【人工生命体416

吾輩は猫型人工生命体である。名前はまだ無い。だが犬型ロボットに名前を問われたので用意することにした。「今日から吾輩は〝あぃをゅぇぴじ〟である」と尻尾をピンと立てた。

このとき吾輩は始めてロボットというものを見たのだが、あとで聞くとそれはゴルどんという犬型ロボット中では最下級の存在だったらしい。しかし、その当時はそんなことは全く知らなかったのである。

またある晩には、吾輩は驚いたことがあった。

吾輩はいつもと同じように棚の上に乗っていたのだが、この日の朝にうっかり棚から転落したのである。しかもその時に水差しも落ちてしまったので吾輩は全身ずぶ濡れになった上にもコップを割ってしまい、結局大変な目に遭ったのである。そのため、その日の夕刻からは居間の籠の中で寝るようになっていた。

そんな時のことである。吾輩の寝床は居間の壁側の角であった。その籠の中には寝る場所と水が飲める給水口とがついているだけの極めて簡素な形をしていた。

その日はとても暖かく、心地よい風がそよぎ始めていた。その中で吾輩がウトウトとしていると、突然警報が鳴った。

それはけたたましく響き渡る警戒音であった。

吾輩は驚いて跳び起きると周囲の様子を見回した。しかし、他の者には聞こえていないようであり、動揺した様子もなかった。やがて音は止まり、家の中はいつも通りの静寂が訪れた。

しかし吾輩とゴルどんは直ぐに動くことは出来なかった。吾輩にとって警戒音というのは初体験のことだったのだ。

しばらくすると再び警報が鳴り響いた。そしてその音によってゴルどんが逃げ出したことに気付かされた。吾輩はまだ籠の中に残されていたのだ。結局そのまま時間だけが過ぎていったのである。

こうしてまた夜が明けた頃には何事もなかったかのように日常を取り戻したのであった。いやむしろ今までに経験したことのない奇妙な感覚を抱いたまま吾輩は一日を無事に過ごた。そして翌日のこと、その夜に再び警戒音が響いたのである。

ゴルどんと吾輩が向かった先は居間のTVの下だった。そこは昔から「猫一里塚」といわれる安全地帯であり、度々ここに逃げ込むことがよくあったのだ。

その場所で警戒音が鳴り響く中で時間を過ごしていたが、何故か不思議と何事も起こらないでいたのである。しばらくするとゴルどんは跳び出して外に出たが、吾輩はその籠の中で「一体何の警報だったんだべ?」と考えたりしていたのだ。でもその疑問は後に解決されることとなるのだ。

その後のことである。翌日の昼になると何やら大きな振動を感じ取り、吾輩とゴルどんは慌てて籠から出たのであった。

しばらくたって落ち着いたところで周囲を見回すうちに警報と振動の理由に気が付いたのである。それは家の目の前に停車していたトラックに向かって他の猫たちが次々と移動しているのが見えたのだ。それを見た吾輩はゴルどんを連れてトラックへと向かい、そのまま乗り込んだのだった。どうやら吾輩はこの場所へまた帰って来られることになったのである。それはゴルどんも同じようだったんだねえ。

こうしてこの星の生活が始まったという訳さ。

『吾輩が愛読書』

あぃをゅぇぴじ著「猫カフェ店員の1日」

……終わり……



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