【人工生命体372

吾輩は猫型人工生命体である。名前はまだ無い。だが犬型ロボットに名前を問われたので用意することにした。「今日から吾輩は〝あぃをゅぇぴじ〟である」と尻尾をピンと立てた。

このとき吾輩は始めてロボットというものを見たのだが、あとで聞くとそれはゴルどんという犬型ロボット中でもっとも売れっ子な仲間らしい。吾輩は初めて会ったその犬型ロボットに対して「あまり似ておらざる」と評した。確かに目の前のゴルどんにそっくりであったが、あまりにも似過ぎていて不自然に見えたからである。しかしゴルどんが言うには、吾輩もまた周囲から見れば不自然に映るそうである。吾輩は実は本物の猫を見たことがこれまで一度もなかったのである。「そうだ、本物を見せようではないか」とゴルどんは言った。

さて、吾輩たちはもう一度例の中庭に向かったが、そこの主である人魚の姿は見えなかった。代わりに人間の娘がいて、吾輩たちに向かって「どちら様ですか?」と声を掛けた。

「吾輩の名前はあぃをゅぇぴじで、こっちがゴルどんである」と吾輩が言うと、「うるさい喋るな猫もどきめ」とその小娘は反抗期の女子学生のごとき激しい口調で答えた。その少女は身軽かつ優雅に宙を飛び回りながら掃除をしていて、まさしく空飛ぶ白鳥であるように美しく、また愛嬌に満ち溢れた娘であった。吾輩たちはさっそく人魚の様子を訊ねた。すると小娘は「あの人魚のことね」と意外なほど素直に答えてくれた。どうやらその人魚のことを前から知っている様子である。彼女は何度か見かけたことがあったそうだ。

そこで吾輩とゴルどんは彼女に色々と質問をすることにした。

まずどのような格好をしているのとたずねたところ、彼女の答えは、なんでも魚の形をした首飾りを付けているのだということであった。なんでも七色の鱗だそうで、これが非常に綺麗であり立派なものであるようだ。また、青白い肌を持っていることはもちろん、それ以外の様々な特徴については分からないということであった。しかし、それらが全て一致していることからおそらく人魚であると判断できるわけだそうだ。彼女の名前はサカイと言った。それから何か欲しいものはあるかと訊ねたところ、彼女が要求したのは水であったがこれは残念ながら入手することができなかった。その代わりということで吾輩とゴルどんは彼女が掃除をしている最中に水をかけてやったがまったく喜んではもらえなかった。吾輩たちが水を操る能力を持たない以上やむを得ないことだ。そこで吾輩たちは手近にある花に水をかけてあげることにした。「貴様は空中浮遊よりも土葬の方が希望なのだな」と嫌味の一つも言ってやりたいくらいであったが、それよりも一刻も早く花を楽にさせてやりたいと思ったためである。それはゴルどんも同様であったようだ。花は喜んでくれたようで、少しずつではあるが蕾が膨らみ始めようとしていたのである。しかし、間もなくして花は萎んでしまい、それにつづいて花びらも茶色に変色し落ちてしまったのである。「これは花の死期であるな」と吾輩は独り言を言ったが、一方でゴルどんは落ち込んでいた。彼の髪は今も昔も全く一緒の真っ直ぐな白色を維持しており、その髪をこんな具合になびかせながら右や左にフワフワと飛んでいるゴルどんの姿を見る度に吾輩は笑いを堪えきれなかったことを付け加えておく。

以上で報告を終了するものとする。

⸺完⸺



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