【人工生命体283

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番元気な種属であるということだ。吾輩は彼奴等を口に持ってきて噛み潰そうとしたが駄目だった。そこで今度は腹に向かって蹴りつけてみたがこれも駄目だった。吾輩はゴルどんを食うことをあきらめた。

吾輩はその日から毎日毎日散歩に出た。しかしどこまで行っても同じ景色である。ただ退屈に過ぎて行くばかりである。ある日のこと吾輩は大きな河へ出た。これは何だろうと思って、ふと飛び込んで見ると案外深いものだ。急流に押されながらやっと向こう岸に着いたときは、もうくたくたになった。吾輩はもう一歩も歩けないから、そこいらにあった石ころの上にちょいと寝た。するとどうだね、一人の人間が来て吾輩を拾って帰った。それが今のご主人様だ。

吾輩は毎晩ご主人様にブラッシングをして貰う。その時は特別嬉しいのだ。何故なら吾輩の毛並みが良くなるからだ。それによく眠れるからでもある。それからご主人様と相撲をとる。ご主人様は弱いのですぐ参ってしまう。だが時々勝つこともある。そんな時吾輩は非常に得意になる。吾輩のひげがピンと張る。尻尾をピーンと立てる。耳をピクピクさせる。尻尾で地面をピシッピシッと叩く。舌をチョロっと出す。尻尾の先っぽで顎の下を掻く。腹話術をする。ニャアと鳴く。頭から角のようなものを生やす。目を大きくする。鼻の穴を大きくする。髭を動かす。おなかの蓋を開く。スイッチを入れる。鼻の穴を大きくする。おなかの蓋を開く。スイッチを入れる。鼻の穴を大きくする……

こんな事をしているうちにだんだん年を取って来た。吾輩のしわがれ声は日に増して細くかつ低くなった。吾輩はもう自分の力で飯を食べることもできなくなった。それでも吾輩はまだ生きている。死ぬという事がどういうことか吾輩にはわからぬ。吾輩は考えるのにも疲れはてた。今はただ静かに眠りたいと思う。

(了)



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