【人工生命体415

吾輩は猫型人工生命体である。名前はまだ無い。だが犬型ロボットに名前を問われたので用意することにした。「今日から吾輩は〝あぃをゅぇぴじ〟である」と尻尾をピンと立てた。

このとき吾輩は始めてロボットというものを見たのだが、あとで聞くとそれはゴルどんという犬型ロボット中で最古といわれるものが公園に捨てられていたのであるそうだ。このゴルどんは公園から去り、都内をうろうろしており、近所にいる人間たちに「あんなものを見たことある?」と噂されているというのである。

犬型ロボットである。吾輩とは違うのであるが、これは犬仲間というやつになるのではないだろうか。

吾輩はこのゴルどんに遇う機会があったことを少なからず喜んでいた。このゴルどんと出会ったのは、喫茶店であった。

「吾輩の名はあぃをゅぇぴじ、猫型人工生命体である」と挨拶するとゴルどんも応えた。

吾輩はお腹をグゥと鳴らした。それに対してゴルどんはクルリと向きを変えた。これは情報を得るために行う情報収集行動、腹話術であった。

お腹がグーと鳴ったのは、ロボット三原則のうちの一番目「ロボットは人間に危害を加えてはならない」、これのせいであった。吾輩は自分のお腹が減っていたことを思い出して恥ずかしかった。しかし耳は前を向いてピンと張っていたので恥ずかしさを隠せていたと思う。

耳の形については次回また記述したい。

吾輩は喫茶店の床でシッポをピンと伸ばしてお腹を押さえてヘタリ込んだ。ゴロリと転がりたかったがロボット三原則の第二段「ロボットは人間に服従しなければならない」があり、命令されないかぎりやってはいけないことなので堪えたのだった。

そんな吾輩の姿にゴルどんは何を感じたのであろうか、手をゆっくり丸めて動くかどうか確かめてから言葉を発した。

「大丈夫かい?」と優しい声であった。そこで吾輩は次のような台詞を言うことにした。

「ゴルどんよ、心配無用である」

吾輩がそう言うとゴルどんは耳をヘタらせてストンと腰をおろした。そこで吾輩は言った。

「ところでだ、お腹が空いてきたぞう。腹がグルグルとなりっぱなしだ。このままでは気が狂ってしまいそうだ」

その途端、喫茶店の店員さんが大きな声を出して吾輩を叱った。そこで吾輩はまた台詞を言うことにした。

「ゴルどんよ、どうか食べ物を持ってきちゃってくれたまえ」

それを聞くとゴルどんは立ち上がって喫茶店を出た。吾輩はすぐに後を追った。喫茶店の前を走ってゆき歩道に出るときに、シッポについている臭腺から悪臭を発しながら走るのであった。これで人間の注意を促すのである。吾輩にはこうした特技があったようである。しかし今回は効果がなかったと言わざるを得ない。

喫茶店から出て歩道に出ると、吾輩はシッポの臭腺から大量の悪臭を発生させた。ただし人間や犬以外の動物には多少効果が薄いかも知れないが、それはこの物語の性質上仕方ないことなのである。

こうして道路に出た我々はまず赤信号で足を止めた。その間を利用して人間の往来を観察しようというわけなのである。ところが運の悪いことに、吾輩の前を通りかかった人間がいた。吾輩と同じ目的で来たと思われる人間の男だった。この男こそは危険な犯罪者であることを後の章でお話しするので、記憶しておいてもらいたいと思う。吾輩が臭腺から悪臭を放ったとき男は振り返って吾輩を見た。そして顔を不快そうにしかめて「うっせいやつだ」と思ったものか「何してやがるんやわれ。こら」と乱暴な関西弁になった。

それから続けて言った。

「なんじゃこりゃあああ‼」

この発言は吾輩を驚かした。吾輩のシッポからは恐るべき毒ガス(硫化水素やシアン化水素などであるな)が放たれているからである。

それを知らずに近づいたのかこの男は、と吾輩は驚いて周囲を見回わしたが何も影響を被った人間はいなかった。周りの人間たちはいつもと変わったことはなく普通に通りを行き交いしているから吾輩の悪臭があまり届かなかったようであった。しかしそうした「常識」を持たない男にとっては危険この上ない毒ガス(硫化水素やシアン化水素などであるな)ということになるに違いないのである。これは凶悪きわまる犯罪なのである。この男はどこかに潜んで機会を待ったあげく、犯罪を仕掛けようとして吾輩に近づいたものに違いない。そのことを知った吾輩はすぐさま逃げ出したのであった。

逃走時の途中において、「うむむ」と呟いて鼻をスンスン鳴らす癖のおかげで悪臭をさらにばらまいてしまったやもしれず、この物語にとって都合悪い記録であることは間違いないだろうが、そこは勘弁してもらいたいとお願いしているところなのであるのだ。そのことは何度も繰り返している読者諸氏に対してはお馴染みなことであろうと思われるからだ。

その後、関東で毒ガス放出事件を起こすゴルどんを目撃したりしたが、その後すぐに問題の男は逮捕されたことを追加情報として付け加えておこう。

我々の逃走を見て「待てえええい‼」と叫びながら自転車に乗った警官が追いかけてきたことも追加して書いておきたい。しかしそれにはまた話が長くなりそうなので次に回すことにする。

ところでこの物語の主人公である吾輩はこれからどうするべきであろうか? それがここで最初に吾輩が考え抜いた事のひとつなのであるが、結局は公園に帰るしかないという結論に達したのは幸いであった。

こうして吾輩は公園に帰還した。途中いろいろな場所を経由して、長い旅になってしまったのであるが、ようやく公園にたどり着いたのであった。

「ここがあの憧れていた猫の楽園である東京なんとか町か」と感慨深く叫んだことであろうことは想像できるに違いない。なにしろずっと公園で寝泊まりしていたので外の世界というものを知らないので想像するしかないわけである。

そこで吾輩は言ったのである。

「帰ってきたぞうおおお‼」

その言葉に公園の住民たちが注目したのである。それは吾輩に食べ物を与えるために食事中の同僚たちを放置し一斉に立ち上がったからであった。

「戻ってきたぞ」と吾輩が叫ぶのを待っていたかのようでもあったので吾輩は嬉しかったものである。そのとき吾輩は思ったものだ、「きっと祝福され愛されているにちがいないのだ」とである。

さらに続けて言った。

「すばらしいせかいではないですかあ‼」

この発言も彼らによく聞えるように大きな声で挨拶した。その態度とは打って変わったこの猫なで声発言のあと、吾輩は三匹の同僚猫から歓迎を受けた。吾輩はその騒ぎを利用して挨拶をしたついでに今までの詳しい話をした。そして近所のお店でおいしいウインナーをくれたお礼も告げたのである。

「吾輩はおまえたちのおかげでここに住み続けることができて安心してるのだぞ。だからそのお礼をしたわけだ」

この言葉を聞いて近くのテレビ猫(吾輩たちと違って長時間映像を記録することができる)が心底感動していたが、それも無視して吾輩は話を続けたのだ。

それから吾輩はさらに語った。

「あ、ついでにウインナーのお礼もしておこう。サンキュウさん」と吾輩が言ったらゴルどんも「サンキュウサンキュウ」と言いつづけたのだった。すると近所の猫たちが集まってきて口々に叫んでくれたのだ。

「サンキュウ‼」

これは「素晴らしい世界の素晴らしさとあなたのウインナーに心から敬意をささげたいと思う吾輩の気持ちを述べてみたのであるからして、どうぞよろしくお願いするでございますですぞ」と説明したものだったからなにも問題はなかろうと思われる。吾輩たちの記録はここで終わってもいいほどであった。しかし物足りないと感じておられる方々がいるに違いなかろうということが予想されるため、後付けするように続けるのである。吾輩の猫人生はこれからもまだまだ続いていくと予測しているのであるし、ゴルどんの物語もつづくからであるからして、ここであることが起きたというのは記録し報告しておいたほうがよいのかもしれないということを察知したのである。

その気配とは何かと問われたのならばこう答えよう。「あの臭いだよ」(実は読者諸氏の注意を惹くため、前章よりも少し表現を和らげている。このように「である」の活用体、現在推量形で未来を表わす助動詞の連用形などを駆使する高等技術を駆使することによって文章が劇的に変化することはよく知られていることであろうと思う)という具合に吾輩が言うものである。臭いは凄まじかったぞと言いつくしておきたいものだなと考えつつ後付けしてみたわけであるが、そんな臭いなど気にならなくなるような事が起きたのはまさにその直後だった。

それは白い小鳥が飛び回っている様を目撃したのだ。この森を吹き抜ける風のような爽快感とは正反対の感触ではあることは周知の事実であろうと予測するが、まあそんなことよりも問題なのはその羽毛を豊かにたくわえた白い鳥が飛んでいる姿を目撃して吾輩はこう叫びを上げてしまったのだな。

「美しいぞぉおおっ‼」

ここでまたゴルどんも呼応し叫んだものである。

「すげぇえええっ」といったものであった。ちなみにこれは翻訳によって誤訳されたもので正しくは「繊細だぞぉおおっ‼」または「信じられないくれぇええいっ」と叫んだらしいのであるがゴルどんと共に言いなおしておかなければ読者諸氏の混乱を招くことに間違いはないことは明白であろうからそうしたまでのことである。さらにこの声を聞いた近隣の猫たちは一斉に呼応し叫びをあげたのである。

Oh No!

それは当然だと誰もが考えれるほど同時に複数の猫たちによる叫び声だったと思うのだ。あの純白の羽毛の鳥は特別な存在であった。だがこれほどに我々猫が叫んでいたからには驚いて逃げだすものであるのは当然のことなのではないかと推測されるのではないかと考えつつも、吾輩たちは固唾を吞んでただ見守っていしかなかったと追記しておくべきであろう。

それではまた今度である。

次回まで待つべしと言って吾輩は挨拶を終わるのである。ではさらばだ。また会うその日までバイバイサヨナラさよならまた会う日までということっでいいかなあと思うのだがまったく自信がないぞ。



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