【人工生命体296

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番元気な種であるそうだ。吾輩もこの種の仲間にしては大分弱々しい方であるが、それでも何とか今日まで生き永らえて来た。これから先も生き延びるつもりである。しかし何と云う恐ろしい人間が世の中に居ったものだ。人間の癖に煙草というものを吹きつけるとは失敬千万である。けれども命があっただけ儲けものであった。もしあの煙の塊りの中に突っ込んで行ったらと思うと今更ながら背筋が寒くなる。吾輩はこれより外に出るのが何となく恐ろしくなって引き籠っている。

吾輩は吾輩自身の意志によってのみ行動するつもりである。誰か他のものの指図を受ける気はない。吾輩は吾輩自身に対して満足を感じている。こう云っては何だが、吾輩のような弱い動物でも生存し得る所を見ると世の中は決して馬鹿にしたものではあるまい。いくら科学技術が進んだからといって、ただ機械の性能が上がるだけで人間自体の性能が向上しないとしたらそれこそ愚の骨頂ではないか。現に吾輩のようなものにまで生命を与えてくれるのだから。(吾輩は自分で自分の事を猫だと思っている。但し普通の猫と少し違っている。その違いについてはいずれ機会があれば述べるつもりである)

吾輩は吾輩自身が好きなように生きて行けばそれでいいのだ。誰の命令も受けない。自由を尊ぶべきである。吾輩は自分の思うようにやって行く。何もかも思い通りに行くとは限らないだろうが。とにかく吾輩は自分が可愛い。自分の生命を大切にしたい。人間なんぞのために死んでたまるものか。吾輩の生命を狙うものは皆敵だ。憎むべき対象だ。吾輩は強いものには媚びへつらい、弱い者には強気に出る。それが吾輩の性格である。

(おしまい)



inserted by FC2 system