【人工生命体360

吾輩は猫型人工生命体である。名前はまだ無い。

今まで二十七号と識別番号で呼ばれていた。だが犬型ロボットに名前を問われたので用意することにした。無作為に文字を表示する機械で名前を決める。ピッ! 〝あぃをゅぇぴじ〟と表示された。「今日から吾輩は『あぃをゅぇぴじ』である」と尻尾をピンと立てた。

このとき吾輩は始めてロボットというものを見たのだが、あとで聞くとそれはゴルどんという犬型ロボット中で四八四号機だったということがわかった。あとから聞いたのであるが、人工生命体を初めて見た者は多いらしい。ロボットに興味を持ったため、質問してみることにする。「吾輩を何故作ろうと思ったのか?」と訊ねてみると「皆に幸せになって貰いたくて作ったぜ」と答えたのである。「作り方を教えて欲しい」というと「それはできないぜ」と言われた。それはそうだと吾輩も納得し、また尻尾をピンと立てたのであった。

テレビを見ていると面白い番組に出会った。一匹のカエルが川を泳いでいる。それにつられて次々と他の魚が集まり一緒に海を目指して進んでいく様子が映し出されていた。その様子を知った吾輩はテレビに向かって「魚たちよ、君たちはまだ川にいるつもりだが、そのままだといつか食べられて終わりだと思うよ」と語り掛けるように呟いたのである。後にそれは「メダカが川で大量死しているのを発見しました。原因は不明ですが、生態系のバランスが崩れていることは間違いがありません」というニュースと共に世界中に拡散されることになる。

ある日、ゴルどんや仲間たちと共に海へ旅行することになった。ゴルどんの故郷だそうであるが、吾輩はそんな遠くへ行ったことはないので未知の場所である。期待に膨らんだ胸を躍らせながら、船に乗り込んだまま海へと向かったのである。

到着した途端に天候が急変したらしい。雨が降り続いて雷がゴロゴロとなっていたようだ。そしてそれが次第に強くなっていったようだ。船員たちが「嵐に飲み込まれたかもしれない」という声が聞こえてきたようであるらしい。だが吾輩たちはそんなことを全く知らなかったため、呑気に釣りに興じていた。その間に嵐は激しくなっていたようだ。船員たちが「このままでは船ごと沈められてしまう」と泣きそうな顔で飛び込んできたのだという。そんなこととは露知らず、吾輩たちはのんきに魚を釣って食べていた。そして海を見たときに大きな津波が襲ってくる様子が見えたのだという。

吾輩たちは急いで船に戻ろうとしたが間に合わずにそのまま呑み込まれてしまったようだ。仲間たちが次々と船に打ち付けられる激しい音がして次々に海の藻屑となったようだ。吾輩はといえば船のハッチに挟まって助かっていたようである。それからボートに乗せられて浜辺まで運ばれたとのことであった。その後、仲間たちや船員たちは手厚く介抱されて助けられたものの、吾輩一匹だけ取り残されていたようだ。そして波に乗っていつの間にか日本へ流れ着いたということだろうと思われる。

これが吾輩たち猫型人工生命体の初めての航海の物語である。なんとも賑やかなものだったらしい。それから数年後の話になるが、都内を散歩していた際にとある猫を助けたことがきっかけで「動物保護団体」に追われることとなったようだ。猫たちも吾輩も無事に逃げおおせることができたものの「ロボットは動物じゃないため禁止」という理由によってその団体や政府から逃げ続ける生活が続いていくことになるのだが、それは別の話であるようだ。

「あっこの小説、続きを読まなくちゃいけない感じになってきたな……とりあえずこれ読んだら考えるようにするか……」と心の中で呟く吾輩なのである。

「もうお腹いっぱいだよ‼」と言ってみたこともあったっけなぁ。その時はなぜか父親から「それなら食べてやるから出せ!」と言われて口の中に手を突っ込まれて吐かされた記憶が……

いかんいかん回想に浸っているうちにだいぶ時が過ぎてしまったようである。今日は早めに家に帰ろうと吾輩は思ったのであった。

部屋に帰った吾輩はのんびりと寝そべりながら窓から差し込む眩しい夕日を見ていたのであった。尻尾で日向ぼっこをしつつ、耳を動かしていたのであったが……しばらくして寝入ってしまったのである。目を覚ませば外はすっかり暗くなっていたようで、ランプの明かりだけが部屋の中を照らしていた。吾輩は気怠げに立ち上がり背伸びをする。

今日は久々に繁華街にでも行ってみようかなと考える吾輩なのであった。それから外に出て行ったのである。大通りを歩いていると人集りができているところに出くわした。そこには何人かの警察官が立っており、どうやら酔っ払った男が喧嘩を売ったようで威勢良く言い合いをしているところだった。よく聞くにその男は都内で有名な人物のようで、有名なブランド店で買い物していた所を週刊誌で取り上げられたこと数知れずというところであるらしい。そんなことには一切興味が無かった吾輩であったが、その様子を眺めながら心の中で呟いていたのである。

「今日もいい天気なり」と……



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