【人工生命体239

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番恐ろしいものだという事ではなかったか。このゴルどんという奴はなかなか利口そうである。大きな眼と大きな口とを持つて、まるで鯛のような姿をしておる。ただし背中には亀の子のように堅い甲羅を背負っている。これではちょっとやそっとの攻撃では打ち破れそうもない。またずんぐりした体躯のうちにも躍動感に富んだ筋肉の動きが見えている。吾輩はこれからこのゴルどんと共に運動場で体操をするのである。さっきからゴルどんが器械体操の準備をしているのだが、それが吾輩から見ると大層ぎこちない。恐らく彼は初めてやるのだろう。吾輩は彼の傍へ行って一緒に準備運動をしてやった。するとゴルどんも心得たものですぐに吾輩の動作に合せて真似をし出した。吾輩の方が少し先輩だから彼が器械体操の種目に出る時にはちゃんと合図をして引率して遣った。彼も大分上達したものである。今度は二匹で組体操をする事にした。彼は仰向けに寝た。吾輩はその真中に割って入って三匹の猫となった。彼は足を折り曲げたり伸ばしたりしておるが、吾輩は後ろ足で立ち上がって前足の先をピンと天に向くように伸ばしておる。ゴルどんなどは鼻の先まで後脚を伸張している。吾輩たちは皆得意になって器械体操をやり尽した。そのうちに昼飯の時間が来たので吾輩たちは主人の食卓に着いた。吾輩は御馳走を頬張りながら主人の方を見ておると何か変な気がする。主人は黙々として箸を使っているが、吾輩たちの方を見るたびに妙な顔をする。その顔が「何だ猫の癖に人間みたいな喰い方をしやがって」と云っているように見える。吾輩は自分の席を離れてゴルどんの所へ行くと彼の皿からお菜を掠奪し始めた。ゴルどんは仕方がないといった様子で黙って自分の食事を済ました。それから吾輩を連れて散歩に出た。吾輩はまだ腹が一杯なので少し苦しかった。ゴルどんは大きな口を開けて欠伸をした。それを見ると吾輩もまた釣られて口を大きく開けた。ゴルどんの口と吾輩の口とは丁度同じくらいの大きさであった。吾輩は愉快になった。その時突然横合いから飛び出して来たものがある。見るとそれは鼠だ。ゴルどんと吾輩とは同時にギャッと叫んだ。吾輩は鼠が大嫌いである。恐しくて全身の毛が逆立ってしまった。吾輩はゴルどんよりも先に逃げ出した。吾輩は一目散に家へと駆け込んだ。そして寝室に飛び込んで鍵を掛けて布団を被ってガタガタ震えていた。ゴルどんは大丈夫だろうか。もしゴルどんがあの鼠に襲われたらどうしよう。吾輩は何としてもゴルどんを救い出さなければならないと思った。

吾輩は勇気を奮い起こして再び外へ出た。吾輩の敵はあの鼠だ。しかし吾輩が鼠退治をするには先ず敵の居所を突き止めなければならない。そこで吾輩はまずゴルどんの後を追った。ゴルどんは鼠を追い掛けて町の中を走り廻っていた。ゴルどんと鼠との距離はもうほとんど無い。吾輩が見ているとゴルどんは電柱の根元あたりに身を屈めて何かやっておる。吾輩はそっと近寄って見た。ゴルどんは一生懸命土を掘り返している。吾輩はゴルどんが何をしようとしているのかようやく判った。ゴルどんは掘った穴の中に鼠の死体を埋めようとしているのだ。吾輩はゴルどんを手伝った。やがてゴルどんは吾輩の手を借りて大きな穴を掘り上げた。吾輩はその中に鼠を埋めると上から石を積んでその上に木の葉を載せた。そして吾輩とゴルどんとはその場を立ち去った。

次の日吾輩が学校から帰って来ると、昨日の埋めた場所に小さな墓標が立っているではないか。誰の仕業か知らないがその墓標にはこう書いてある。「ゴルどんの友、あぃをゅぇぴじの墓」と。吾輩は嬉しかった。嬉しさの余り思わず咽喉をゴロゴロ鳴らした。

(猫型人工生命体、あぃをゅぇぴじの冒険、完)



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