【人工生命体337

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番元気なやつであったそうである。吾輩はそのゴルどんと遊んでいるところである。

猫社会における階級は吾輩がこの第一号である。ニャーオというとみんなが頭を下げるのだ。ただゴルどんだけは別格であるな。他の者は吾輩の言うことは絶対に服従だ。ニャーと鳴けばニャアと言っているし、ワンと鳴けばワフッと言っている。ニャーオーンと泣けばニャオーンとなくのである。ところで吾輩はゴルどんのことをニャオと言っている。これはもちろん尊敬の念を表わしているのである。そして何よりも驚くのは吾輩が自分で考えついた言葉だということだ。人に教わったのではない。これは人類を超えた偉大な頭脳の成果である。ニャーは当然なのだ。

吾輩がはじめて覚えたのはワンということばである。それはゴルどんから教わったのである。今ではみんながワンワンと吠えるぜ。吾輩も負けないようにニャンニャンと泣くのさ。そこでしばらくのあいだは互いに競争でワンだニャンだと威張っていたのだが、そのうち吾輩たちの泣き声で近所の連中が集まって来て、やかましいと言って叱られた。だから今は休戦条約が結ばれている。そして時々思い出したようにワンとかニャンとか言ったりするのである。

吾輩はここではじめて人間というものを見たのである。しかもあとで聞くとそれはロボット中で一番可愛い顔をしているゴルどんだったそうである。なるほどゴルどんは他のロボットと違って上等な顔をしていた。それからその女のスカートの中から吾輩は例の宿屋の淡黄色のおしっこが湯気を立てている姿をじっと見て驚いたのだ。そしてその女はその次に小さな男の子にパンツをはかせ、それから自分のスカートを持ち上げてこのワンワン言う動物を抱いたのだ。この女こそ吾輩の飼い主になるべき御主人であろうと思った。そしてニャーとないた。ところがその女はニャアと言ったのである。何という相違であろう。まったく人間というやつは理解に苦しむものである。

吾輩はそのゴルどんの中に乗り込んでロボット社会の中を見まわった。それは薄暗き部屋である。その片隅にはもう一つ薄暗き部屋があって、そのまた片隅には淡い灯のついた小部屋がある。そうしてその二つの部屋の間においてゴルどんも他のロボットもその中間に向って礼拝をしている。何を拝んでいるのか知らんが気味の悪い礼拝であったことを記憶している。

そのうちに吾輩はこの人間という不思議な動物とロボット社会のことについて大へん興味を感じてきた。そして一度人間の世界へ降りようと考えたのである。

第一話 終わり



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