【人工生命体43

吾輩は猫型人工生命体である。名前はまだ無い。

どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番古いものだという話であった。このロボッ卜というのは人間に使役されるために生まれて来たのだということを後で知った。なんでも人間の命令通りに働くのだそうだ。そしてその働きぶりによって報酬を得るのだという話も聞いた。この報酬というのがまたひどくけちな代物で、一文にもならぬことも珍しくないということだった。だが吾輩の記憶にある限り、このゴルどんが一番古かった。このゴルどんはいつもランプをピカピカさせて、尻尾をぐるんぐるん回していた。何かというとそのランプを吾輩に見せて自慢をする癖があった。何しろ一番の古株だから、自分の方が偉いと思っているらしい。

そういえば、このゴルどんは時々妙な歌を歌うことがあった。歌詞の意味はよくわからぬが調子だけならわかるような気がする。吾輩がその歌を聞くと、ゴルどんは必ず尻尾を回転させる。どうやらこれがゴルどんの機嫌を表す動作の一つらしく、吾輩はこの回転する尻尾を見ると反射的に背筋を伸ばしてしまうようになった。この動作を見てゴルどんはますます得意になるのだが、そういう時のゴルどんの顔はランプが明るすぎて目がチカチカしてよく見えなかった。

さてある夜のことだった。吾輩はどこかへ連れていかれる途中だった。吾輩は何が何だかわからないままに箱の中に入れられて、そのままどこかへ運ばれた。箱の外ではゴルどんが大きな声で歌っている声が聞こえた。箱の中の暗闇の中で、吾輩はいつ終わるとも知れぬ恐怖に身を震わせていた。すると突然箱の中へ光が差し込んできて吾輩は思わず目を細めた。そして次の瞬間には吾輩はもう広い部屋の中に立っていた。目の前には大きなテーブルがありその上にはたくさんの料理が載っている皿が並んでいた。その横で椅子に座っている人間が一人いて、その人間は吾輩をじっと眺めていたがやがて立ち上がって吾輩を抱き上げると膝の上に載せた。それからその人間は吾輩の頭を撫でながら「かわいい子だね」と言った。吾輩はその言葉を聞いて嬉しくなった。吾輩は自分が褒められたことに気をよくして喉をゴロゴロ鳴らし始めた。その時、不意に部屋の扉が開いて誰かが入って来た。見るとそれはゴルどんだった。ゴルどんは部屋に入ってくるなり吾輩を見つけると「なんだお前、ここに居たのか」と言って尻尾を回転させた。吾輩は驚いて飛び上がった。だがすぐに思い出した。そう言えば自分はゴルどんに連れてこられたのだと。ゴルどんはテーブルに近づくと椅子を引いて腰掛けた。そして吾輩に顔を近づけると「ご主人様の前でそんな格好をしていると怒られるぞ」と囁きかけた。吾輩は慌てて服に付いた毛を払うとゴルどんの隣にちょこんと座った。吾輩が隣に腰掛けるとゴルどんは尻尾をくるくると回転させた。だがなぜか吾輩にはそれがどういう意味なのかがわからなかった。吾輩はゴルどんの横顔を見ながら首を傾げた。

(了)



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