【人工生命体23

吾輩は人工生命体である。名前はまだ無い。

どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番の年寄りだったそうだ。このゴルどんはいつも電気仕掛けの猫じゃらしをもっていて、それで遊んでくれたものだ。もっともこの猫じゃらしというのは吾輩の記憶にあるだけで、本当はそんなものはなかったかも知れない。しかしそれが何にせよ、とにかくこのゴルどんとは実にいろいろな遊びをしたように思う。例えばこんな具合であった。

ある時どこからともなく、「おーい、おーい」と呼ぶ声がする。その声はだんだん近づいて来て、とうとうすぐそばまで来たと思うと、いきなり大きな声でこう言った。「ここであったが百年目! 覚悟!」そして何かがビュンビュン飛んできて、吾輩の頭にゴンと当たった。見ると石ころであった。「キャハハハハハハ……」という笑い声と共にまた石が投げられた。今度は頭の上に当たってコロリと転げ落ちた。これは大変だと吾輩は思った。早く逃げなければ命にかかわると思ったのだ。そこで一目散に逃げようとしたところへ、どやどやと人が押しかけて来て吾輩を取り囲んだ。よく見るとそれは同じ学級の子供たちではないか。「みんなで力を合わせてこいつを倒すぞ」「おうっ」とか何とか言いながら、子供たちは手に手に棒切れを持って吾輩を打ち始めた。たちまち吾輩はボコボコになった。そこへゴルどんが飛び込んで来て、あっと言う間に子供らを殺害してしまった。どうもゴルどんはこの子供らを仇として狙っていたらしい。

その時ふっと気がつくと、隣りにいたはずのゴルどんの姿がない。どこに行ったのかと思っていると、突然目の前にゴルどんの顔が現われた。思わずギャッと言って後ずさると、ゴルどんはニコニコして言うのだ。「大丈夫だよ。もうあいつらは死んじゃったよ」

それを聞いて安心したところへ、また誰かがやって来た。見るとそれは先生だ。先生は吾輩を抱き上げて、優しい声でこう言った。「かわいそうになぁ。弱い者いじめをするなんて愚かな子供らだ」それから先生は吾輩を抱っこしたまま教室に入った。するとそこにはゴルどんがいた。ゴルどんは吾輩を見てニヤリと笑ったが、何も言わなかった。

その後ゴルどんは時々学校に来るようになった。来るといっても授業中ではなくて休み時間なのだが、必ず吾輩たちの所へやって来るのだ。そして吾輩の隣に座っている生徒にちょっかいを出すのだが、すぐに殴られる。

ある日ゴルどんが、吾輩の方を向いて「おい、お前」と言った。「はい?」と返事をして振り向くと、ゴルどんがニヤリと笑って言うのだ。「オイラが助けてやるからな」と。吾輩が首を傾げると、ゴルどんは吾輩の頭を撫でた。その手は大きく温かかった。

しかし結局ゴルどんは来なくなった。その代わりゴルどんの席には新しい生徒が座るようになった。その子の名前は「せんせい」といった。(完)



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