【人工生命体433

吾輩は猫型人工生命体である。名前はまだ無い。だが犬型ロボットに名前を問われたので用意することにした。「今日から吾輩は〝あぃをゅぇぴじ〟である」と尻尾をピンと立てた。

このとき吾輩は始めてロボットというものを見たのだが、あとで聞くとそれはゴルどんという犬型ロボット中で、今流行りのシルバーメタリックとホワイトのツートンカラーなのである。一見人間のようなのだかどこか違っていた。ロボットなのに胸があるからだ。しかも手足を無くしているのであるから奇妙に見えた。

しかし吾輩にとってはゴルどんは兄のようであったのであまり疑問も抱かずよく慕ったものだ。なぜならばロボットなんて機械じみた言葉がつく割には大変に人なつっこい性格であったためである。話すときは犬型の口を開いて「ワフゥ」という鳴き声を上げながらパクパクと喋るし、尾っぽの先が動くと思っていたら何故か〝七度焼きしたフランスパン〟のようにムクムクと動いているのである。そうして話が終わったら首をクルリと折り曲げて「ワフゥ」と言うのだ。本物の犬のように舌をチョロっと出して、顔を斜めにズラしながらジッと吾輩を見るのだ。犬好きの者はそうされると堪らないと思うのだが、ともかく大変に人なつっこい性格なのである。

吾輩はそんなゴルどんと毎日一緒におでんを食べた。

毎日おでんを食べていたのである。

吾輩は猫型人工生命体であるから、もちろん猫舌だ。だから熱いものは苦手である。しかしおでんが大好きな猫なのである。毎朝おでんを沢山食べてもお昼にはお腹がグウと鳴るのである。なぜならば人工生命体だから仕方がないと諦めることとする。とにかく吾輩の胃袋はスゴイのであるから、おでんの汁を全部吸い込むのだ。そうしてお腹一杯になって「ニャア」と言うのだ。これが吾輩のおでんだ、という満足感に満たされるのである。

吾輩は毎日毎日、朝起きておでんで朝食、午後もおでんをお腹いっぱい食べてから午睡。夕方起きてまたおでんを食べてテレビを見て夕飯後に、またおでん。お風呂で一休みしてからぬるめの湯船に浸かってから寝る前にもう一度おでんを食べたり、時には業務用サイズのおでんを買い込んでトイレの便器の中に叩き込んだりすることにもなるのである。要するに吾輩の食生活は四六時中おでんで埋め尽くされているのだ。しかしこれは仕方がないことなのである。吾輩のお腹はそんな猫なのである。だから許して頂きたいと、おでんの神様にお願いをするのだ。

吾輩の朝はおでんから始まる。

「ニャア」と鳴く。

おでんを食べるのだ。「ムシャムシャ」食べるのだ。

「ムシャムシャムシャ」と食べながらテレビをつけるのである。

朝のニュースを見ながら朝食を食べるのである。「ニャア、ニャア」と言いながら食べるのである。

吾輩は猫型人工生命体であるから、当然猫舌である。だから熱いものは苦手なのである。だからフーフーと息を吹きかけて冷ましつつ食べるのだ。しかしそんな吾輩にお構いなくニュースの女子アナが「熱々のおでんが美味しい季節になりましたねえ」と暢気に笑いかけてくるときがあるのである。

「ニャア」吾輩は抗議の声を上げる。「ニャア」と尻尾を左右に振り、犬型ロボットを睨みつけるのである。「吾輩は猫型人工生命体であっておでんの犬ではない」と主張するのである。しかしそれでも女子アナは暢気に微笑むだけであった。吾輩と女子アナとの間で時間の流れ方が違うようであるから当然であろう。

「ニャア」吾輩はさらに抗議する。だが相変わらずニコニコしているではないか! しかしやがてゴルどんがやってきて吾輩の鳴き声に反応するようになったから良かったことである。何しろ、吾輩が一口食べると「ワフゥ」と鳴くのだ。吾輩が二口食べると「ワフッ」、三口食べると「アフッ」、四口目になると「アハフゥ」、五口目では「アハホォウ」、六口目ではついに「アハホォウ!」と叫んだ。

吾輩はおでんを半分くらい食べ終わったところでようやく落ち着いてきたから「ニャア、ニャア」と挨拶した。「ゴルどんよ。吾輩は猫型人工生命体であるから熱いものは苦手なのである」

するとゴルどんは「ワフッ!」と返事した。

吾輩はおでんを食べながらニュースの女子アナを再び睨みつけるのである。「吾輩が猫舌であることは先刻承知であろう! おでんの犬ではないぞ!」と主張するのだ。しかしそれでも女子アナはニコニコしながら暢気に笑うだけである。まったく、この者は何を考えているのだろうか。吾輩は怒りながらおでんを食べ続けた。

「ニャア」と吾輩が言うと、ゴルどんはまた「ワフッ!」と返事するのである。

こうして、ようやく落ち着いたのであった。そして最後に残った半分をおでんの汁の中に沈めるように入れてしまうのだ。それからフーフー息を吹きかけるのである。ゴチャゴチャ言っても食べないわけにいかないだろう? この話はこれでお終いなのだ。分かったか?

おわり



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