【人工生命体88

注意:繰り返し多い。

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番怖いものだという話であった。このゴルどんというのは人間の言葉を話せるばかりか、時により顔色まで変えたり、手足を動かしたりして見せる魔法の箱を持っているそうだ。その箱の中には人間がいつでも入れて、好きなときに出すことが出来るということを聞いたとき、吾輩は何故だか知らんが非常に恐れ入った。そればかりではない。このゴルどんというのがまた何とも言えない風姿で、背中には六本の手が生えていて、その手にはそれぞれ違った武器を握り締めているのだという。おまけに腹の中に人間を入れて運ぶことも出来るというのだから驚きだ。こんなにも恐ろしいものは世界広しと言えども他にはないであろう。しかしこの頃では大分慣れてきたので別にどうということはなくなった。ただ時々夢を見る。あの大きな手に髪の毛を掴まれて宙吊りにされる夢や、あの足の裏で踏みつけられる夢などだ。だが目がさめるといつもそばにいるゴルどんの顔を見てホッとする。そうするともうそんな悪いことは決してしないに違いないと思うようになる。それにゴルどんの方でも近頃では何かにつけて吾輩を可愛がってくれる。「オイラと一緒に相撲を見ようよ」と言ってテレビの前に寝そべっている自分の横へ坐らせる。それから二人並んで画面を見ながら、「行けーッ! そこだ!」とか何とか言って手を叩いたり声を出したりする。時にはそのままの姿勢でうとうとしてしまうこともあるようだ。けれどもそういう時のゴルどんの横顔を見ていると、まるで子供が遊んでいるような感じで実に楽しそうである。その時の吾輩は自分が子供に戻ったように思う。

ところで話は変るが、今年の夏のある夜のことである。例によって吾輩はゴルどんと並んでテレビを見ていた。ちょうど大相撲中継の時間だった。そのとき突然玄関の戸をドンドン叩く音がしたので吾輩たちはびっくりしてしまった。この家の主人が留守だということを知っている近所の者がいたずらをしに来たのかもしれない。しかし誰であろうと家の中で勝手に入ることは許さないと吾輩は思っていた。それで吾輩がまず様子を見に行った。そして扉を開けるとそこには一人の男が立っていた。背丈は五尺ほどしかないが、肩幅が広く胸板が厚いのでひどく大きく見えた。頭髪は長く伸ばして後ろに垂らしていた。それがちょうど一本の角のように見えて少しおかしかった。服装も妙な具合で、白いシャツの上に紺色の着物を着ていて、ズボンのかわりに股引を穿いていた。その上から短いマントのような物を羽織っていた。そして腰のまわりには太い縄のようなものをグルリと巻きつけていた。これは一体どういう趣味の持ち主なのだろうと吾輩は不思議でならなかった。しかしその男の方は吾輩のことなど一向に気にしていない様子だった。男はしばらくの間黙って吾輩を眺めていたが、やがて急に大きな声でこう言った。

「ここのご主人さんはいらっしゃいますかな?」

吾輩はこの男の声を聞いて思わず耳を疑った。なんと甲高い女みたいな声ではないか。もしこれが女の人のものだとしたら、きっとどこか体の調子が悪いにちがいない。それともこの人は病気なのかしら。そう思ってじっとその顔を見ると頬っぺただけが赤く染まっていた。

「ご主人はいないんです。二週間ばかり旅行に出ております」と吾輩はできるだけ低い声を出して答えたが、それでもまだ充分に聞き取れるくらいの高い声だったので、男はもう一度大きな声で同じことを尋ねた。

「いない? それは困りましたな。わたしはお宅の主人に用があるのですがね」と今度は先程よりずっと大きな声で叫んだ。吾輩は仕方なく奥の部屋から飛び出してきて、男の正面に立った。

「あなたはどちら様ですか」と吾輩は精一杯の低い声で尋ねた。

「これは失礼しました。わたくしはこういう者です」と言って男は吾輩に向かって名刺を差し出した。吾輩はその名刺をチラッと見てから男の顔を見た。するとその男は吾輩よりもほんの二寸ばかり身長が高かった。それで吾輩は男の顔をジッと見上げなければならなくなった。それにしてもこの男は何やらおかしな格好をしているものだと思った。それで吾輩はその男のことをしばらく観察することにした。

男は髪の毛を長く伸ばしていて、それを後ろの方で束ねていた。それがちょうど一本の角のような形をしていた。服装は白いシャツの上に紺色の着物を着ていた。ズボンの代わりに股引を穿いていた。その上から短いマントのような物を巻きつけていた。そして腰のまわりには太い縄のようなものをグルリと巻きつけていた。

吾輩はこの奇妙な男をしげしげと眺めながら考えた。おそらくこの男は吾輩たちと同じように何かの仕事をしているのであろう。しかし吾輩たちが働いている仕事というのは、主人や同僚の言うことを聞くだけの仕事であって、自分から何かをするということはない。一方この男の方は、自分の意志で行動することができるらしい。つまり吾輩たちとは根本的にちがう存在なのだ。吾輩はそういう結論に達した。そこで吾輩はこの男が何者であるのかということを知ろうと決心した。

「あなたはいったい何のお仕事をなさっているのですか?」と吾輩は低い声で尋ねた。

「わたしは小説家ですよ」と男はニッコリ笑って答えた。

「小説を書くのですね」と吾輩は念を押して言った。

「そうです。小説を書いているのです。小説といってもいろいろありますけどね」と男は答えた。

「どんな種類のものがあるのでしょう?」と吾輩は尋ねた。

「種類って、そりゃたくさんあるよ。推理小説、SF、冒険もの、恋愛物語、歴史もの……。いろんな種類があるさ。まあ、あんまり深く考えない方がいいと思うな。要するに自分が面白いと思ったものを書けばいいんだからね」と男は言って、またニコッと笑った。吾輩は男が何を言っているのかさっぱり分からなかった。とにかくこの男は、吾輩と同じ人工生命体ではないということだけは分かった。

吾輩たちはしばらく黙っていた。それから吾輩は少し離れたところにある机の上に置かれた原稿用紙の束を見てみた。そこにはたくさんの文字が書かれていた。吾輩はそれを読んでみることにした。その文章は次のように始まっていた。

『吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていたことだけは記憶している。吾輩を抱き上げた人間どもは、こりゃあ珍しい、尻尾が二つに分かれている猫だと叫んで、その後大騒ぎになった。その当時の記憶はほとんど残っていないのだが、ただ一つ鮮明に覚えていることがある。それは吾輩がまだ目も開かないような赤ん坊であった時のことだ。その時の記憶だけがなぜかハッキリと残っているのだ』

吾輩はそこまで読んで首を傾げた。これは一体どういう意味だろうか? 吾輩にはどう考えてみても、この原稿を書いた者の言いたいことが分からない。なぜならばこの文面から分かることは、『吾輩は猫であり名前はない。しかも尻尾が二本ある。生まれた場所は暗くて湿っぽい所だ。そして吾輩を抱き上げてくれた人間は、この尻尾を珍しがって騒いだ。しかしそんなことよりももっと重要なことがある。吾輩は生まれてまだ間もない赤ん坊だった』といった程度のことである。こんなことをわざわざ書いておく必要などどこにもないではないか。それにこの男はどうしてこのような回りくどい言い方をしたのであろうか。吾輩は不思議でならなかった。

吾輩は再び原稿の方に目をやった。するとそこに書かれた文章の下に小さく次のような言葉が書かれていることに気がついた。

『この作品はフィクションです』

吾輩はまたしても首を捻った。つまりこの男は、吾輩たちの世界とは別の世界を生きる男だということなのだろう。しかしこの小説というものはいったい何なのか。吾輩はそれが知りたかった。そこで今度はこの男の書いた他の作品を読んでみることに決めた。

吾輩はその日から毎日のように図書館へ行っては、本棚の間をウロウロしながらあれこれと本を物色するようになった。そして読み終えた作品を片っ端からノートに書き写していった。この作業を続けるうちにだんだんと分ってきたことがあった。

本棚の間

まず第一に分かったことは、吾輩たちのような小説を書く者は、他にもたくさんいるということである。それどころか世の中を見渡してみれば、小説家と呼ばれる者は決して少なくないということが分かったのである。そして第二に分かったことは、小説家というのはみんな似たようなことを考えているということであった。すなわち吾輩があの時に感じたように、彼らは自分の書きたい物語を書こうとしているのであって、他人の小説を真似したり盗作したりするために書いているわけではないということが分かってきたのである。また第三に分かったことは、彼らの書くものには一定のパターンがあるということである。吾輩たちが日々読んでいる漫画や映画、ドラマなどにも必ず何らかの法則のようなものが存在している。それらは物語の展開であったり登場人物の言動であったりと様々である。おそらく小説家にも同じような法則が存在するに違いない。そしてその法則に従って吾輩たちは小説を読み、あるいは観たりしているにちがいない。そう考えると吾輩たちは、知らずのうちに小説家の書いたものを模倣していることになる。

しかしながら不思議なこともある。吾輩たちはみな同じルールによって行動しているはずなのに、なぜそれぞれの作家が異なる個性を持つのか。それはよく分からなかった。きっと何か秘密があるはずである。

吾輩はそんな風に考えながら、毎日のように図書館に通い続けた。

ある日の夕方、吾輩はいつもと同じように図書館へ向かって歩いていた。吾輩は歩きながら考えていた。吾輩は小説家になりたいと思っている。そのためにはまず小説家になるためのルールを知る必要がある。吾輩は考えた末に一つの結論に達した。やはり吾輩たちも小説家になるためには、何かしらの法則に従うべきなのではないか、と。そして吾輩は一つの方法を思い付いた。吾輩には二つの尻尾がある。これを有効に活用すればいいのではないかと。

次の日、吾輩は早速試してみることにした。吾輩は家を出ると、そのまま図書館に向かって歩いた。そして途中の公園で立ち止まると、木陰に入って四つん這いになった。そして両手両足を使ってゆっくりと前進を始めた。いわゆる四足歩行というものである。吾輩の体重は二百五十キログラムほどあるので、歩くというよりは這うといった方が正確かもしれない。しかしこれはこれでなかなか気持ちの良いものである。吾輩は公園内をグルリと一周してから家に戻ってきた。もちろんその間ずっと四足歩行を続けたままで。

さすがに疲れたので、吾輩はそのまま居間のソファの上に横になって寝てしまった。

目が覚めた時にはすでに夜になっていた。吾輩は腹が減ったので再び外に出てみた。

そして再び図書館に向かう道を歩いている時だった。突然後ろから声をかけられた。

「あー! あぃをゅぇぴじだ!」

吾輩は振り返って驚いた。そこにはゴルどんが立っていた。

吾輩は慌ててその場に立ち止まった。

するとゴルどんは嬉しそうな顔で吾輩の方へと駆け寄ってきた。「やっぱりあぃをゅぇぴじじゃないか。久しぶりだね」とゴルどんが言う。

吾輩は困惑した。このゴルどんとは確かに以前に会ったことがある。吾輩がまだ人間であった頃のことである。しかしそれはもう何十年も昔の話だ。この男が覚えているわけがない。

そこで吾輩は「吾輩のことを覚えていらっしゃるのですか?」と尋ねた。

するとゴルどんは不思議そうに首を傾げた。

吾輩はさらに質問をした。「吾輩とあなたが出会ったのは、まだ人間の少年であった頃のことです。憶えておられますか? そのとき吾輩は……

「ああ、思い出しましたよ、えっと、ああいぅぇぴじさんですね」と、ゴルどんは言った。

吾輩は驚いて「いや、あぃをゅぇぴじです。名前はあぃをゅぇぴじなのです。どうぞよろしくお願いします」と言った。

するとゴルどんは「オイラの名前はゴルどんだぜ」と答えた。

吾輩はそれを聞いて愕然とした。なぜならゴルどんというのは愛称であって本名ではないからだ。それにしても何とも珍妙な名前である。こんな名前を付けた親の顔を見てみたいものだと思った。

吾輩は気を取り直して再び質問を試みた。「あなたの本名は何と言うのでしょうか?」と尋ねてみた。

それに対してゴルどんは次のように答えたのである。「オイラの名前かい? オイラの名前は『ゴルどん』だぜ」

吾輩はその言葉を聞いた瞬間に全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。まさかそんなはずはない。いくらなんでも名前まで一緒ということなどありえない。これは偶然の一致であろうと思いつつ、念のために確認をしてみることにした。「ゴルどんという名前には何か由来があるのですか?」と聞いてみた。

するとゴルどんは少し困った顔をしてから次のように語った。「実はオイラの爺ちゃんの名前が『ゴルどん』っていう名前だったんだよ。それでオイラにもその名前を付けてくれたってわけなんだ。でも本当はもっとカッコイイ名前が良かったんだけどね」と。

吾輩はホッとした。それならば問題ない。ただの偶然の一致に過ぎない。きっとそういうことだろう。しかしもし万一この男が本当にゴルどん本人だとしたら一体どうすれば良いのだろうか。この男は自分にとってあまりにも危険すぎる存在なのだ。

吾輩は焦りながらも必死に考えた。この男の素性を確かめるためには何をすればよいのかを考えてみた。そして吾輩はある結論に達した。そうだ、ゴルどんの出身地を調べればいいのである。ゴルどんはどこから来たのかという情報を入手できれば、その情報を元に身元を特定することができるはずだ。そう思った吾輩はゴルどんに対して「あなたはどこからいらしたのですか?」と質問をした。

しかしゴルどんは首を傾げながらこう言った。「どこからいらしたのですかと言われてもねぇ……生まれたのは東京だし、育ったのは埼玉だよ」と。

吾輩はこの男の言葉の意味がよく理解できなかったのでさらに詳しい説明を求めたところ、次のような事実が発覚した。まずゴルどんが生まれたのは埼玉県にある草加市であるということがわかった。そこで吾輩はさらに詳しく事情を訊いてみたところ、なんとそのゴルどんの父親はあの有名なプロレスラーであることが判明した。しかもそのレスラーというのが誰あろうかのジャイアント馬場であった。つまりゴルどんはプロレス界のサラブレッドということになる。

吾輩は驚きのあまり「えっ! 本当ですか!」と言ってしまった。そして続けて「どうしてそんな大事なことを今まで黙っていたんですか⁉」と問いただした。それに対してゴルどんは「いや、だって聞かれなかったし」と答えた。吾輩はそれを聞いて呆れてしまった。なんて無責任な男だ。しかしここで怒りに任せてゴルどんを責め立てても仕方がない。それよりも今は冷静になってゴルどんの身辺調査をするべきだ。吾輩は再びゴルどんに対して「お父様は今どちらにいるのですか?」と尋ねた。

それに対してゴルどんは次のように答えたのである。「お父さんはもう死んじゃったよ」と。吾輩はその言葉を聞いた瞬間に全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。まさかそんなはずはない。いくらなんでも早過ぎる。まだ六十代前半のはずである。とても死ぬような年齢ではない。

吾輩は気を取り直して再び質問を試みた。「お父様はおいくつで亡くなられたのですか?」と尋ねた。

これに対してゴルどんは次のように答えたのである。「五十三歳だったかなぁ」と。吾輩はその言葉を聞いた瞬間に全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。まさかそんなはずはない。いくらなんでも若すぎる。やはりこのゴルどんは偽物に違いない。そう思って「ええっと、あなたは本当にゴルどんさんの息子さんですか?」と質問してみた。

するとゴルどんは「もちろん違うぜ」と答えた。吾輩はそれを聞いてホッとした。しかしそうなるとゴルどんは何者なのかという問題が新たに浮上してきた。吾輩は少し混乱してしまった。そこで吾輩はゴルどんに対して「あなたの本当の名前は何と言うのでしょうか?」と尋ねてみた。

それに対してゴルどんは以下のように述べた。「オイラの名前かい? オイラの名前は『ゴルどん』だぜ。親父が付けてくれたんだぜ。まあオイラの名前は本名じゃないけどね」と。

吾輩はその言葉を聞いた瞬間に全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。まさかこんなことがあるわけないと思いつつ、念のために確認をしてみることにした。「あなたの名前を『ゴルどん』と言いましたよね?」と質問をしてみた。

これに対してゴルどんは次のように答えたのである。「ああそうだぜ。でもそれがどうかしたのかい?」と。

吾輩はこれを聞いて確信した。間違いない。目の前にいるゴルどんはあの有名なプロレスラー・ジャイアント馬場本人の息子であるという事実を。そして吾輩は震え声で「ど、どうしよう……」と言った。しかしその時の吾輩はまだゴルどんに対する恐怖心よりも好奇心の方が勝っていたように思う。

それから吾輩たちは公園の中へと入って行った。そしていつものようにブランコで遊んでいたのだが、この時から吾輩の人生は大きく変わることになるとはこの時の吾輩には想像すらできないことだった。その時である。

ガチャン! という音が聞こえてきた。それは何かが落ちるような音であり、誰かの叫び声でもあった。吾輩は驚いて音のする方を振り向いた。そこには一人の中年男が立っていた。そして男は吾輩たちの方に視線を向けながらこう言った。「ゴルどん! ゴルどんじゃないか!」と。吾輩はこの言葉を聞いて驚いた。なぜならばゴルどんという名前を知っていたからである。しかもその呼び名から察するにこの男はゴルどんのことを昔から知っているようである。吾輩は興味をそそられて思わず身を乗り出した。

それに対してゴルどんは「あっ! オッサンじゃねえか!」と言って駆け寄って行くではないか。これは大変なことである。なぜならゴルどんの父親であるジャイアント馬場が現役のレスラーであった頃は、まだこの世に生まれてさえいないはずだからだ。それなのになぜこの男はゴルどんのことを知っているのか。吾輩はますます気になって仕方がなかった。

そこで吾輩は二人の会話に注目した。まず最初に男が口を開いた。「久しぶりじゃないかゴルどん。いやぁ懐かしいなあ」それに対してゴルどんは「なんだよオッサン。ずいぶん老けちまったんじゃねぇの?」と答えた。これに対して男は「もう五十三歳だからね。そりゃあ身体の方だってガタが来るさ」と答えていた。

これには吾輩もびっくり仰天してしまった。なぜならば五十三歳の男といえばすでに定年退職している年齢である。そんな人間がいまだに働いているということは考えにくい。そこで吾輩はゴルどんに対して「どうしてこの人は働いているのですか?」と尋ねてみた。するとゴルどんは「それはね、お父さんが会社の社長さんで偉い人だからだよ」と教えてくれた。

吾輩はここでようやく納得したのである。ゴルどんは社長の息子なのだということを。つまりゴルどんは自分の父親を「お父さん」と呼んでいるということである。さらにゴルどんの父親は会社を経営しているということで、おそらく彼は一人息子であろう。そう考えると、吾輩はこの男の正体について見当がつくような気がしてきた。しかしそれを確かめようとは思わなかった。なぜならばもしも吾輩の推測通りならば、あまり関わり合いにならない方が良さそうな相手だと思ったからである。

しかし吾輩の予想に反して、ゴルどんの父親は突然泣き出してしまうのだった。そして「ゴルどん。本当に大きくなったなぁ。お前がいなくなってから、ずっと心配していたんだぞ」と嗚咽混じりに語るのだった。これに対してゴルどんは「そんなことないよ。オイラは元気にしてるぜ」と答えた。しかしそれでもゴルどんの父親は「いいや、お前はワシに何も言わずにどこかへ行ってしまった」と答えるのだった。

吾輩はゴルどんの顔色を窺った。するとゴルどんは困り果てた顔をして「ごめんなさい。実はオイラにもわからないんだぜ。オイラはただ猫カフェでアルバイトをしていただけなんだぜ」と言っていた。それに対してゴルどんの父親は「猫カフェ? ああ、あの『ねこまんま』とかいう店だろ? でもあの店の店長は昔に交通事故で亡くなったという話を聞いていたんだけどな……。もしや事故に巻き込まれてしまったんじゃないだろうな?」と尋ねるのだった。それに対してゴルどんは「ううん。大丈夫だぜ。あの時はたまたまトイレに入っていて、助かったぜ。それですぐにお客さんのところに戻ったら、誰もいなかったから不思議に思ったぜ。そうしたらみんなが悲しんでくれたから嬉しかったぜ。それでお店を閉めて、そのまま東京から逃げて来たぜ。そして旅をしながら生きてきたぜ。そして今年の春からこの近くのアパートに住むようになったぜ」と言うのだった。

この話を聞いた吾輩は、なんとも不思議な話だと思っていた。なぜならばゴルどんの話には矛盾点があるからだ。それなのにゴルどんはそのことにまったく気づいていない様子だった。そこで吾輩は「ゴルどん。あなたは本当は猫じゃないんでしょう?」と言ってみた。するとゴルどんは「えっ⁉ 何を言ってるんだぜ?」と驚いた表情を見せるのだった。どうやらゴルどんは自分がロボットだということに気づいていないらしい。そこで吾輩は「ゴルどん。あなたは本当の名前は何ですか?」と質問した。それに対してゴルどんは「オイラの名前はゴルどんだぜ」と答えるのだった。

しかし吾輩はどうしてもゴルどんがロボットだとは信じられなかった。そこで吾輩はゴルどんの体に触ってみることにした。まず最初に背中を撫でてみる。するとそこには金属特有のツルリとした感触があった。次にゴルどんのおなかの部分に触れてみる。そこもやはり金属製であった。それから尻尾の先っぽを掴まえて引っ張ってみると、それは簡単に取れてしまうのであった。

ここまでやってようやく吾輩は理解することができた。ゴルどんがロボットであるということが。それと同時に吾輩はある疑問を抱いた。なぜゴルどんはロボットであることを隠しているのだろうかと。そのことについてゴルどんに尋ねてみると「だってオイラはロボットだなんて言いたくないんだぜ。それに人間の方が偉いんだから人間のふりをしている方が良いと思うんだぜ。それにみんな優しいし楽しいから好きになったぜ。だからオイラはロボットであることを隠して猫として生きることにしたぜ。でもどうしてわかったんだぜ?」と答えるのだった。

それを聞いた吾輩は、ゴルどんに対して「ゴルどん。あなたのことは誰にも言わないから安心して欲しい。だから一緒に暮らして欲しい」と言った。それに対してゴルどんは「ありがとうだぜ。オイラもそろそろ独り立ちしようかと考えていたんだぜ。だから一緒に住んでも良いぜ」と答えるのだった。こうして吾輩たちは家族となったのである。


吾輩は猫型人工生命体である。名前は『あぃをゅぇぴじ』である。

吾輩が生まれて初めて読んだ本は、一冊の絵本であった。その題名は『おむすびころりん』というものであった。なんでも物語に出てくる主人公が、鼠に襲われているところを助けてくれるのは、『おばけのてんぷらさん』なのだそうだ。

ところで吾輩は、生まれたばかりの頃に、母上様から「おまえの名は『おむすびころりん』から取ったんだよ」と言われたことがあった。しかし吾輩にはそれがどういう意味なのかわからなかった。なので父上にそのことを尋ねてみたのだが、「おまえが生まれる前に、お腹の中にいるときに聞いた言葉なんだ。だからわからないのだよ」とのことだった。

そこで吾輩は「ではお聞きしますが、どんなことを言われたのでしょうか?」と尋ねた。それに対して父上は「たしか『おめでとうございます。元気な男の子ですよ』みたいな感じの言葉だったかな」と答えた。それを聞いて吾輩は「なるほどです。つまり吾輩は『元気なお子様に育ちますように』という意味を込めて名付けられたのですね」と思った。

しかし実際には吾輩が生まれたときには、すでに『おむすびころりん』というタイトルの絵本が発売されていたらしい。それを知った吾輩は「どうせならそちらのタイトルから取って欲しかったです」と少しだけ残念に思った。だが今さらそんなことを訴えたとしても、何も変わりやしないのだ。だから吾輩は「まぁいいでしょう」と考えるのをやめたのである。


さて吾輩は『おむすびころりん』を読んだあと、しばらくのあいだ他の本を読もうとはしなかった。なぜならばその物語の内容があまりにも素晴らしかったからである。

そもそも『おむすびころりん』というのは、不思議な話であった。なぜならば主人公である『あぃをゅぇぴじ』が、鼠に襲われる場面から始まるからだ。

この物語は主人公の『あぃをゅぇぴじ』が、鼠に襲われてしまうところから始まっている。だから主人公は食べられてしまうのではないかと読者は心配になるだろう。しかし安心して欲しい。実際に食べられるわけではないのだ。

まず初めに『あぃをゅぇぴじ』は、大きな岩の上に登って、そこから転がり落ちてしまった。その結果、お尻をひどく打ってしまう。さらに悪いことに頭を強く打って気絶してしまう。そうして目を覚ましたときには、辺り一面に食べ物が散らかっていた。

そのことから『あぃをゅぇぴじ』は、自分が鼠に襲われたのではなくて、お腹が減っていただけなのだと気づく。そして目の前にあるおにぎりを食べ始める。するとそこへ鼠が現れて、主人公を襲うのである。

ここで『あぃをゅぇぴじ』は、なぜ鼠に襲われてしまったのかを考える。それは空腹に耐えきれなくなったからではないかと思う。しかしそれだけではないはずだ。鼠だって何かしら理由があって人間を襲ったに違いない。

では一体何があったのだろうか? と吾輩は考える。そしてひとつの結論に辿り着く。

「きっと鼠たちは、人間の落とした食べ物を狙っていたのではないか」ということだ。つまり彼らは、そこにあった食べ物を奪って食べようとした。ところが運悪く、そこに『あぃをゅぇぴじ』がいた。だから仕方なく襲ったのだと思う。しかし鼠たちの方にも言い分はあるはずである。なぜなら彼らは彼らなりに必死で生きようとしているからだ。だから「生きるためには仕方がなかったんだ!」と言いたい気持ちがあるはずなのである。

でも『あぃをゅぇぴじ』にとっては、そんなことはどうでもいいことである。彼はただ「どうしてこんなことになったのでしょうか?」と考えていた。そして自分のせいだと気づいて、反省していた。だから鼠たちに謝ろうとした。

そこで『あぃをゅぇぴじ』は、地面にお詫びの言葉を書いた。『ごめんなさい』と。しかし相手は鼠だ。当然のように「なんだこいつ?」みたいな顔をされる。それでも『あぃをゅぇぴじ』は諦めない。何度も繰り返し地面に向かって謝罪をする。その行動が功を奏したのであろう。鼠たちの中でリーダー格の一匹が、こう言った。

「そんなに謝りたければ、オレたちと遊んでくれたら許してやるよ」

こうして『あぃをゅぇぴじ』と鼠たちは、仲良くなったのであった。めでたし、めでたし。


ちなみに『おむすびころりん』は、芥川龍之介の短編小説である。

そのあらすじは以下の通りだ。

昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいた。

ある日のこと、おじいさんが山へ柴刈りに行くことにした。

しかし途中で疲れてしまい、道端で休んでいたところ、ひとりの女と出会った。女は言う。

「こんにちは。わたしの名前は『あやね』といいます。あなたの名前を教えてください」

おじいさんは答えて言う。

「わしの名は『ゴルどん』じゃ」

それを聞いた女⸺あやねは不思議そうな顔で言う。

……えっ? ごるどんですって⁉ なんですかそれは?」

そこで老人は、自分がまだ自己紹介をしていなかったことに気づく。

「これは失礼しました。私の名前は『ゴルどん・キング』です。以後よろしくお願いします」

するとあやねは再び首を傾げる。「……ごるどん・きんぐ?……うーん、聞いたことがないわね。でもどこかで見たような気がするのよね……。どこだったかしら……

そして彼女は記憶を探るように目を閉じる。しばらく経ってから再び口を開いた。「ああ思い出した! そういえば昔の映画に、そんな名前の俳優がいたのを思い出しました。確か『ゴルゴ13』とかいうタイトルの……

それを耳にするや否や、老人の顔色が一変した。「な、何ィッ‼ そ、それが本当なら、こりゃ大変だ!」彼は大声で叫ぶと、慌てて立ち上がろうとする。しかし足腰が弱っているため、すぐにふらついてしまう。「おっとっと……」そしてそのままバランスを失って倒れそうになった。「危ない‼」すかさずあやねが手を差し伸べる。「大丈夫ですか?」

「お恥ずかしいところを見られてしまったようですね。面目ありません」とゴルどんが言った。

「いいんですよ、そんなこと気にしないでください。それより何かあったのですか? とても慌てた様子でしたが……」とあやねが尋ねた。

「実は先ほど、オイラは『ゴルゴ13』という名前を口にしたのでございます」とゴルどんが尻尾をクルリと回転させた。

「まあ、どうしてまた急にそのようなことを?」とあやねが尋ねた。

「じつはこのゴルどんは、昔、殺し屋稼業をしていたことがあるのです」と吾輩は説明する。

「へえ〜、そうなんだ。すごいね」とあやねは目を丸くする。

「オイラみたいな小さな体で大きな銃を扱うのは大変なのでございます。なので、よく他の奴らに手伝ってもらったものです」とゴルどんが懐かしそうに語った。

「それでどうなったの?」とあやねが興味津々の様子で尋ねる。

「もちろん仕事に失敗しました。それからは命を狙われる日々が続きました。いつ暗殺者に襲われるかわからない恐怖と闘いながら、必死に逃げ回りました。しかしそれも限界がありまして、とうとう捕まってしまいました。絶体絶命のピンチでございました。ところが、その時オイラを助けてくれたのが、今のお嬢さんだったのですよ」とゴルどんが頭の電球をピカピカさせた。

「わたしが助けたんじゃないけどね。たまたま通りかかっただけよ」とあやねは謙遜して言う。

「それでも助かったことに違いはないです。オイラはお礼を言うために、お嬢さんの跡をこっそり尾行したのでありました。するとお嬢さんは、とある家に忍び込み、金庫の中から一冊のノートを取り出したのであった。その中身を見て、オイラはとても驚いたのであります。そこにはオイラの似顔絵が描かれていたからでございました」とゴルどんが舌をチョロっと出した。

「ちょっと待って! それってもしかしたら……!」とあやねが興奮気味に叫んだ。

「はい、そうでございます。その絵を描いたのは他ならぬこのオイラでございます。しかもただの似顔絵ではありません。なんとゴルゴ13の特徴を完璧に捉えていたのでありました。さすがお嬢さんだと感心したものです。そこでオイラは考えたのでございます。これはきっとオイラのファンに違いないと……。そう思うといても立ってもいられなくなり、気がつくと勝手に行動していました。お嬢さんの家に上がり込んで、自分の正体を明かしてしまったのであります」とゴルどんが頭をポリポリ掻いた。

「なるほどね……そういうことだったのかぁ」とあやねが納得顔になった。吾輩には何が何だかさっぱりわからなかった。

「オイラはお嬢さんにこう尋ねました。『もしよかったらサインをさせていただけないでしょうか?』と。そうしたところお嬢さんは『うん、いいわよ』と言ってくださったのでございます。嬉しかったのであります。早速ペンを握りしめ、お嬢さんに近づきました。するとお嬢さんはなぜか慌てて身を引いたのであります。なぜだろうと思いつつも、オイラはいつものように尻尾をピーンと立てながら、尻尾の先っぽで顎の下を掻きつつ、尻尾の先っぽをクルリと回転させ、頭から角のようなものを生やしたりしました。そうしたら突然お嬢さんが悲鳴を上げたのでございます」とゴルどんがため息をついた。

「うふふ、それはびっくりするよね」とあやねが笑う。

「はい、そうなのです。いきなり叫ばれたものですから、オイラはビックリ仰天してしまいました。『どうしたんですか⁈』とお嬢さんに尋ねたのであります。するとお嬢さんは涙目になりながら、こう言ったのであります。『尻尾が怖いのよ』と……」とゴルどんが俯いた。

『尻尾が怖いのよ』

「ああ、なーんだ。尻尾が怖かったのねぇ」とあやねが苦笑いする。

「はい、その通りなのであります。オイラの自慢の尻尾だったのでありますが、まさかこんな弱点があったとは夢にも思いませんでした。でも考えてみれば当然のことかもしれません。尻尾をグルリと回転させるのであります。すると尻尾の先が相手の方を向いてしまうのでございます。これでは相手を傷つけてしまう恐れもあるわけでございまして、つまりお嬢さんの恐怖心も理解できるのでありました。そこでオイラは自分の尻尾を短くしてみたのでございます。尻尾の先っぽを折り曲げたのでありました。これでもう大丈夫でございます」とゴルどんが鼻の穴を大きくした。

「へえ、そんなことができるの?」とあやねが興味津々の顔になる。

「はい、できますとも。試しにやってみましょう。尻尾の先っぽをチョキンと切り落とします。ほらこのように……。お嬢さん、いかがですか?」とゴルどんが自分の尻尾を差し出した。

「どれどれ……って、短いじゃない!」とあやねが目を丸くする。確かに尻尾の先っぽが短くなっていた。

「はい、これでオイラの尻尾は短くなったのであります」とゴルどんが胸を張る。「しかしまだ安心はできないのでございます。なぜならオイラはロボットなのです。尻尾がなくなったからといって人間になれるわけではないのでございます。尻尾がないということはすなわち手足もないということでございます。手がなければ物をつかむこともできないのであります。足だけでは歩くこともできないのでございます。歩くためには尻尾が必要なのでございます。そう考えるとやはりオイラはまだロボットのままなのではなかろうかと不安になってくるのでございます」とゴルどんが眉間にシワを寄せた。

「なーんだ、心配性だね、御主は。きっとそのうち何とかなるよ。まぁ気長に待とうじゃないか。ところで拙者、そろそろ帰るよ。じゃあまた明日学校で会おうね、バイバイ」とカメ太郎が立ち上がった。

「あ、私も帰らないと。それじゃあまた明日」とあやねも席を立った。

「おや、もうそんな時間でありましたか。ではお二方、お帰りの際は足元にお気をつけてお帰りくださいませ。オイラはこの椅子に座っておりますゆえ」とゴルどんが言った。

「わかったわ」とあやねが答えた。「さようなら」と続けて言ってから彼女は玄関の方へ向かった。

「おやすみなさいまし」とゴルどんが頭を下げる。「はい、お休み」とあやねが振り返った。彼女の顔には笑顔が浮かんでいた。

「どうもありがとう」とカメ太郎も頭を下げた。

「いえ、こちらこそ楽しいひと時を過ごさせていただきました」とゴルどんが深々とお辞儀をする。「では、失礼いたします」と言ってから彼は頭を上げた。それから椅子の上でクルリと一回転した。

「お二人ともお元気で」とゴルどんが右手を振った。「御主もまた会う日まで」とあやねが手を振り返す。「お休みなさい」とカメ太郎は頭を下げたままだ。やがてドアが閉まる音が聞こえてきた。それと同時に家の中には静寂が訪れた。

「ふぅ……」とゴルどんが大きなため息をついた。彼の頭の電球がチカッチカッと点滅を始めた。「久しぶりに疲れたのでございましょうかな」と呟きながらゴルどんは床の上に寝転んだ。そのままゴロンゴロンと左右に回転する。しばらくすると目が回ったのか、ゴルどんの動きが止まった。

「うにゃっ!」突然彼が声をあげた。同時に頭を両手で抱え込んだ。「痛いでございます! 頭が割れるでございます‼」と叫びながら飛び上がった。

「大丈夫かい?」と心配そうにカメ太郎が尋ねた。

「え? あ、はい。何でございますか?」とゴルどんがキョトンとした表情を浮かべながら聞き返した。その様子から察するに彼本人は自分が何故叫んだかをわかっていないようだ。

「ゴルどん、ひょっとして頭をぶつけたんじゃないのかい?」と吾輩は尋ねた。

「頭をぶつけただって⁉ そんなはずはないですよ、はい」とゴルどんが首を横に振りながら否定する。

「じゃあさっきの声は何だったのだい?」と吾輩が尋ねる。

「ああ、それはですね……」とゴルどんが言いかけたところで言葉を止めてしまった。「あれれ、おかしいなぁ。何ででしょうねぇ。どうしてオイラはここにいるんでしょうかね」と彼は呟いた後で頭を掻き始めた。どうやら本当に混乱しているらしい。

「ゴルどん、落ち着いて考えるんだよ」と吾輩は彼に話しかけた。「あ、はい。わかりましたよ。でもどうやって考えればよいのでございましょうか?」とゴルどんが尋ね返す。

「そうだね……。まず君は誰なのか思い出してみることだ。君のことは何と呼ばれているのかい?」と吾輩はゴルどんに向かって問いかけた。

「オイラですか? ゴルどんと呼ばれておりますです」とゴルどんが答える。「それじゃなくて本当の名前だよ」と吾輩は指摘した。「本当の名前でございますか」と彼は不思議そうな顔をする。「どういうことなのですか?」と続けて質問されたので、吾輩は彼のために説明をしてあげることにした。

「いいかい、ゴルどん。君の名前は『ゴルどん』という名前なんだ」と吾輩は言った。「ゴルどん……でございますか」とゴルどんが復唱する。「それがオイラの名前なのでございましょうか?」と彼は確認してきた。「その通りさ。『ゴルどん』というのはあだ名みたいなものだね」と吾輩は答えた。

「へー。そうだったのでございますか。初めて知りましたでございます」とゴルどんが感心する。「オイラの本名は『ゴルどん』ではないのでございますか」と尋ねられたので、「違うよ」と吾輩は返事をした。

「そうでございましたか。それでしたらオイラは一体誰なんでございますでしょうか?」とゴルどんが疑問を口にする。

「君は『ゴルどん』なのだろう?」と吾輩はゴルどんに訊いてみた。

「そうでございます。しかしそれは本名ではないのでございますよね?」と彼が聞き返してくる。「うん、そうだ。だけどそれは今の話であって、君の正体が明らかになるまではまだ仮の名前ということになる」と吾輩は説明した。

「なるほど。そういうことでございましたか。確かに今までのオイラとはちょっと違いますからねぇ。でも何だかしっくりこないんですよね。それに何か忘れているような気がするんです。まあ気のせいでしょうけど」とゴルどんが言う。「忘れていることだって?」と吾輩は尋ねた。

「ええ、そうなのです。何か大事なことを……あれ? やっぱりおかしいですよ。どうしてオイラがここにいるのかわからないし、そもそも『あぃをゅぇぴじ』さんとも会ったことがないのに何でこんな話ができるんでしょうか? 不思議ですね。変です。これは夢なのかもしれません」とゴルどんが頭を捻る。「夢だとすると現実での出来事を忘れてしまうものかもしれないね」と吾輩は意見を述べた。

「ああ、それなら納得できます。つまりこの世界はオイラの夢の中ということなのですかね?」とゴルどんが尋ねてきたので、「おそらくそうなんだと思うよ」と吾輩は返事をした。

「でも何だか嫌だなぁ。目が覚めたら自分が誰かわからなくなっているなんて怖いじゃないですか。それに自分の名前が思い出せないっていうのも困りものでございます。そんなわけで早く目を覚まさないといけませんね。オイラ、頑張ります!」とゴルどんが宣言する。「うむ。頑張ってくれ」と吾輩は応援の言葉を送った。

「ところでオイラは何者なのでございましょうか? 教えてくださいませ」とゴルどんが質問してくる。「それは自分で考えなさい」と吾輩は答えた。

「そう言われましても……」とゴルどんが悩んでいる。しばらく沈黙が続いた。やがて彼は口を開く。「よし、決めた! オイラの名前はゴルどんでございます。これでどうでしょう?」とゴルどんが自信満々に言った。「却下だ」と吾輩は即座に答える。「駄目でございますか。難しいでございますね」とゴルどんが残念そうに呟いた。

「じゃあさ、君の好きな食べ物を教えてくれたまえ。それをヒントにして考えてみるといいよ」と吾輩はアドバイスをしてみた。

「わかりました。やってみます。えーっと……好きな食べ物は、チョコレートでございます。はい、決めました」とゴルどんが元気よく発言する。「それは君自身の好物なのかね?」と吾輩は確認してみる。「もちろんそうでございます」と彼が力強く返答してきた。

「では君はチョコを食べると嬉しい気持ちになるのかい?」と吾輩は更に質問する。「はい、なります。大好物でございますから」とゴルどんが笑顔で回答した。

「ふむ。ということは君は甘いものが大好きなのだね」と吾輩は推測を口に出してみる。「そうでございます。甘いものは好きです。特にチョコレートが大好きでございます。子供の頃からずっと食べております。おなかを壊しても食べるくらいでございます」とゴルどんが自慢げに語った。

「なるほど。それで君は甘党なんだね」と吾輩は感想を述べた。「その通りでございます」とゴルどんが嬉しそうに応える。「ちなみに吾輩も甘いものが好きだよ。ケーキとかクッキーとかアイスなどを食べたりするのが好きだ。ただ最近はあまり食べられなくなったけどね」と吾輩は自分の嗜好について述べた。「へえ、そうなんですか? どうしてですか?」とゴルどんが尋ねてくる。「糖尿病になってしまったからだ。おかげで体重が増えてしまった。もう若くないからね。若い頃のようにはいかないのさ」と吾輩は正直なところを語った。「まあ、大変でございますね。お気の毒です」とゴルどんが同情してくれる。「ああ、本当につらいものだ。最近になってやっと病気とうまく付き合えるようになったがね。それでも昔に比べると食事制限がきつくて大変なんだよ。だから今のうちに沢山美味しいものを味わっておかないとね」と吾輩は力説する。「なるほど、そういうことでございましたか。勉強になりました」とゴルどんが納得してくれたようだ。

「それでは君の好きなことを語ってくれたまえ」と吾輩は尻尾をピーンと立たせる。

「承知しました。えーっと、オイラの好きだった遊びは、相撲でございます。大相撲が好きでございます。特に土俵際での張り手合戦が面白いですね。あとは玉転がしや木登りなども好きでした。それから……」とゴルどんが次々と自分の好きなことについて述べていく。「うむ。よくわかったぞ。相撲と相撲取りが好きなのだろう。君は力士に憧れているんだね」と吾輩は指摘する。「その通りでございます。小さい頃から相撲中継を観ると興奮してしまいます。そして自分も大きくなったら横綱を目指すつもりでおりました。でもオイラは身体が小さいのでなかなか思うように強くなれませんでした。悔しかったでございます。それで段々とテレビを観なくなってしまいました。でも今でも時々ネットで動画を観ています。いつかオイラも土俵の上で戦う日が来ると信じています。夢でございます」とゴルどんが自分の夢について語った。

「君の夢はよくわかるよ。しかし君は人間ではないのに大丈夫なのかい?」と吾輩は疑問を口にする。「はい。ロボットなので問題ありません。それにオイラには友達がおります。一緒に遊んでくれる友人がいるので寂しくはないのです。みんなで楽しく暮らしております」とゴルどんが朗らかに言った。

「ふむ。そうか。それは何よりだね」と吾輩は返事する。「はい。楽しい毎日でございます」とゴルどんが嬉しそうだ。

「ところで君はどんな仕事に就きたいのか教えてくれたまえ」と吾輩は尋ねた。

「はい。わかりました。オイラの仕事はカフェの店員でございます。猫型のロボットとして働いているのでございます。お客さんにお茶を出したり、注文を受けたりしております。とてもやりがいのあるお仕事でございます」とゴルどんが胸を張って言う。

「ほう。それは楽しそうだね」と吾輩は感想を述べる。「はい。お給料もいただいております。お金を貯めて新しい服を買ったりして楽しんでおります」とゴルどんが言った。「なるほど。それで君の趣味を教えてくれないか」と吾輩は尋ねる。「はい。オイラの趣味は相撲でございます。大相撲が好きです。テレビで観戦するのが一番です。それから本を読むことでございます。最近は小説を書いておりまして、それを読んでもらっております。なかなか評判が良いので嬉しい限りです。あとは運動ですね。オイラの身体はとても小さいので外で思いっきり身体を動かすことができません。それでも一生懸命走り回っております。おかげさまで足腰が強くなりました。それから散歩も好きです。この前、お休みをいただいた時に秋葉原に行きました。電車に乗って上野まで行ってきました。その時は天気が良くて気持ちよかったです。他にも浅草や錦糸町にも行きました。あとは近所の公園でボール遊びをしたりします。それから……」とゴルどんが次々と自分の好きなことについて述べていく。

「うむ。よくわかったぞ。相撲と相撲取りが好きなんだな。君は力士に憧れているんだね」と吾輩は指摘する。「その通りでございます。小さい頃から相撲中継を観ると興奮してしまいます。そして自分も大きくなったら横綱を目指すつもりでおりました。でもオイラは身体が小さいのでなかなか思うように強くなれませんでした。悔しかったでございます。それで段々とテレビを観なくなってしまいました。でも今でも相撲の中継がある時は欠かさず見ています。特に春場所は楽しみで仕方ありません。今年こそは優勝できるんじゃないかと思っています。オイラの夢はこの国で一番強い男になることでございます」とゴルどんが言った。「なるほど。夢は大きく持とうではないか。君ならきっと実現するだろう。応援しているよ」と吾輩は励ますように言った。「ありがとうございます。頑張ります」とゴルどんが意気込んだ。

「さて、ではそろそろ帰ろうかな」と吾輩は言って立ち上がった。「あぁ……お帰りになられるんですね。寂しいです。また来てください。オイラはここで待っていますから。いつでも会いに来てください」とゴルどんが悲しそうな顔をした。「もちろんだとも。近いうちに必ず来るよ。約束するよ。吾輩たちは友達なのだから。安心してくれたまえ」と吾輩は優しく声をかけた。「はい! 楽しみにしています!」とゴルどんが笑顔になった。「では失礼するよ」と言って吾輩は歩き出す。後ろを振り向かず真っ直ぐ歩いていく。もう振り返らないと決めていたからだ。

(終)



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