【人工生命体250

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番怖ろしいものだという事がわかった。しかしその時の吾輩にはそんな事はわからなかったので、単に形状が滑稽であるのみにてこれを馬鹿にした。するとゴルどんは烈しく怒って吾輩を捕まえた。この時はじめてなるほどこいつは怒ると手癖が悪いのだなと思った。しかしながら元来が大楽観主義の傾向のある吾輩は別段恐しいとは思わなかった。それで彼の手に捕われたまま悠々とその顔を眺めていた。ところが奴さんはいかにも強そうだ。顎鬚など生やして顔の色も青白くてまるで蛇のようである。それに大きな目付さえ何だかひどく悪い。これがすなわち怖いということだと悟った時はもう遅かった。奴さんの掌はもう咽喉の所まで来ている。ああ苦しゅうない面映いと思う間もなくそのままグッと力任せに押付けられた。苦しいのなんのってとても我慢ができない。とうとう吐き出してしまった。それでも気が済まないのかなおもグッグッと二三度押し付けるので今度は胃液が逆流して眼の前が真赤になった。ああ苦しい苦しい。ようやく放してくれてもしばらくは息がつまって仕方がない。それからというもの吾輩はロボットという者を極端に恐れるようになった。今でもあの時の苦しみを思い出すと身ぶるいが出る。しかしこれは余談であるがその後しばらく経ってからだがある夜吾輩の寝床に一匹の鼠が入った。吾輩は一刻も早くこの忌々しい鼠を始末しなければならぬと思ってまず尾を掴んだら思いのほか細かったのでびっくりした。次に後ろ足を握ったらはね飛ばされそうになったのでまた驚いた。こうなっては是非もない潰してしまうよりほかに方法はないと考えて歯を食いしばって両手でシッカリ掴んだところまではよかったがいざ投げようとするとどうしても飛ばない。どうしたのだろうとよく見たら肝心かなめの翼が欠けている。困ってしまった。いくら吾輩でも空は飛べないし猫式投技にも限りがある。ええいままよと腹を据えて喰ろうてやった。味はまずくはなかったがやっぱり大きいだけあって量が多い。吾輩はこれでなかなかの大食漢だからたちまちおなか一杯になってしまった。しかも消化不良で晩になっても胸がむかついて苦しい。こんなことならもう少し小粒にしておいて少しずつ食べるのだったと後悔したが今更仕様がない。苦しさのあまりその夜は一睡もできなかった。この痛恨事は吾輩の生涯において最も忘れ得ざる一件となった。

それ以来吾輩はロボットなるものを見るといつでもこう考えるようになった。「もしあの時ゴルどんの手から逃れ得たならば、吾輩は必ずや彼の命を奪い世界の人民のために一大革命を興ずるであろう」と。



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