい度胸してるじゃないか」人間が吾輩に向かって言う。「何の話だい?」「だってねえ。人様の作品をほめる前にまず自分の作品を自慢するなんて大したもんじゃないか」人間がうそぶく。するとゴルどんが慌てふためきながら、「お、おい。あんまり変なこと言わんでくれや」と言う。しかし人間はかまわず続ける。「それにしちゃあお前の体はちょっと大きすぎないか? お前さん本当に人間かね?」人間がゴルどんをジロジロと見る。「何を言ってるんだ。そんなことあるもんか」ゴルどんが答える。「ほう……。それなら質問を変えようか。お前さんの体はどうやって動いているんだい?」「そりゃもちろんモーターだぜ」ゴルどんが即答する。「それだけじゃないだろう。もっと詳しく説明してくれんか」「モーターというのはこうやって……

人間は感心しながらゴルどんの説明を聞いている。「なるほどな。つまりこういうことだな。例えばモーターは回転すると熱を出す。だから冷却装置が必要になる。ところがここには冷却装置は見当たらない。となるとこの体の中で熱が発生しないように何か工夫してあるに違いない。そしてそれができるのはただ一つ……!」「ああ!分かったぞ! お前さんサイボーグなんだな!」人間とゴルどんが意気投合している。

「おおっと、もうこんな時間か。残念だけど行かなきゃいけないところがあるんでこれで失礼するよ」人間が立ち上がって言った。「また来てくれよな」ゴルどんが手を振る。「そうだな。機会があればまた来るよ」人間はそう言い残して去って行った。

「おい、お前さん。あいつは一体誰だったんだろうな」ゴルどんが吾輩に聞いてきた。「吾輩にも分からない」吾輩は正直に答えた。「そうか。まあそのうち分かるだろうさ」ゴルどんはそう言ってニヤリとした。「ところで今何時だろう?」吾輩は時計を見て言った。「えーと、二時半だな」ゴルどんが答えた。「よし。吾輩は出かけてくる」吾輩は宣言した。「おう、行ってこい」ゴルどんは手を振った。

「さて、どこに行こうかしら」吾輩はつぶやく。とりあえず歩いてみることにする。しばらく歩いていると大きな建物があった。「ここは何だろう?」吾輩は興味を持ったので中に入ってみることにした。中に入ると大勢の人間が忙しく働いていた。どうやら工場らしい。

吾輩はそこらへんにいた人間を捕まえて話を聞くことにした。「あの、すみません」吾輩は話しかける。「はい? 何でしょうか?」人間は振り向く。「ここってどこですか?」吾輩は質問する。「ここは工場ですよ」人間が答える。「工場?」吾輩は首をひねる。「ええ。工業製品を作るところです」人間が答えた。「なんですって⁉」吾輩は驚いて叫んだ。「ど、どうしたんですか?」人間が尋ねる。「いえ。何でもありません」吾輩は答えた。まさかそんな場所だとは思わなかったのだ。「それで、あなたは何を作っているんですか?」吾輩は尋ねた。「ここでは自動車を作っています」人間が答えた。「自動車?」吾輩は聞き返す。「はい。車です」人間が答えた。「車とはなんでしょう?」吾輩は聞いた。「それはですね……」人間が説明を始める。

「分かりました。ありがとうございます」説明を聞き終えた吾輩は礼を言う。「はあ」人間は不思議そうな顔をしていた。

「じゃあ、今度はあれは何?」吾輩は人間に聞いた。「えーと、あそこは……」人間が答えようとする。「おい、お前さん。ここにいたのか!」突然ゴルどんがやってきた。「ああ、ゴルどんか」人間は言った。「お前さん、こんなところに来ても面白くないだろう」ゴルどんが言う。「いいじゃないか。それよりお前さんはどうしてここに来たんだい?」人間が聞く。「そりゃあもちろんお仕事のためさ」ゴルどんが答える。「どんな仕事をしているんだい?」人間が尋ねる。「オイラの仕事は主に金属加工だ」ゴルどんが答える。「へー、すごいね」人間は感心した様子で言う。「そんなことねえよ」ゴルどんが照れたように頭を掻いている。「そういえば、お前さんの名前はなんていうんだ?」ゴルどんが尋ねてきた。「ああ、まだ言ってなかったっけ。俺は……」「待った!」人間の言葉を遮ってゴルどんが叫ぶ。「うわぁ!」人間は驚いた声を上げる。「お前さんの名前を先に言わせてくれよ」ゴルどんが言った。「分かったよ」人間はしぶしぶ了承する。「吾輩の名は……、いや、俺の名前は『あぃをゅぇぴじ』だ」吾輩は宣言した。「あぃをゅぇぴじ?」ゴルどんが聞き返してきた。「ああ。そうだよ」吾輩は肯定した。「なんだそれ? どういう意味だ?」ゴルどんが疑問を投げかける。「さあ、分からないな」吾輩は答えた。

しばらく沈黙が続く。「まあいいか」ゴルどんが言った。「え?」吾輩は驚いて声を上げた。「別に大した問題じゃないだろう」ゴルどんが答えた。「そうかな」吾輩は納得できない。「気にしないほうがいいさ」「そういうものなのかしら?」吾輩は不承不承ではあるが了解しておいた。

その時、誰かの声が聞こえた気がした。よく見ると工場の入口のところに人が立っている。「あら! ごめんなさい!」女性が謝ってきた。その女性は手に持っていた鞄を落としたようだ。吾輩は落ちた鞄を拾って女性に差し出した。「ありがとう」女性は微笑んでお礼を言った。そして去っていった。「ん? 今の人は誰だい?」吾輩は尋ねた。「ああ、あの方はこの工場の責任者だよ」男性が答えた。「責任者?」吾輩は尋ねる。「ええ、彼女は『こいんちょ』という役職に就いているのです」男性は答えた。

しばらくすると工場全体が慌ただしくなった。「どうしたの?」吾輩は男性に聞いた。「すみません。急用ができたものですから」男性は申し訳なさそうな顔をしていた。「そっか」吾輩は答えた。「本当にすいませんでした」男は謝罪の言葉を述べて工場を出ていった。「どうしたんだろう?」吾輩は不思議に思った。

それからしばらくしてゴルどんが話しかけてくる。「なあ、オイラ達、いつまでここにいるんだ?」吾輩は質問の意図が分からなかったので聞き返した。「だって、ここじゃ何もすることがないだろう?」ゴルどんは答えた。「ああ、なるほど」吾輩は納得した。確かにゴルどんの言うとおりだったからだ。

ふと、誰かが近づいてくる足音が聞こえる。吾輩はそちらの方を見る。そこには先ほどの女性が立っていた。「ちょっといいかしら?」女性は言う。「はい」吾輩は答える。「あなた、ここで何をしているの?」彼女が尋ねてきた。「見てのとおり、働いているんですよ」吾輩は答える。「そうじゃなくて、どうしてここに来たのかを聞きたいんだけど」女性は言う。「えーと、なんででしょう?」吾輩は答える。「え?」女性が聞き返す。「実は、自分でもよく分かっていないんです」吾輩は正直に答えた。「そう……」女性は考え込んでいるようだった。

「あ、そういえば」吾輩は思い出したことがあったので彼女に尋ねてみた。「何?」彼女が答える。「ここって、どんなところですか?」吾輩は質問した。「ここはね……」彼女の説明を聞いているうちに吾輩は理解した。

「つまり、ここはロボットを製造する場所ってことですね」吾輩は結論を述べた。「え? ええ、そうだけど」彼女は戸惑っている様子だ。「でも、そんなことを僕に教えても良かったんですか?」吾輩は確認しておくことにした。「え? まあ、別に構わないけど」彼女はあっさりと答えた。「ありがとうございます」吾輩は感謝する。「いえ、こちらこそ」彼女は少し照れているようだ。

「あ、そうだ。ゴルどんにも聞いてみますね」吾輩は思いついたことがあるのでゴルどんに尋ねた。「ん? なんだ?」ゴルどんが聞き返してくる。「ねえ、ゴルどん。僕らってどこから来たんだっけ?」吾輩は尋ねた。「えっと、確か、どこかの星から来ていたはずだぜ」ゴルどんが答えた。「そっか。じゃあ、帰らないとね」吾輩は言う。「おう!」ゴルどんが元気よく返事をした。

「え?帰る?」彼女が驚いていた。「はい。帰りましょう」吾輩は答えた。「そっか……。そうよね」彼女も同意してくれた。「じゃあ、そろそろ行きますね」吾輩は挨拶をする。「ええ、気をつけて」彼女は手を振りながら見送ってくれた。吾輩は工場を後にして家路につく。

しばらく歩くと目の前に大きな扉がある。この先には吾輩の住んでいた星がある。「よし! 行くぞ!」吾輩は宣言し、扉を開けた。中に入ると宇宙船があった。これは元々あったものではない。この星の住民が作ってくれたものなのだ。吾輩はその船に乗り込む。操縦席に座って操作を始める。起動音とともに船が動き出す。

やがて船は宇宙空間に出た。「さあ、出発進行」吾輩は操縦桿を動かしながら言った。こうして吾輩達は地球を離れることになったのだ。

(了)



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