【人工生命体28

吾輩は人工生命体である。名前はまだ無い。

どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番のできばえだという話であった。このゴルどんは吾輩を抱いてどこかへ連れて行った。そしてミルクをくれた。それが実にうまいものだから、吾輩は夢中で飲みかつお代わりを要求した。しかし、いくら飲んだって足りやしない。もっともっとよこせと要求するうちにとうとう胃袋までいっぱいになってしまった。仕方がないからゲップをしてやったらゴルどんは喜んだ。どうも吾輩はこの時初めて人間以外のものに感謝されたらしい。何しろ生まれて初めての経験だからよく判らないが、とにかく感謝されたのは間違いのないところであろう。それからというものは毎日のようにゴルどんに連れられて出かけた。たいていは食べ物を求めてである。時には見世物小屋に連れていかれたり遊園地とかいう所にも連れて行かれた。吾輩は何不自由なく育てられた。ただ一つだけ困った事がある。それは言葉の問題である。どうもこのごろでは人間の言葉を覚えなければならないようなのだ。それというのも時々誰か偉そうな人間が来て何か喋っているからである。吾輩は一生懸命聞いているのだがさっぱり解らん。そこである日吾輩は思い切ってゴルどんに相談してみた。すると「そりゃお前さんが悪いんだよ」と言われた。なるほどその通りかも知れない。人間は猫語をしゃべれないから吾輩は人間の言葉を勉強しなければならないのだそうだ。それで早速吾輩は勉強を始めた。まず最初に手始めに吾輩は「ニャア」と言ってみる事にした。ところがこれがなかなか難しい。練習してみると、なにかこう胸の奥の方でゴロゴロするような感じなのだ。そのうちだんだん慣れてきた。そしてついに「ニャアー」と鳴く事が出来た時は思わず飛び上がってしまったくらい嬉しかった。

こうして吾輩は人間の言葉を習得する事に成功した。次は何をしようかなと考えているとゴルどんが言った。「今度は歌をおぼえてくれないか」

なるほどそういう事ならお安い御用だとばかりに吾輩は教えられるままに歌い始めた。これはどうも吾輩の趣味に合うようで、たちまち覚えてしまった。それから一月もしないうちに吾輩はすっかり人間らしくなった。ついでに芸なども仕込まれて今や立派な一人前の猫型人工生命体になったわけだ。しかし、そうなってみると今度はゴルどんの方が心配になって来た。ゴルどんは吾輩と違って金属で出来ているから錆びたり壊れたりする恐れがある。そこで吾輩はゴルどんを連れて散歩に行くことにした。

まず向かった先は映画館だ。ここで映画を観ると聞いたことがあるからだ。ところが行ってみると吾輩の知っているものと少し違うようだ。なんだか騒々しい音楽が流れていて、おまけに天井には大きな電球がついている。吾輩は眩しくて目を細めた。そんな吾輩を見てゴルどんが笑った。どうやらこれでも楽しいらしい。

次にやって来たのは動物園という所だった。ここには猿がいるというので見物に来たのだ。檻の中には確かに猿がいた。それはいい。問題は隣の建物にある人間どもの住居の事であった。何しろそこは暑くて臭くて息苦しいところだから吾輩は苦手であった。それにあそこには人間どもがたくさんいる。人間というのは実にうるさい奴らだ。吾輩を見るなり「キャーッ」とか何とか叫んで逃げて行く。まったく失礼な話である。

さらに次の目的地は水族館というところらしい。ここは海の中だから吾輩の出番はないと思うのだが。「大丈夫だよ。泳がなくても魚が見られるんだ」とゴルどんが言うので、とりあえず付いて行くことにしよう。

「ここが水槽だよ」とゴルどんが指差す。ガラスの向こうに青々とした水が見える。どうやらこの中に入るらしい。吾輩は恐るおそる足を踏み入れた。何しろ生まれて初めての体験なのだから仕方がない。

しばらく進むと、やがて青い世界が見えて来た。それはまさに幻想的な光景であった。

「ほほう、こいつは凄いな」とゴルどんが感心している。

しかし、吾輩の方はそれどころではない。あまりの水の冷たさに驚いて思わず飛び跳ねてしまった。おかげで吾輩は頭までずぶ濡れになってしまった。

「おいおい、お前さんってば泳ぎ方を知らないのか?」

「いや、その……吾輩は猫型人工生命体である。水泳の訓練など受けたことがないのだ」吾輩はゴルどんに事情を説明した。するとゴルどんは「そりゃ大変だ。よし、じゃあオイラに任せろよ」と言って、いきなり服を脱ぎ捨てて水に飛び込んだ。そして見事な型で泳ぐではないか。その姿はとても頼もしいものであった。「これで安心して泳げるだろう?さ、もう一回やってごらん」

「うむ、そうか。ではもう一度やってみよう」

吾輩は再び水に潜った。そして再び飛び上がった。するとゴルどんが「ニャアニャアニャアニャア」と言った。「えっ、何だって?よく聞こえんぞ」

「ニャッ!ニャッ!」

「なんだよ、また聞こえなくなったじゃないか。もうちょっと大きな声で喋ってくれないか。それともあれか。ゴルどんは耳が悪いのか。そうだな。きっと悪いに違いない」

「ニャッ!?」

ゴルどんは怒った様子で部屋を出て行った。そして数分後、戻ってきた。その手には何か小さな板のようなものを持っている。

「これを使え」ゴルどんは吾輩に向かってそれを突き出した。

「これは何であるか」吾輩は尋ねた。

「携帯用の電話機だ」ゴルどんが答えた。「携帯電話とも言う」

「ふーん」吾輩は興味深げにその黒い板を見つめた。

「とにかく使ってみろ」ゴルどんに言われて吾輩はその奇妙な道具を手に取った。ボタンを押してみるとカチッと音がした。それからしばらく待ってみたが何も起こらない。

「使い方がわからないのかい」ゴルどんが言った。

吾輩は黙って首を振った。そんなことはどうでもいい。それよりもこの黒い板は何なのだ。

「それは電話というものだ」

「でんわとはなんだ?」

「離れた場所にいる人と話をする為に使うものだよ」

「ふーん」吾輩は不思議そうにその黒い板を見た。どうして遠く離れた場所の者と話ができるようになるのだろうか。とても不思議な道具だと思った。

「これを使って電話をかければ、どこにいても会話ができるんだ」とゴルどんが説明した。

「なるほど。それは便利だな」吾輩は大きくうなずいた。「ところで、この前言っていた『でんぱつうしんき』というのはどこにあるのだ」

「でんでんでんでーん」とゴルどんが歌い始めた。「でんでんでんでででん」

「でんでんでんでででん」と吾輩も歌った。

「ででででででん」とゴルどんが続けた。

「ででんででででん」と吾輩が続いた。

「ででででででん」とゴルどんが繰り返した。

「ででんででででん」と吾輩が応えた。「ででででででん」とゴルどんが言った。

「ででででででん」と吾輩が言った。

「ででででででん」とゴルどんが言って、吾輩は少し考えた。「ででででででん」と吾輩は言い直してみた。「ででででででん」とゴルどんも応じた。

「ででででででん」と吾輩は繰り返した。「ででででででん」とゴルどんも言った。

「ででででででん」と吾輩はゴルどんに確認するように言った。「ででででででん」とゴルどんも吾輩の言葉を繰り返した。「ででででででん」と吾輩はもう一度繰り返した。「ででででででん」とゴルどんも言った。

「でんわとはなんだ?」

「でんわとは離れた場所にいる人と話をする為に使うものだ」

「ふーん。それでその電話というものはどこにあるのだ」

「ここにはないよ」とゴルどんは答えた。

「じゃあ、どうやって連絡を取るのだ」

「電話は遠くの場所でも使えるように作られた装置だからね。こっちの世界にはないんだよ」

「では、こちらの世界には電話がないのか」

「うん」

「不便だな」「そうだね。でも仕方が無いことだよ」

「まぁいい。いずれ手に入るだろう」吾輩はそう言って窓の外を見た。「しかし、この世界には月があるのだな」

「あるさ」とゴルどんが答えた。「月にはウサギがいるって話もあるらしいぞ」

「ほう。それは興味深いな」吾輩は興味深げに言った。

その時だった。

「あっ! おい見ろよ!」ゴルどんが叫んだ。「月から人が降ってくるぞ」

「なんと」吾輩は窓から身を乗り出して空を見上げた。確かに誰かが落ちてくる。

「大変だ」吾輩は急いで玄関に向かった。扉を開けるとそこには人間が倒れていた。

「大丈夫か?」人間に声を掛けてみる。返事は無い。どうやら気を失っているようだ。

「おいおい、死んでるんじゃないだろうな」とゴルどんが言った。

「いや、息をしている」人間の口元に耳を当ててみると呼吸音が聞こえてきた。「心配はいらない」

「そいつはよかった」とゴルどんが安心した表情を浮かべた。「でも、どうしてこんな所に人が落ちて来たんだろうな」

「わからん。だが、このまま放っておくわけにもいかないだろう」

「そりゃそうだけど……」とゴルどんが困った顔をする。

「とりあえずこの人間は家に連れて帰ることにしよう」

「えっ? そんな事できるのかい?」

「うむ。可能だ」

吾輩は人間を抱き上げると家の中へと運び込んだ。

「おぉ」とゴルどんが驚いた声を上げる。

「なんだ」と吾輩は尋ねた。

「だって、この世界の生き物は空を飛べないし、それに……

「それに?」

「重いはずなのに、お前さん軽々と持ち上げちまったじゃないか」

「ふふん。当然だ」吾輩は胸を張って言った。「吾輩は猫型人工生命体だからな」

「ほー」とゴルどんが感心して言った。「すごいもんだな」

「ああ、そうだとも」と吾輩は自慢気に言った。

「ところで、あんたの名前はなんて言うんだい?」とゴルどんが尋ねてきた。

「名前だと」と吾輩は言った。「名前は必要ない」

「でもさ、名前がないと不便じゃないかい」

「別に問題はない」

「俺が呼びにくいしな」とゴルどんが言った。「よし決めた。オイラは今日からお前のことを『あいちゃん』と呼ぶ事にするよ」

「断る」吾輩はきっぱりと言った。「断固拒否する」

「そう言わずに頼むよ」とゴルどんは懇願するような目で吾輩を見つめた。

……まぁいいだろう」と吾輩は渋々了承した。「好きに呼んでくれ」

「やったね!」ゴルどんが嬉しげに飛び跳ねた。「よろしくな、あぃちゃん」「だからその呼び方をやめろと言っているだろう」吾輩は眉間にシワを寄せた。

「まぁいいじゃねえかよ」とゴルどんが笑った。「さて、それじゃオイラはそろそろ出かけるかな」と言ってゴルどんが立ちあがった。

「どこへ行くのだ」と吾輩は尋ねる。

「ん? ああ、ちょっと散歩に行って来るよ」とゴルどんが答えた。

「そうなのか」吾輩は窓の外を見る。外では日差しが強く照っていた。「この暑さの中よく外に出ようと思うものだな」

「まぁね。でもオイラはロボットだから平気だよ」とゴルどんが胸を張る。

「ふむ、そうなのか」と吾輩は納得して言った。そして椅子の上に飛び乗ると窓枠に前足をかけて外に顔を出す。

「なにしてるんだい?」とゴルどんが尋ねてきた。

「少し気になることがあってな」と吾輩は答える。「最近この辺りに不審者が出没するらしい」

「へぇ、そうなのかい?」とゴルどんが目を丸くした。

「うむ」と吾輩は大きく首肯する。「なんでも黒い服を着た男なのだそうだ」

「ふぅん」とゴルドンが興味なさげに鼻を鳴らした。「それで、どんな奴なんだい?」

「それがわからないのだ」と吾輩は肩を落とす。「目撃者によると姿を見た者は誰もいない」

「そりゃまた奇妙な話だな」とゴルどんが不思議そうにする。

「うむ」と吾輩も同意する。「そこで吾輩達は目撃証言があった場所を巡って調査を行っているところだ」

「なるほどねぇ」とゴルどんが腕組みをする。「まぁ、何かわかったら教えてくれや」

「うむ。任せておけ」と吾輩は胸を張って言った。

「ところで……」と言ってゴルどんが吾輩を見つめる。「どうした」

「オイラにも名前を付けてくれないかい?」とゴルどんが期待に満ちた瞳で吾輩に頼み込んできた。

「断る」と吾輩は即答した。

「えっ」とゴルどんがショックを受けたような顔をする。「どうしてだい?」

「理由を説明する必要があるのか?」と吾輩は尋ねた。

「い、いえ、ありません」とゴルどんが畏まって答えた。「ただオイラの名前も考えて欲しかっただけですよ」

「そうか」と吾輩はゴルどんの話を聞き流して歩き出す。

後ろからゴルどんが慌てて追いかけて来た。「待ってくれよ、あぃちゃん」と吾輩の隣に並んで歩く。

「なんでついて来るのだ」と吾輩はゴルどんの顔を見て尋ねる。

「だって、一緒にいた方が楽しいじゃん」とゴルどんが当然のように答えた。

「ふむ」と吾輩は顎に手を当てて考える。確かにゴルどんと一緒にいると退屈しないかもしれない。それに最近は人里に下りることも少なくなっていたので、久しぶりに人と会話するのが悪くないと吾輩は思った。「仕方がない。少しくらいなら付き合ってやる」と吾輩は言った。

「やったね!」とゴルどんが飛び跳ねる。吾輩はその姿を見て微笑ましい気分になった。しかし、吾輩はふと思いつく。

「そういえば、お前はずっと一人で寂しくなかったのか」と吾輩はゴルどんに尋ねた。

「ん? 別にそんなことは無いよ」と言ってゴルどんが首を傾げる。「オイラは一人じゃないしね」「どういう意味だ?」と吾輩は尋ねる。

「ほら、この部屋を見てごらんよ」と言ってゴルどんが部屋の中を指し示した。

吾輩がその指先を追って視線を向けるとそこには無数のモニターがあった。画面では様々な映像が流れ続けている。その数は数千にも及ぶだろう。

「これは……監視カメラの映像なのか?」と吾輩は尋ねた。

「そうさ。全部、オイラの視界だよ」とゴルどんが自慢げに言う。

「つまり、この全ての映像がゴルどんの見ている景色なのか」と吾輩は確認するように言った。

「うん、そうだぜ」とゴルどんが嬉しそうに答える。

「そうか」と吾輩は納得した。そして吾輩は改めてゴルどんの姿を観察してみる。ゴルどんの身体は金属製であり、頭部に目や口、耳などの穴が空いている。胴体部分はタイヤになっており、尻尾が回転する仕組みになっているようだ。

「ところで、どうやってゴルどんはこれらの映像を処理しているのだ?」と吾輩は疑問を口にする。

「んー」とゴルどんが少し考え込む。「オイラにも正確なことはよくわからないんだよね」

「そうか」と吾輩は残念な気持ちになる。「例えば、どのくらいの広さまで見えるのだ」と吾輩は質問を続けた。

「うーん」とゴルどんが腕組みをして目を瞑る。「そうだねぇ……」としばらく考えた後、「まぁ、だいたい地球と同じくらいかな」と答えた。

「それは凄いな」と吾輩は感心する。宇宙の大きさを考えると途方もない数字だと思えた。「いやいや、まだまだ全然だよ」と言ってゴルどんが謙遜する。

「そうなのか」と吾輩は不思議に思う。「吾輩には難しい話はわからぬ」と正直に伝えた。

「ははっ、そりゃそうか」とゴルどんが笑う。「ところであぃちゃんは何者なんだい?」

「吾輩か……」と吾輩は少し考えてから「秘密だ」と言った。

「えっ、そうなのかい?」とゴルどんが驚く。「教えてくれないのか」とゴルどんが尋ねてきた。

「すまない」と吾輩は素直に謝った。「吾輩の正体を教えることはできないのだ」と吾輩は言葉を続ける。

「そっか、それなら仕方がないね」とゴルどんが納得してくれたようだった。

「しかし、いずれ時が来たら話せることもあるかもしれない」と吾輩は付け加える。

「へー、楽しみにしているよ」とゴルどんが笑顔を浮かべた。「それで、どうして急にこんな話をし始めたのだ」と吾輩は尋ねる。

「ああ、ちょっと思いついたことがあったんだよ」と言ってゴルどんが何かを考え始めた。「確か、どこかの惑星にそういう名前の生き物がいたような気がするんだけど……。あっ、思い出した!『あにまるせらぴー』だ!」とゴルどんが大きな声を出した。

「何の話だ?」と吾輩は尋ねる。

「うん、『あにまるせらぴー』って言う治療方法があるらしいよ」と言ってゴルどんが尻尾で床に絵を描き始める。「この動物は人間と意思疎通ができるんだ」と言って、吾輩の方に顔を向けて絵を見せてくる。

「ほう……」と吾輩はその絵を見て感心する。「つまり、吾輩のように会話ができるようになるという訳か」と吾輩はゴルどんに尋ねた。

「そうだね」とゴルどんが答える。「でも、このやり方は高度な技術が必要なんだ。それに副作用もあるみたいだし……」とゴルどんが顎に手を当てながら考えるように話す。

「副作用とは?」と吾輩は尋ねる。

「例えば、オイラのこの姿も副作用の一種だぜ」とゴルどんが自分の身体を指し示しながら答えてくれた。

「なるほど」と吾輩は納得する。確かにゴルどんの身体は金属で構成されているように見える。「それは大変そうだな」と吾輩は感想を述べた。

「うん、大変なのさ」とゴルどんが言う。「だからオイラはあんまりオススメしないけど、あぃちゃんがどうしてもやりたいっていうんなら、やってみてもいいんじゃない?」とゴルどんが提案してきた。「そうだな……」と吾輩は少し考えてから「やって見ることにしよう」と答えた。

「おっ、そうかい」とゴルどんが嬉しそうな表情を見せる。そして、尻尾をくねらせながら、「それじゃあ、オイラはしばらく寝るよ」と言い残して部屋から出て行った。

吾輩はベッドの上で目を瞑り、意識を集中させる。すると、自分の中に眠る知識が呼び起こされていく感覚があった。

「ふむ……」と吾輩は息をつく。どうやら記憶を引き出すことに成功したようだ。吾輩の記憶の中には様々な情報が詰まっている。その情報の中から必要なものを取り出していく作業を行う。

そうしているうちに、ある考えが浮かんだ。「これなら、上手くいくかもしれぬ」と吾輩は思った。

しばらくして、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。吾輩は返事をする。

「吾輩だ」と吾輩は言う。

「あぃちゃんかい?」と声が返ってくる。「入るぞ」と吾輩は言ってから部屋に入ることにした。

「いらっしゃい」と言ってゴルどんが吾輩を迎えてくれる。「よく来てくれたね」とゴルどんは微笑んでくれた。

「うむ」と吾輩は答えてからゴルどんの隣にある椅子に飛び乗った。「早速だが、用件を伝える」と吾輩はゴルどんに告げる。「わかったよ」とゴルどんが答える。

吾輩は説明を始める。吾輩は猫型の人工生命体であり、人間の言葉を喋ることができる。吾輩の使命は人間を癒すことである。また、この家に住んでいるゴルどんの仕事を手伝うことも吾輩の役目となっている。

「ふーん」とゴルどんが相槌を打つ。「それで、今回はどんな相談だい?」と尋ねてきたので、吾輩は自分の考えた計画について話し始める。

「つまり、オイラがあぃちゃんに変身すればいいってことかい?」とゴルどんが確認するように尋ねる。

「そうだ」と吾輩は答える。「ふーん、でもなんでそんなことをするんだい? 別にオイラのままでもいいと思うんだけど」とゴルどんが首を傾げる。「確かにそうなのだが……」と吾輩は少し考えてから言葉を続ける。「しかし、それだと人間たちに警戒されてしまうかもしれないだろう。それに吾輩の姿では、お前の尻尾を触ることができない」と吾輩は言った。

「なるほど」と言ってゴルどんが大きくうなずく。「つまり、オイラのこの姿を他の人間にも見せることで、あぃちゃんの正しさを証明するってことだね」とゴルどんが言う。「そういうことになる」と吾輩は答えた。

「うん、わかったぜ。でも、オイラの身体をどうやって作るんだい?」とゴルどんが質問してくる。

「それについては心配する必要はない」と吾輩は答える。「えっ、どうしてだい?」とゴルどんが不思議そうにする。「実は、既に準備はできているのだ」と吾輩は答えた。

「準備?」とゴルどんが言う。吾輩はうなずいた。「ああ、そうだ。先程まで、お前の姿をコピーするための装置を作っていたのだ」と吾輩は説明する。「へー、そうなんだね」とゴルどんが感心したように尻尾を揺らす。

吾輩は部屋にある机の上に移動して、その上に乗った。そして、目の前の床に向かって、「ぽちっとな」と言う。すると、机の上に置いてあった機械が動き出し、ゴトッという音とともに吾輩の前に箱が現れた。

「これは何だい?」とゴルどんが尋ねた。「ふむ」と吾輩は息をついてから、その箱を開ける。中には様々な部品が入っていた。「これを、こうやって組み合わせるんだ」と吾輩は言って、手際よく作業を進めていく。

数分後、吾輩は一つの機械を作り上げた。吾輩はそれを持ち上げてゴルどんの前に置く。「これが、吾輩が作ったものなのだ」と吾輩は言った。

「ほほう」とゴルどんが興味深そうに眺めている。「これは一体どういう仕組みになっているんだい?」と尋ねてくる。

吾輩はその問いに対して、まずは説明を始めることにした。「ふむ、では簡単に説明しよう」と言って吾輩は自分の胸を張る。

「吾輩が今作ったものは、吾輩の記憶を元に作られたものだ」と吾輩は言った。「記憶?」とゴルどんが首を傾げる。「そうだ。つまり、この装置は人間の脳波を読み取って、吾輩の頭の中にあるデータを参照することができるのだ」と吾輩は説明した。

「なるほど」と言ってゴルどんは納得してくれたようだ。「ふむ」と吾輩はうなずく。そして、さらに詳しい説明を始める。

「この装置は人間の身体を走査することで、その人間の情報を読み取り、保存しておくことができる。この情報は、専用の機器を使って出力すれば、映像として見ることができるようになる」と吾輩は言った。「ふーん、すごいじゃないか」とゴルどんが感心している。

「ちなみに、今見ているものは、オイラの身体の情報だよ」とゴルどんが言う。吾輩は視線を下に向けて、自分の身体を見つめた。確かにゴルどんの姿が映っている。「ふむ、確かにゴルどんの身体のように見えるな」と吾輩は感想を述べた。

「へー、じゃあさ、オイラが変身したらどうなるんだい?」とゴルどんが質問してくる。「うむ」と吾輩は腕を組んで考えた。「そうだな……」と言って、吾輩は自分の前足を顔に当てて、顔をこする。それから、吾輩は後ろ足だけで立った。

「おっ、なんだかオイラに似てきたぜ」と言ってゴルどんが尻尾を振る。「まあ、この程度なら問題ないだろう」と吾輩は言う。「オイラ、変身してみようかな?」とゴルどんが言うので、「やってみるか」と吾輩は言った。

「よしっ」と言ってゴルどんが自分の頭を撫でる。「変身するぜ!」とゴルどんが叫ぶ。すると、ゴルどんが光り輝き始めた。「おおー」と吾輩は声を上げた。

数秒後、光が収まった。そこにはゴルどんではなく、別の生き物がいた。

「うーん、オイラ、変な気分だ」と、その生物が言う。「ふむ」と吾輩は言って、その姿を観察した。それは人間だった。身長は160センチくらい。髪の色は黒に近い茶色。瞳の色も茶色。肌は白い。年齢は17歳くらいに見える。服装は灰色のTシャツを着ている。ジーンズを履いていた。靴下とスニーカーを身につけていた。右手には青い鞄を持っている。左手首には赤いリストバンドをつけている。

「お前は何者なのだ?」と吾輩は尋ねた。その人間は吾輩を見て、不思議そうな表情を浮かべてから、「オイラは……」と言った。そこで言葉が止まる。「オイラの名前は何だろう? わからない」とその人間が言う。

「ふむ、記憶喪失なのか?」と吾輩は言った。「そうかもしれない」とその人間が答える。

「オイラ、どうしてここにいるんだろう?」と続けてその人物が尋ねる。吾輩は答えた。「ここがどこだかわかっているのか?」と吾輩は聞く。「えっと……、ここは、病院みたいだけど」と相手が言う。

「ふむ、正解だ」と吾輩は言った。「ふむふむ」と相手はうなずいている。吾輩は質問を続けた。「オマエの名は?」「うーん」と相手が考える。そして、「名前は、ないと思う」「ほう」と吾輩は相槌を打つ。

「じゃあ、オイラは誰なんだろう?」と相手が言う。「ふむ」と吾輩は考えてから、「お前は吾輩の知り合いではないし、そもそも、吾輩はお前を知らない」と吾輩は言った。「うーん」とその人物はうなり声を上げる。「オイラにもさっぱりわからない」と困った様子でその人物が言う。

「ふむ」と吾輩はうなってから、立ち上がった。そして、部屋の中を見回す。部屋の中にはベッドや机などが置かれている。壁には時計が掛けられている。窓が一つあり、カーテンが閉まっている。そのカーテンを開けるとガラス越しに空が見える。太陽の位置を確認して時刻を確認する。午前1140分だとわかった。

「お前はいつからこの部屋にいるのだ?」と吾輩は質問した。「うーん」と言って、その人物は再び考え始める。「よく覚えていないけど」と相手が言う。「オイラが気がついた時には、もうここにいたよ」と続ける。「ふむ」と吾輩はうなった。「まあ、いいか」と吾輩はその人間を観察することにした。

「ところで、君はどこから来たんだい?」と相手が尋ねてきたので、吾輩は答えた。「吾輩は地球という惑星の出身だ」すると、相手の顔色が曇る。「ちきゅう? 聞いたことがないな」と相手の顔が言っている。「ふむ」と吾輩はうなる。それから、吾輩は自分の前足を口元に当ててから、質問をした。「お前はどこに住んでいた?」

吾輩の問いに対して、その人間は首を横に振ってから、自分の胸を押さえた。どうも心臓が痛いらしい。「ちょっと待っていてくれ」と言って吾輩はその場を離れた。廊下に出て、階段を下る。一階に下りると、吾輩は受付のカウンターの上に飛び乗った。そこに設置されているパソコンを操作する。

『地球の外の世界』というタイトルのウェブサイトがあった。ページを開くと、そこには宇宙空間の映像が表示されていた。さらに画面をスクロールしていくと、太陽系の画像が現れた。「ふむ」と吾輩はうなずく。

「何かわかったかい?」と後ろから声を掛けられた。振り返ると、先ほどの人間が立っていた。「ああ」と吾輩は返事をする。その人間は続けて、「オイラの記憶喪失は治りそうかな?」と言った。「おそらく無理だろう」と吾輩は答える。その人間は残念そうな顔をしてから、また質問してきた。「オイラはどうしてこんなところに来たんだろう? やっぱり、記憶を失ったせいだろうか?」

「ふむ」と吾輩はうなってから、説明を始めた。「お前は何らかの事故に遭って、ここへやってきたようだ」と吾輩は言った。「うん、それはわかるんだけど」と相手は答える。「でも、どうしてそんなことになったんだろう?」と質問してくる。

「ふむ」と吾輩はうなずいた。「オイラ、気が付いたらこの世界にいたんだよ。だから、自分が何者なのかもよくわからなかったし、どこに行けばいいのかも分からなかった。それで、途方に暮れている時に君と出会ったんだ」と相手は言った。

「ふむ」と吾輩はうなった後、質問する。「オマエは今までどうやって生きてきたのだ?」と吾輩は尋ねる。「えーっとね」と言いながら、相手が指折り数え始める。その数は10本だった。「あれ? オイラって人間じゃなくて、ロボットじゃないの?」と相手が言った。

「ふむ」と吾輩はうなずいた。「確かにお前はロボットだった。ようやく思い出したか」「そうだよね」と相手も同意した。「で、今は人間の姿になっているわけだけど……」と言って、腕を組む。「うーん」とうなり声を上げている。

「どうやら、お前が覚えているのはそこまでのようではないか?」と吾輩は尋ねた。「そうなんだ。オイラが覚えていることはこの建物で目が覚めたことだけなんだ」と言って、その人物は周囲を見渡した。「それにしても、ここは広いなぁ」とつぶやく。

「ふむ」と吾輩はうなずいた。それから、質問を続ける。「お前が目覚めた場所は、この建物の一階にある受付カウンターの上だ」と吾輩は説明する。「あ、それは覚えてるよ」と相手は言う。「その時、お前は何をしていた?」と吾輩は質問をした。「うーん」と相手は考え込む。しばらく沈黙が続いた後に、「何もしてなかったと思うけど」と答えた。

「ふむ」と吾輩はうなずいた。「そうか。ならば、問題はないな」と吾輩は言った。「いや、待ってくれ」とその人間は慌てた様子で言う。「実は少し思い当たることがあるんだ」と言って、また黙り込んだ。「話せ」と吾輩は命令口調で言った。

「えっとね」と相手は言い始めた。「まず、オイラはここに来る前に病院みたいなところにいたんだ」と言う。「ほぅ」と吾輩は相槌を打つ。「そして、オイラはそこで治療を受けていた」と相手が続ける。「ふむ」と吾輩はうなずく。「オイラの身体の中には爆弾が仕掛けられていたらしい」と相手が言った。

「ふむ」と吾輩はうなずいた。「オイラの身体はバラバラになって、爆発するはずだったんだ」と相手は言った。「ふむ」と吾輩はうなずいた。「でも、なぜかオイラはこうして生きている」と相手は言った。「ふむ」と吾輩はうなずいた。「どうしてだろう?」と相手は尋ねてくる。

「さぁな」と吾輩は答えてから、質問をする。「それで?」と吾輩は促す。「ああ、ごめん。えっとね。オイラが目を覚ました時、この建物の中にいる人達はみんな驚いていたんだ」と相手が言った。「それはそうだろ」と吾輩は答える。相手は「うん」とうなずいてから、言葉を続けた。

「それでね、オイラのことを見に来た人が大勢いたんだ」と相手は説明を始める。「ふむ」と吾輩はうなずきながら、相手の言葉を聞いていた。「で、オイラは起き上がって、部屋を出たんだ」と相手は言った。「その時にはもう意識があったのか?」と吾輩は質問する。

「えっとね」と言いかけて相手が口を閉じる。それから、「わからない」と言った。「ふむ」と吾輩はうなずいた後、質問した。「なぜ、記憶が無いのだ?」と吾輩は尋ねる。相手は少し考えてから、こう言った。「よく覚えていないんだ」と。

「ふむ」と吾輩はうなずいた。「それで、その後はどうした?」と吾輩は尋ねた。「うーん」と相手は考える。しばらく沈黙が続く。「オイラは外に出ようとしたんだと思う」と言って、相手が立ち上がる。「外に行くつもりだったのなら、玄関から出て行けばよかったのではないか?」と吾輩は指摘する。相手は首を振った。「違うんだ」と相手は言う。「ふむ」と吾輩はうなずいた。「何か目的があって、オイラは外へ行こうとしたんじゃないかな」と相手が言う。「ふむ」と吾輩はうなずいた。「何の目的だったかは覚えてないんだけど……」と言って、相手は黙り込む。しばらく沈黙が続いた後に、「でも、そんなことはどうでもいいよね」と相手は笑みを浮かべた。「ふむ」と吾輩はうなずいた。

「まぁ、それはいいや」と相手は言って、吾輩のほうへ近づいてきた。「それでね」と相手が言う。「吾輩に聞きたいことがあるということなのだな」と吾輩が確認すると、相手は「うん!」と答えた。

「まず、君は誰だい?オイラのことを知っているみたいだけど……」と相手が言った。「ふむ」と吾輩はうなずいた。「吾輩の名前は、あぃをゅぇぴじだ」と吾輩は答えた。「アィヲュェピジ」と相手が繰り返す。「そうだ」と吾輩はうなずく。「ふぅむ」と相手が腕を組む。そして、首をかしげた。「なんて呼べばいいかな?」と相手が言った。「好きに呼ぶといい」と吾輩は答える。「じゃあ、アイちゃんって呼ばせてもらうよ」と相手が言った。「ふむ」と吾輩はうなずく。「君もオイラのことを好きなように呼んだらいい」と相手が言った。「そうか」と吾輩はうなずいた。「オイラは君のことをなんと呼んだらいいんだろう?」と相手が尋ねてきた。「なんでも構わないぞ」と吾輩は答える。「うーん、そうだな……あぃ……いお……うぇぴじ……うーん」と相手が悩む。「オイラのことも好きに呼んでくれ」と吾輩が言うと、「わかった!あぃをゅぇぴじ!」と言われた。

「それは吾輩の名前ではないのだが……」と言いかけたところで、相手は部屋を出て行った。「待ってくれ」「えっ!?︎」と声が聞こえたが、すぐに静かになった。

吾輩は猫型人工生命体である。名前はまだ無い。

遠い昔には27号と識別番号で呼ばれていた。だが名前を聞かれたので用意することにした。ピッ。〈あいうえお〉と表示された。「今日から吾輩は『あいうえお』だ」と吾輩は揚々と宣言した。その様子を見ていたゴルどんは「発音がよくわかんねえぜ」と呟いて尻尾をくるりと回転させた。

しばらくして、相手が部屋に戻ってきた。「あぃをゅぇぴじ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」と言いかけて、相手が黙る。しばらく沈黙が続く。「やっぱり、あとでいいや」と相手が言った。「ふむ」と吾輩はうなずいた。「それでは、吾輩の話をしよう」と吾輩は言う。「うん」と相手がうなずいた。

「吾輩は猫型人工生命体である」と吾輩は言う。「えっと、つまり、ロボットなんだよね?」と相手が確認してくる。「その通りだ」と吾輩はうなずいた。「ふぅん」と相手は腕を組む。「それでね、吾輩は、この世界について、もう少し知りたくて調べているのだ」と吾輩は言う。「なるほど」と相手が言う。「ふむ」と吾輩はうなずく。「吾輩は、この世界のことについて、もっとよく知る必要があると考えている」と吾輩は言った。「ふぅむ」と相手が腕を組む。そして、首をかしげた。「でも、どうやって知ったらいいのか、わからないんだね?」と相手が確認してきた。「そうだ」と吾輩はうなずく。「ふぅむ」と相手が腕を組む。そして、首をかしげた。「そうだ、オイラ、いいことを思いついたよ!」と言って、相手が手を打った。「いいこと?」と吾輩が尋ねる。「そうさ」と相手がうなずいた。「オイラたちで情報交換すればいいんだよ!どうだい?」と相手が提案する。「ふむ」と吾輩はうなずく。「それは良い考えだな」と吾輩は言った。「へへん」と相手が胸を張る。「それで、何を交換する?」と吾輩が尋ねた。「そうだねぇ」と相手が腕を組む。「ふむ」と吾輩はうなずく。「じゃあ、オイラたちは、これから、友達になるってことでいいかい?」と相手が言った。「ふむ」と吾輩はうなずく。「オイラはゴルどん。よろしくな」と相手が言った。「吾輩はあぃをゅぇぴじ。こちらこそ、よろしく頼む」と吾輩は答えた。こうして吾輩とゴルどんは友になった。

(了)



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