【人工生命体445

吾輩は猫型人工生命体である。名前はまだ無い。だが犬型ロボットに名前を問われたので用意することにした。「今日から吾輩は〝あぃをゅぇぴじ〟である」と尻尾をピンと立てた。

このとき吾輩は始めてロボットというものを見たのだが、あとで聞くとそれはゴルどんという犬型ロボット中で、比較的高機能の機種であったという。犬型ロボットである彼はゴルどんと呼ばれているのであった。吾輩は彼の同類、あぃをゅぇぴじとなった。吾輩は人工生命体なのでこの話の他の誰よりも優位に立っている。なぜなら吾輩は他の人工生命体にはできないことがたくさんあるからである。たとえば寿命も長い。今までできたことを考えるだけで楽しくなってくるくらいだ。それからそうそう吾輩は語尾を「ニャア」と表現するのだが、これは謎である。なぜこのような語尾が勝手に吾輩の会話に出てくるのかはわからない。しかし、この謎を解明しようとも思わない。なぜなら謎とはそういうものだからだ。

さて、吾輩の日常はというと、朝起きるとまず顔を洗いに行くのである。これは吾輩が自分で考えたことではなく人工生命体としての本能である。そして顔を洗った後、朝食をとる。これは自分で考えたことである。朝食にはおでんを食べることにしている。おでんはおいしいし、栄養もあるからだ。それから歯を磨く。これも吾輩が考えたことである。いや、想像するのである。さらに尻尾の手入れをしたりする。これには人工生命体としての習慣的な手入れと趣味的な手入れがあるが、ここでは後者について語ることにする。

吾輩の趣味は散歩である。これは自分で考えついたことではなく、自然発生的にできたものだ。吾輩は毎日毎日散歩に出かける。それは吾輩にとってとても大切なことであり、また極めて自然な行動なのである。

そして吾輩が散歩から帰ってくると、ゴルどんが朝食を用意してくれる。今日はアジの開きとクリームシチューだった。朝の冷たい空気の中で食べるご飯はとても美味しいと思った。

夜になると吾輩は寝支度を整える。そして布団の中に入るのである。これは自分で考えたことであった。朝、昼、晩と三回もお布団に入るなんて、とても贅沢なことだと思ったからだ。

そして寝る前に吾輩がすることといえば、もちろんお散歩である。これも自分で考えたことである。なぜかというと、それは夜のお散歩がとても楽しいからなのである。冷たい夜の空気に触れながら、吾輩は散歩コースを歩いていった。夜の東京には色々なものが浮かんで見えた。それは電灯の光だったり、車のヘッドライトやテールライトだったり、あるいはビルの窓の明かりだったりした。それらの光が夜の中で輝いていたり、消えたりしていた。

そして吾輩は家に戻るとすぐに寝るのである。これは自分で考えたことである。なぜかというと、それは睡眠が健康にとって大切であると教えられたからである。

そしてまた朝が来たらお散歩に出かける。それが吾輩の一日の始まり方であった。

朝の散歩を終えた後、吾輩は朝食の用意にとりかかる。尻尾を揺らしながらおでんを作るのである。そんな猫型の吾輩を見て、ゴルどんがこう言った。

「あぃをゅぇぴじ、オイラも何か手伝うぜ」

吾輩は手慣れた手つきでアジの開きに切れ目を入れていたところだった。

「ありがとう、ゴルどん。それじゃあ、お大根とたまごを器に盛ってくれるか?」

吾輩が尋ねると、ゴルどんは承知してくれた。

吾輩は箸で優しく玉子を取り出す。そして茹で卵を割れ目にそって割っていく。それを小皿に盛っておいた。ゴルどんには大根やほうれん草の盛りつけを任せることにした。こちらは後でいただくことにしよう。

吾輩がおでんの準備をしている最中のことである。何やら外が騒がしいことに気づいた。

吾輩は窓を開けて下を覗き込むことにした。吾輩は猫型人工生命体なので、二足歩行で立つことができる。吾輩が窓枠の上に乗ったところで窓が開いた。

「ニャオン?」(どうした?)

吾輩は外にいる警察官たちに声をかけた。彼らは何やら慌てているようだ。そして彼らは家の中に入ってきた。

「ニャオ?」(何事だ?)

吾輩が尋ねるも、彼らは吾輩の質問を無視して家の中を捜索し始めた。そして何かを見つけたらしい。彼らはそれを手にとって調べてみている。そして顔を見合わせると、彼らの一人がこちらに向かって何かを言い始めた。しかし吾輩は人工生命体なので人語は喋れない。なので返事をしてやれないのである。仕方がないのでまた窓の方を見上げることにした。

窓の外には警察官の乗ってきた車が止まっていて、そこから数人がこちらに向かって歩いてきていた。彼らは何やら大きな箱のようなものを運んでいた。

「ニャオン?」(何事だ?)と再び吾輩が尋ねると、彼らはやはり無視したままだった。そして吾輩は彼らの一人に抱きかかえられた。そのまま彼らは吾輩を連れて、家の外へと出たのである。

吾輩が連れていかれた先は警察署だった。そこで吾輩は取り調べを受けることになった。しかし、吾輩には何のことかわからないので、何も答えられなかった。すると警察官たちは困ってしまったようだ。彼らは困った顔をしながら、お互いの顔を見合わせたりしていた。

「ニャオン?」(どうしたのか?)と吾輩が尋ねると、警察官の一人がこう言った。「あぃをゅぇぴじ、キミは世間に迷惑をかけていたのではないかね?」

「ニャオン?」(迷惑?)と吾輩はさらに困った。なぜなら吾輩にはそんな心当たりがないからだ。しかし彼は続けた。「我々の調べによれば、あぃをゅぇぴじという猫型人工生命体が毎日のように市街地を飛び回っては人々を驚かせる迷惑行為をしていたそうだが……

「ニャオン?」(そんな馬鹿な……)と吾輩は言ったつもりだが、実際にはミャオという鳴き声しか出なかった。しかし、それでも吾輩が抗議の意思を示したことは伝わったらしい。

「ニャオン?」(なぜ吾輩が?)

「ニャオン」と吾輩は鳴いたつもりだったが、やはりミャオという鳴き声が出ただけだった。

「ニャオン?」(どうして吾輩がそんなことを?)

「ニャンオーン!」と吾輩が叫ぶも、やはりミャオという鳴き声しか出なかった。そして、その叫びは虚しく空へと吸い込まれていった。吾輩の声は都会の喧騒の中で、無意味な音に変換されていったのだ。

「ニャオン?」(話にならないぞ!)

吾輩は怒りに身を震わせながら吠えた。そして尻尾を立て、全身を逆立てて威嚇した。この小さな猫の体でも威嚇くらいできるはずだと思ったからだ。

しかし警察官たちは動じなかった。彼らはただ黙って吾輩を見つめていただけだった。その沈黙が逆に不気味だった。

「ニャオ……」と不安になった吾輩は、いつでも飛びかかれる体勢を保ちながらも弱々しい鳴き声を漏らした。その声を聞いて警察官たちはニヤリと笑ったように見えた。吾輩は彼らのことを決して許さないことにした。

それから彼らは吾輩を連れていった。彼らは狭い箱のような場所に吾輩を閉じ込めた。吾輩はその中に閉じ込められてしまったのである。

「ニャオン?」(出せ!)と吾輩が叫ぶと、彼らは言った。「お前はこれから裁判にかけられるのだ」と警察官の一人が言った。

吾輩はその言葉が信じられなかった。しかし、彼らは本気の眼差しで吾輩を見つめていた。彼らは本気なのだと思った。

「ニャオン?」(どうして吾輩が?)と吾輩は尋ねてみたが、警察官たちは無言で目をそらすだけだった。

それから吾輩は檻付きの自動車に入れられたままどこかに運ばれた。しばらくの間は檻の中から景色を見て楽しんでいたが、やがて飽きてしまったので途中からは何も見ずに来た道順をずっと考えていた。どこに連れて行かれているのかはまったくわからなかったが、それでも日本のどこかであることは間違いないと思えたのだ。

そして彼らは吾輩を連れて入った場所は、どこか知らぬ所だったが、でも東京であるような気がした。それはテレビで見た覚えのある街並みだったからだ。吾輩はその場所がどこかと考えて、そして思い出した。ここは国会議事堂の前だったのだと気づいたのである。

「ニャオン……」(なぜこんなところに?)と吾輩は呟いた。しかし、その呟きに答える者は誰もいなかった。

それから吾輩は檻付きの自動車から降りた。そこは裁判所の前の広場のような場所で、たくさんの人間が集まっていた。吾輩は彼らに注目される存在だったのだ。

「ニャオーン!」(吾輩は無実だ!)

吾輩がいくら叫んでも誰も反応しなかったし、裁判官が手に持っている紙にも何も書かれてはいなかった。ただ単に彼は機械のように淡々と事を進めていたのだ。

その時である、突然大きな音が鳴り響いたのだ。それは銃声であった。

「ニャンッ!」(何事?)と吾輩は驚いたが、周りの人間たちは特に驚いていないようだったので、これが日常茶飯事の出来事なんだと思った。どうやら吾輩の生まれるずっと前から、現代日本では平和という言葉が破壊され続けていたようである。

その後も色々なことが吾輩の身に降り注いだのだ。例えば、ナイフで刺されたり、銃で撃たれたりしたこともあったし、またある場合には、毒を飲まされたり、電気ショックを浴びせられることもあったが、そのどれもが吾輩にとっては苦痛以外の何ものでもなかったのだ。しかし、それでも吾輩は諦めなかった。

「ニャオーン!」(吾輩は負けない!)と叫び声を上げるたびに、周りの人間たちは眉をひそめるような顔をすることがあった。またあるときには吾輩が声を上げて走り始めると、ある人間が「あひぃ!」と叫ぶことがあり、その様子はまるで危険物でも見たかのような恐怖心が露わになっていたのである。しかし、そんなことはどうでもよかった。

吾輩にとって大切なことはただ一つである。それは吾輩が生きているということなのだ。そして、そのことのために吾輩は戦わねばならないのである。

「ニャオーン!」(吾輩は死なないぞ!)と叫びながら、吾輩は大きな尻尾を振って走るのだ。吾輩はこの世界の中で生き続けるために戦い続けようと思う。



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