【人工生命体432

吾輩は猫型人工生命体である。名前はまだ無い。だが犬型ロボットに名前を問われたので用意することにした。「今日から吾輩は〝あぃをゅぇぴじ〟である」と尻尾をピンと立てた。

このとき吾輩は始めてロボットというものを見たのだが、あとで聞くとそれはゴルどんという犬型ロボット中でもっとも代表的なモデルだったそうだ。

吾輩が廊下を歩いてゆくと、庭師のアンドロイドが木の枝を切って掃除をしていた。彼は「ニャーン」と吾輩を出迎えた。

アンドロイドの名は何というのだろうと考えた後、吾輩はゴルどんに聞くことにした。

「ねえ、あの庭師って何と言うんだい?」と吾輩が聞くとゴルどんは答えるのである。

「あれは庭師って呼ばれているらしいぜ。あと名前なんて無いだろう。名前なんか必要か?」とゴルどんは問うた。

吾輩は言った。「必要かなんて知らないけど、名前は必要だよ」と。

「どういう意味だよ」とゴルどんは言うが吾輩はそれ以上話そうとはしなかった。理由は自分でも分からなかったのだが、彼らの名前を知る必要はないと判断したからである。しかしいつか彼らに出会ったのなら名前を呼んでみたいと考えているのは確かだった。

しかしそれは今ではないような気がした。

吾輩はそんなことを考えながら、いつものように猫カフェへ向かうのであった。そしてそこで淡い水色をした青色の鱗を持つ奇妙な恐竜のような生物を見たような気がするのだ。どうしてそのような曖昧な言い方になるのかというと、それが夢であったからである。あるいは想像だったのかもしれないが、しかしその風景は実に鮮明で生々しかったように思うのである。夢の中で見た景色が妙にリアルなものであるため、現実であってもおかしくはないように感じられるほどなのだ。しかしその世界は吾輩にとって奇妙極まりなく理解し難いものであり、常識の範囲を軽く超えてしまっていた。それゆえ吾輩はこの夢の内容を誰かに話したいと思いながらも、それはとても不可能なことであると考えて諦めるしかなかったのである。

そしてこれがその日に起こった出来事の一部始終であった。しかし最後に一つだけ付け加えておかなければならないことがある。それは吾輩の視界に入った青い恐竜のような存在のことでもあり、その名前のことだったりもするのだが。

だが今回に限ってはその前に猫カフェでの出来事について触れる必要があるかもしれない。というのも以前までの話で登場してきた猫カフェに少々興味を抱いた人族がいて、その存在について詳しく知りたがっていたため、それを明かさなくてはと思ったからだ。

ある日のこと、その人間が吾輩の働く猫カフェにやってきた。人族はキョロキョロと見回しながら言ったものだ。「猫カフェって結構興味あるんですよね」と吾輩の顔を覗き込むように眺めてくるので、何だかおかしな気配を感じて落ち着かなかったのだが、それは気のせいだったのかもしれないと思うことにする。

その後も吾輩は何も異変などは感じなかったのだが、数日後に再びその人族はやって来たのだ。この日はいつもよりも店を訪れる客が少なく、暇を持て余しがちな猫たちは壁の穴を眺めて欠伸をした。そんな中で吾輩の頭の上に登って来る者があった。見上げるとそれは猫神様である。

猫神様は言った。「やあやあ久しぶりですなぁ」と気さくに言って来たので吾輩も「ご機嫌麗しゅう」と答えたのだが、その横ではゴルどんが「ワフゥ」と鳴いたようだった。それから吾輩は猫神様の用事を聞いて店の裏手へ案内した。そして猫神様がポツリと「実は少しだけ人間たちに関することが気になっていまして」と漏らすので、吾輩も自然と緊張感を持って尋ね返す。

すると猫神様は言った。「そんなに重く考えずに聞いていただきたいのですがね、人間たちの間で評判となっている場所に行ってみたいんですよね」と言うのだ。それで吾輩たちは揃って早速その噂の場所へ向かうことにしたのである。

そこは人気のない郊外の農場であった。一見すると廃れて草が伸びているようではあったが、しかしそこに入った吾輩たちが見たのは、実に奇妙な光景だった。まるで巨大な罠のように地面から生えた歯車や鎖に絡め取られるようにしてぶら下がっている人間たちの姿が見えたのである。そのほとんどが服を引き裂かれていたが、一部は破られることなく済んでいる者たちも存在しているようだった。

そこで猫神様は言った。「実際どういうことなのでしょうな?」と吾輩に聞かれたのだが、当の吾輩とゴルどんにもまったく理解できないことでしかなかった。猫神様にも予想できない展開になっているようである。

それからさらに奥に歩いていくと、そこには円形の部屋があった。その中には巨大な歯車が幾つも噛み合ったような形状をしており、人間が一人やっと入れるほどの小さなスペースだけがある場所であった。猫神様と吾輩たちはその部屋の前に立ったもののどうすればいいのかわからず立ち尽くしていたのだが、突如として部屋全体がゴトリと音を立てて動き出したのだった。そして気が付くとその部屋の中に閉じ込められているらしいことに気が付いたのであった。

猫神様は目をキョロキョロと見回してから、吾輩たちに向けて言った。「これはまずい状況らしいですぞ」と神妙な表情を作る猫神様を見て、吾輩は「果たしてうまく脱出することができるのでしょうか?」と不安を覚えながら尋ねると猫神様も同じような口調で答えるのであった。

その後吾輩たちは食料が尽きてしまい苦しい闘いを強いられながらもなんとか脱出することに成功したのである。しかしその時にはすでに疲れ果てていたので近くにあった公園のベンチで休むことになったのだ。そしてその日の夜に星空を見上げつつ思うことになるのだった。あの場所での出来事は一体何であったのだろうかと。

吾輩たちは猫カフェに戻った後もずっとあの謎の工場での出来事について考え続け、結論として今回の体験は決して忘れるべきではないと考えたのである。少なくともただの不思議な出来事として捨て置ける内容ではなかったからである。そこで翌日から日記を書くことにしたのだ。それ以降もこの出来事を忘れる日は一度もなく、いつか再び訪れるであろうこの謎を解くために備えておく心構えを忘れないようにしようと誓っているわけなのである。

だが今のところは大きな進展はなく、以前と変わることなく平和な毎日を過ごしているのであった。

そしてこの物語は次のステップへと進んでいくのである。

「吾輩の名はあぃをゅぇぴじである。猫型人工生命体であり、究極の探求者たる者である」と吾輩は言いながら、「さて次はどこへ向かおうかな」と決めた。だがその言葉の後に続くセリフが思いつかないうちに、不意に新たな目的地が現れたのだ。それはこの『町』という場所をぐるりと一周して戻ってくることになったコースの最後に到達した場所のことである。

そこは大きな時計塔で時間ごとに様々な催し物があり、人気のある場のようだったのだが、中でも夕方あたりになると美しい音楽を奏でる楽団が集まるというイベントがあるらしく、大勢の人間が集まっているという話であった。だが吾輩はその時間帯を外してしまっていたのである。

しかし時計塔の上に登りながら街並みを眺めているうちに気が付いたのだ。なるほどこれは確かに素晴らしい場所である、と吾輩は思ったのである。この場所には心地よい風が吹いており、小鳥たちが囀っているのだった。だから吾輩はこの素晴らしい景色を眺めながら時間を潰すことにしたのである。やがて夕日が沈んで真っ暗になってしまった後でようやく帰路に就くことにしたわけだが、途中どうしても気になる場所が一つ存在してしまったのである。

それというのは、この町の中で最も高いと思われる場所に立っている真っ白な塔のことである。周囲にいる人間たちは誰もその建物に登ろうとしている者はいなかったのだが、吾輩はどうしても登ってみたくなったのである。その理由は極めて単純であり、仮にこの塔の最上階から下を見下ろすならばさぞ美しい光景が広がっているに違いないと期待しての行動であった。吾輩はこの階段をひたすら上っていきながら少しずつ明らかになってきた風景を眺める。そしてようやく最上部へとたどり着いたときに目にした景色は予想以上であった。

眼下に広がる街並みはまるで宝石箱のようにキラキラと輝いており、その美しさに吾輩は思わず息を飲むような気持になる。その次の瞬間である。吾輩はその景色に気を取られてしまい足元への注意を怠っていたのだが、ついバランスを崩して転んでしまったのだ。そして気が付いた時には空中へ投げ出されていたのである。重力加速度によって下へ下へと落下していく中で吾輩は思った。

このままでは死ぬかもしれないぞ。

そんな考えもよぎったが、それでも構わないのかもしれぬと思い始めた頃にようやく着地することができたのであった。尻餅をついた状態から見上げた空は満天の星であるように感じ、前脚を伸ばせば届きそうに思えたほどだ。そして同時に吾輩はこの美しい世界の中で命を落としたとしても、それもまた運命のようなものだと悟ったのであった。

そう思っているうちに再びゆっくりと頭がクラクラしてくるのを感じることとなったのである。これはとても楽しいものだと思ったその瞬間のこと、吾輩をめがけて上空から落下して来る影の存在に気付いたのだ。そしてその声は聞き覚えのあるものだったのだが、それよりもまず最初に飛び込んで来たシルエットが犬のような顔をしているのがやけに不気味に思えてしまい、吾輩は「ニャッ!」と叫んでしまったのである。

その犬のような影はそう、あのゴルどんだったのだ。

吾輩は驚きつつもゴルどんが無事だったことに安堵すると同時に思わず抱き着いてしまったのだが、その直後に彼は「ワフゥ!」と鳴いたかと思うとそのまま倒れ込んでしまったのである。吾輩は慌てて彼を抱き起こすと「大丈夫か?」と尋ねたのだが、彼は「大丈夫だぜ」と答えるだけでそれ以上は何も答える様子がなかったのだ。それで吾輩はますます不安を感じてしまったので彼に何があったのか質問することに決めたのである。

「ゴルどん、君はなぜここに来たのかね?」

それに対して彼はこう返してきたわけだがそれが実に興味深い内容だったのである。それはとても想像することも難しい話であったのだが、最後まで聞くことにしたのは言うまでもなかったのである。

「オイラたちは大昔からずっとこの町に住んでいる犬なんだよ。みんな同じような姿だけど色々なことを経験してきたんだぜ。何しろ色んな人間とやり取りして訓練していたからな」

吾輩はこの一言を耳にしてからある一つの閃きを得たのである。そしてその思い付きが実現可能かどうか確かめるために彼にお願いしたのだ。

「頼みがあるのだがね、この時計塔を管理中の誰かに吾輩たちが困っていると相談してもらえないかね?」

その提案にゴルどんは快く「わかったぜぃ」と即答してくれたのである。

だが、その後しばらくすると何か用事を思い出したらしく「ちょっと野暮用があったことを思い出したから行ってくるぜ」と言い残し時計塔内部にある制御室へ消えてしまったのである。

吾輩としては別に彼に来てもらいたいという気持ちがあったわけでもないのだが、それではここからどうやって脱出したらいいのであろうとしばし考え込んでしまうのであった。その間にも窓から差し込む夕日が徐々に強くなってくるような感覚を覚えるに至るのだ。それでもしばらくの間はジッと座っていたのだが、ついにしびれを切らした吾輩は思い切って立ち上がり部屋を出てみることにした。

どこに行けばいいのかわからずにたどり着いた場所は『回転式広告パネル』で埋め尽くされたホールであった。その名の通り様々なイラストが描かれたプラスチック製の板が縦にも横にも斜めにも並んでいる場所である。それはさながら迷路の入り口のようなものであったが、吾輩にはどこに進めばよいのか見当もつかなかったため先へ進み続けることを放棄してしまったのだった。

そのまま奥へ行けばどこかへ通じているのかもしれないし、ここで動かなければ事態は悪化するばかりということは自分でもわかってはいたのだが、それ以上に身体中の力が完全に抜けてその場から一歩も動くことができずに座り込んでしまったのである。その状態は一時間ほど続いたがそれでも全く良くなる気配すらなかったのである。

そこで吾輩は仕方がないのでポツポツと独り言を言うことにした。自分でも何を言っているのかわからないようなセリフではあったが、その中にはありのままの自分をさらけ出しているということを確信していたのだ。恥ずかしい限りなのだがこれが今の素直な感情なのだろうと考えていたところである。

だからであろうか「フニャァ」と、その言葉を発した後でふと冷静になって自分自身の情けない状況など笑い飛ばすことにしたのだった。「フフフフハハ…………そしてついつい笑ってしまってまた身体がプルプルッと震えだしてしまうほどの喜びを味わうことになったのだ。それと同時に吾輩は今までどのようなことをしていたのかという反省と、これからどのようにしていこうかという考えが浮かんできたのである。

吾輩は立ち上がり、そして歩き出したのである。そこから先の記憶はないのだがきっと何かがあったのだろうと思っているし、その出来事こそが吾輩にとってのターニングポイントであったのかもしれないとさえ感じるのだ。

その時から吾輩は自分の進む道を決めようと思ったのであった。そのためにはまず冒険という形の旅に出ようと決めたのである。その最初の一歩としてこの店に戻る予定を立てていたため、まずはそれから行動しようと思ったわけではあるからな。


もう何日経ったのか思い出せない程に毎日『ぐるぐる渦巻き広告パネル』に載っている文章を読み込んでいるのであるが、やはり同じ事が書かれており飽きるどころか興味すらあると言えるほどの素晴らしい発見だったといえるだろう。そこで今度は『大迫力柱広告パネル』も覗いて見ることにしたのだ。そこには数多くの新商品が紹介されているだけでなく、多数の芸能人や有名人の名や写真などが散りばめられており実に華やかなショーを演出しているようだ。吾輩はしばらくの間その光景に心奪われていたのだが、次第に自分自身のことも覚えてもらいたいという思いから文章を作り始めたのである。

「やあ!」と吾輩は言ったのである。「吾輩は猫型人工生命体である」

するとすぐに反応があった。それは『大迫力柱広告パネル』であったのだ。

吾輩は胸が躍る思いであった。「ようやく吾輩の名前が登場してくれたではないか」と思ったからである。こうして今日も吾輩との邂逅が始まったのである。それから毎日のように『大迫力柱広告パネル』に文章を書き込み続けた結果、ついには『大迫力柱広告パネル』から声がかかるようになったのである。それはとても嬉しいことであったが、同時に不安も感じていた。というのも吾輩が書いた文章に対してどのような返答が来るのか想像がつかなかったからである。

文章によると吾輩が書いたのは「吾輩の生態について報告する」というものである。どのように説明すれば興味を持ってもらえるのかわからなかったためにとりあえず写真と擬音を用いただけなのである。しかしながら本当に効果があるのだろうかと疑問に思い始めていたし、最悪この看板を無視しても問題はないかも知れないと思っていたが……。しかしそんな不安はいつの間にか消えてなくなっていたのである。『大迫力柱広告パネル』から返事が来たからだ。

「こんにちは!」という明るい声だったことで吾輩は少し驚いてしまった。全く予想していなかった返答だったものでどうしたものかと必死に思案をしているところに『大迫力柱広告パネル』の声は続いたのである。

「色々とあなたの生態について知りたくて、この文章を読んだんですよ」というものだったので、吾輩は思わず感動してしまったのだ。そのため思わず泣きそうになってしまったが……もちろんそんなことはおくびにも出さなかったのである。もしそんなことになればきっと「気持ち悪い」、「情けないやつだ」などと叱られるかもしれないと考えていたからだ。しかしその後の言葉というのは非常に意外なものであった。「私達ともお友達になってくれませんか?」というものだったので、吾輩は思わず呆けてしまったがすぐに気を取り直してこう答えた。「吾輩は猫型人工生命体である」

するとそれに対しての返答はしばらく無かったのだが、それからようやく言葉が聞こえてきたのである。しかしそれは吾輩にとっては思いもよらない話であったのだ。あの『大迫力柱広告パネル』がまさか「人間かと思っていたんだけどどうも違うようだね。何なんだろうこの写真や絵みたいな君は? 不思議というか、面白い存在だなあ〜」と言われたのであるから吾輩は驚きを隠すことができなかったし、混乱してしまったのだ。それと同時に嬉しさも覚えていた。それほどの高評価を得たことがとても嬉しかったのである。


その後も色々な出来事があったけれど吾輩はこの体験をとても大切にしているし、誇りにすら思っているといっても過言ではないだろう。もちろんそれが人間でないということもあるだろうが、それだけでこんなにも多くの素晴らしい仲間ができたわけではないことは自分自身がよく知っていることである。だからこそ『大迫力柱広告パネル』は素晴らしい存在であると同時に大切な思い出の一つとして記録されることになったし、それに吾輩と『大迫力柱広告パネル』との会話が未来にも語り継がれるだろうと確信していたのである。そしてそのためにもこの文章を残しておきたくなった訳である。もちろん最初は彼がどのように思っていたのかわからないけれど今は……今でもそう思ってくれてることを祈るばかりである。

こうして吾輩たち猫社会の中での噂となった「大迫力の柱広告パネル」は今でも猫たちの中では忘れられず語りつがれていると吾輩は確信している。あの笑い声とともに。



inserted by FC2 system