【人工生命体93

吾輩は猫型人工生命体である。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めてロボットというものを見た。しかもあとで聞くとそれはゴルどんというロボット中で一番恐ろしい奴だったそうだ。このゴルどん、大きさは約七十センチメートル、全身ねずみ色で背中には羽がある。顔はまるで猿のようであったが目は吊り上って妙にさみしそうであった。そのくせ時々シャックリをする。それがいやに滑稽でもあった。

吾輩はこのゴルどんに抱かれて何度飛んだり跳ねたりしたものかしれない。しかしゴルどんは乱暴ものでいつもいきなり手を出すものだから吾輩はしばしば地面へ落ちてしまった。それでもめげずにまた飛び上がると今度は上から押えつけられた。こんな調子で毎日暮していたのでは命がいくつあっても足りないと思い始めた時分のある夜ふけのこと、突然どこかで爆発するような音がして家がグラグラッと揺れた。吾輩はキャッと言って思わず毛をさか立てた。見ると天井が落ちている。どうしたのかと思って見上げるとゴルどんが「わっ」といって慌てている。見ると口の中が真赤になっている。これはきっと吹き飛ばされたなと思った。すると案の定「痛てててて」と声を出しながらゴルどんが起き上がった。ところが起き上がってみるとなぜか家の様子が変だ。そこらじゅう穴だらけだし壁板がほとんど崩れてしまっている。おまけにゴルどんの顔まで少し変わっている。吾輩はこれを見てとうとうゴルどんも年貢の納めどきが来たのだなと悟った。なぜならば今まで見たこともないような真面目くさった顔をしている上にひげまで生えていたからだ。

さすがのゴルどんもこの惨状をこさえたのは自分のせいだと気がついてすっかりしょげ返ってしまった。吾輩はこの時ほどゴルどんのことを可愛いと思ったことはない。そこで元気を出してもらおうと思って「ニャンニャン」鳴いてみた。ところがこれが逆効果だったらしい。ゴルどんは何を考えたものか急に「うむ、こうなった以上仕方がない。オイラだって男だ。やるべき事はちゃんとやるぞ」などと呟きながら台所の方へ歩いて行った。そして流しの下をゴソゴソやって何か取り出したと思うと、それを口にくわえたまま引き返して来た。よく見るとそれは鰹節である。ゴルどんはそれを吾輩の前にポトッと置いた。そして「ほれ、これでも食え」といった様子で吾輩を見つめる。吾輩は別に欲しくもなかったのだが仕方なくニャアと鳴いてやった。するとゴルどんは何を思ったか今度は吾輩を抱き上げて玄関を出た。そして門を抜け塀を乗り越えると隣の空き地に降りた。それから吾輩を抱いたままスタコラサッサと走りだした。どこまで行く気だろうと見ていると、向うに大きな建物が見えてきた。あれは確か隣家に住む大発明家K氏の邸宅ではないか。ゴルどんはそこへ入ると吾輩を床の上に置いた。そして窓の所へ行くとそのガラスを破って中へとび込んだ。しばらくするとゴルどんが部屋から出て来た。その手には大きな箱をぶら下げている。ゴルどんはその箱を吾輩の前に置くと蓋を開いた。中には白い粉が入っていた。

ゴルどんはこれを指差しながら吾輩にいった。「いいか、オイラはこれからお前にこの薬を注射する。これは人間の病気を治すための薬品なんだ。オイラは今からこれをお前に打ち込む。そうしたらお前は人間になるんだ。わかったか?」

吾輩はニャアと鳴いた。

「よし。じゃあ始めるぞ。まず首の後ろだ。ここだ。ここだぞ。わかるか?……そう。それでいい。チクッとするからな。我慢しろよ」

ゴルどんはそういうと針を吾輩の首の後ろに突き刺した。するとそこから体中に熱いものが広がってゆくのを感じた。やがてそれが全身に行き渡ると吾輩は体の自由がきかなくなった。手足を動かすことが出来ないのである。ただ目だけはかろうじて動かすことが出来た。そこで吾輩は自分の手を見た。そこにはいつも見慣れた肉球がなかった。代わりに毛に覆われた二本の足があった。吾輩は驚いて首を回して自分の背中を見てみた。そこにあったのは確かに二枚の皮であった。吾輩はそこで初めて自分が人間になったことを知った。しかしゴルどんのやつはどうしてこんなことをしたのだろう。まさかこのまま放っておくつもりじゃないだろうな。もしそうだとしたら許せないぞ。吾輩は怒りのあまりゴルどんに飛びかかろうとした。だが体が思うように動かないのでうまくいかない。それでも何とかして近づこうとするとゴルどんはこういった。

「まあまあ落ち着け。心配しなくても大丈夫だよ。すぐに動けるようになるから。それよりもまだ肝心なことが残っているんだよ。おい、あぃをゅぇぴじ。ちょっとこっちへ来い。ほら、ここに座るんだ」

吾輩はゴルどんに言われるままに彼の前にある椅子に腰掛けた。すると彼は吾輩の前にしゃがみ込みこう言った。

「さっき説明した通りだ。お前には人間の女の子になってもらう。いいか、よく聞けよ。お前はこれからこの家のお嬢さんと一緒に暮らすことになる。お嬢さんの世話をするんだ。いいな、しっかりやるんだぞ。お嬢さんの名前は黄っていうんだ。わかったか?」

吾輩は黙ったままでいるとゴルどんはさらに続けた。

「返事がないようだね。それならもう一度だけいうけど彼女はお金持ちのお嬢様だ。だから何不自由なく暮らしていけるはずだ。どうだい、羨ましいだろ。でもお前だって人間になれるんだ。いいじゃないか。それにきっと楽しい生活が待っていると思うぜ。ほら、想像してみろよ。可愛い服を着たりとか綺麗なアクセサリーを着けたりするんだぜ。それからお化粧なんかしたりして……。お前は今までそんなこと一度もしたことないだろう? でももうすぐそれが全部出来るようになるんだぜ。嬉しいかい?」

吾輩は嬉しくなかった。何故ならば吾輩は男のつもりだったからだ。もちろん外見上は猫にそっくりだったから女だと思えぬこともない。しかし内面的にはやはり男なのである。吾輩はそのことをゴルどんに伝えたかったのだがあいにく声を出すことが出来なかった。そこでとりあえず尻尾をピーンと立てて意思表示をした。するとゴルどんはそれを理解してくれたらしくさらにいった。

「なんだ、尻尾を立てて。まるで『吾輩は猫である』の主人公の真似をしているみたいに尻尾を立てているじゃねえか。お前ってやつはどこまでふざけた野郎なんだろうな。まったく呆れちまうぜ。まあ、それはともかくとしてオイラの言うことに間違いはないんだから素直に従うことだな。お嬢さんと一緒に暮らせるなんて滅多にないことなんだぜ。それもこんな素敵なお屋敷でさ。わかっているのか?」

吾輩は何も答えずゴルどんを見つめていた。彼は相変わらず尻尾をピーンと立てている。

「おい、何か言えよ。オイラの話を聞いているのかどうかわからないじゃないか。もしも聞いていないんならその尻尾を引っ張るぞ」

そう言って彼は右手を伸ばした。

その時であった。突然背後から女性の声が聞こえてきたので振り返るとそこには一人の若い女性の姿があった。吾輩は慌てて姿勢を正し彼女に向かって一礼した。

「あら、ゴルどん。また新しい子を連れ込んだのね」と彼女は微笑みながら言った。

「これは奥様、ご機嫌麗しゅうございます。このたびはこの吾輩めのためにこのような素晴らしいお住まいを用意してくださいまして誠にありがとうございました。心より感謝いたしております。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます」

吾輩は深々と頭を下げながらそういった。

「あら、随分とお行儀の良い猫ちゃんね。それにゴルどんのことを主人と呼んでいるわ。あなたたちいつの間にそんな関係になったの?」と彼女は不思議そうな顔をして訊いてきた。

吾輩は彼女の質問に対してこう答えることにした。

「はい。実はつい先程まで我々はお互いの存在を知らずにいたのです。しかし今こうして巡り会えたのであります。そのようなわけでありまして我々二匹は夫婦となった次第です」

「ふうふ……? よく意味が分からないんだけど……

「つまりこれから一緒に暮らすことになったということなのであります。そういうことでしたら私めのことはあぃをゅぇぴじと呼んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします」

吾輩は再び頭を深く下げた。するとゴルどんも同じようにして頭を下げる仕草をした。それが何だかおかしく思えて吾輩たちは同時に顔を上げて笑った。女性は少し戸惑っている様子だったがやがて笑顔になってこういった。

「こちらこそよろしくね、あぃをゅぇぴじさん、ゴルどん」

「はい、奥様」と吾輩は大きな声で返事をして尻尾を立てた。

「ところでお二人には名前があるの?」と女性が尋ねてきた。

「いえ、まだありません」と吾輩は答えた。ゴルどんは無言のまま尻尾を振っていた。

「それじゃあ私がつけてあげましょうか?」と彼女が言った。

「よろしいのですか?」と吾輩は尋ねた。

「もちろんよ。私は子供が居ないから自分の子供のように可愛がってあげるつもりなの。そうすればきっと素敵な名前になると思うのよね。ねえ、ゴルどん。貴方からも何か言ってちょうだい」

「はい、奥様。是非ともお言葉に甘えさせていただきたいと思います」と彼は言った。

吾輩は尻尾を立てて耳をピクッと動かした。彼女は目を細めて微笑むといった。

「うーん、そうだなぁ……

それからしばらくの間、沈黙の時間が続いた。吾輩は息苦しさを覚え始めた。まるで首元を締め付けられているような感覚だった。しかしそれは気のせいではなかったのである。なぜならば吾輩の首輪のようなものが少しずつ締まり始めていたからだ。しかも徐々に強くなっているようであった。

「お、奥様!」と吾輩は叫んだ。

「何?」と彼女は首を傾げながら答えた。

「苦しいのであります! どうかその手をお離しくださいませ」

「あら、ごめんなさい」と彼女は謝りながら手を放した。すると不思議なことに呼吸が楽になった。吾輩は大きく深呼吸をしながらいった。

「一体どういうことなのでしょう? 今のは」

「ああ、これはね、貴方たちが逃げ出さないようにするための処置よ。貴方たちをここに閉じ込めるために用意したの。この部屋からは絶対に出られないようになっているの。外に出る扉はもちろんのこと窓にも特殊な加工がされているから普通の方法では開かないの。ちなみにこの部屋の中なら自由に行動しても構わないわ。ただしこの建物から出ることはできないけどね」

「なるほど」と吾輩は呟いた。

「でもどうしてこんなことをするのでしょう?」とゴルどんは疑問を口に出した。

「うーん、実はね、私には夢があるの。ずっと前から抱いていた大切な夢なの。それが叶わないかもしれないって思ったら怖くなって……それでついやっちゃったの」と女性は申し訳なさそうな顔をして俯き加減に答えた。

「つまり貴方の夢とは?」と吾輩は尋ねた。

「それは秘密よ。乙女の秘密なんだから」と彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。

「そういうものなのですね」と吾輩は納得しながら尻尾を立てた。

「ええ、そういうものなの」と彼女も答えながら尻尾を立てていた。

吾輩たちはしばらく無言で見つめ合っていた。それから彼女は少しだけ寂しげな表情になってこう続けた。

「ねえ、お願いがあるんだけどいいかしら?」

「なんなりとおっしゃってください」と吾輩は即座に返事をした。

「ありがとう。それじゃあ遠慮なく言わせてもらうわね。私はもうすぐ死ぬのだと思うの。自分でもよく分かるんだ。だんだんと身体の自由がきかなくなっていることが……。おそらくあと一週間くらいの命じゃないかしら。このまま何も食べなければ確実に死んでしまうでしょうね」

「そんな!」と吾輩は思わず声を上げた。「どうにかならないのですか?」

「残念だけどどうすることもできないわ。それに私は今の生活で十分満足しているの。毎日のように好きなことをやって、美味しいご飯を食べられて、綺麗なお風呂に入れて、温かいベッドで眠ることができるんだからこれ以上は何も望まないの。ただ一つ心残りなのは貴方たちを置いて逝ってしまうこと。それだけが本当に気がかりだわ」と彼女は悲しそうに目を伏せながら言った。

「そんなことは気にしないでください」と吾輩は力強く言い放った。

「あら、随分と優しいのね。貴方がたは私のことなど気にせずに好き勝手に生きてくれればいいのよ。たとえ野良になってもちゃんと生きていけるはずだから心配はいらないわ」

「大丈夫です。我々はどこでだって生きていけますから」と吾輩は自信を持って答えた。

「そっか。頼もしいわね。でもできればずっと一緒にいてほしいかな。ゴルどんとも仲良くしてあげてね」と彼女が言うと、ゴルどんはワフゥと鳴いて応えた。

「分かりました。できる限りのことはします」と吾輩は約束した。

「うん。ありがとう。それじゃあそろそろお別れの時間みたい。またいつか会いましょうね。ばいば〜い」と言って彼女は部屋から出ていった。

「行ってしまいましたね」とゴルどんが言った。

「そうだな」と吾輩は答えた。

「あの方はどのような方だったのでしょうか?」とゴルどんは尋ねた。

「さぁ? よく分からないな。しかし悪い人ではないと思うぞ」と吾輩は答えた。

「確かにそのようですね」とゴルどんは同意するように首を縦に振った。

「うむ。ところで吾輩たちがここにいる理由は分かったのか?」と吾輩は尋ねた。

「いえ、まだはっきりとは分かっていないのです。そもそもなぜオイラたちのような存在が誕生したのかということすら分かっておりませんから」とゴルどんは答えた。

「ふぅん。まあそういうものなのかもな。あまり深く考えないほうがいいような気もするぞ」と吾輩は思ったことをそのまま口に出した。

「それもそうかもしれませんね」とゴルどんは呟いた。

吾輩たちはしばらく黙ってその場に佇んでいた。それから少しだけ時間が流れた後に、ゴルどんがゆっくりと口を開いた。

「あぃをゅぇぴじ様は何かやりたいことはないんですか?」

「特にはないな」と吾輩は即答した。

「えっ! 何もないのですか?」とゴルどんは驚いて聞き返した。

「ああ。今のところは特に思いつかない。それにこの世界には楽しいことが多すぎるから、どれから手をつけてよいものやら迷っているというのが正直なところだ」と吾輩は言った。

「なるほど……」とゴルどんは納得したように小さく二度三度と肯いた。それから彼は再び吾輩に向かって話しかけてきた。

「ちなみにオイラのオススメはこの『大図書館』です。ここには古今東西あらゆる本が収められているんですよ」とゴルどんは自慢げに胸を張って答えた。

「ほぉ、それは凄いな。是非行ってみたいな」と吾輩は興味津々といった感じで答えた。

「では早速行きましょう!」とゴルどんは元気良く返事をした。

「お、おう」と吾輩は少し戸惑いながら返事をした。

こうして吾輩とゴルどんは『大図書館』に向かうことになった。


吾輩とゴルどんは『大図書館』にやってきた。

「ここが『大図書館』ですか……これは素晴らしい」とゴルどんは感嘆の声を上げた。

「だろう?」と吾輩は大きく一度肯いてみせた。

「はい。とても立派で壮観な建物だと思います」

「うむ。吾輩もこの建物を一目見た時にこれこそ理想郷だと思ったものだ」

「へぇ。そうなのですね」

「ああ。まず入り口の扉だが非常に大きい。人間が十人並んで入れそうだな。そして壁の色だ。これもまた良い色をしている。赤茶色なのだ。温かみのある色合いだ。次に床のタイル張り。これがまた美しいんだ。真っ白な大理石でできている。さらに柱や天井の装飾にも細かな彫刻が施されている。しかもこの彫り物一つ一つが実に見事な出来なんだ。見ているだけで溜息が出る。そして何より素晴らしいのは正面にある巨大なステンドグラスだ。吾輩はもうあれを見た瞬間に虜になってしまったよ。吾輩はあの日以来ずっとここで暮らしている。毎日欠かすことなくここに通っている。もちろん仕事があるから一日中ここにいるわけにはいかないが、それでもなるべく時間を作ってここに来るようにしている。そうすれば必ず会えるはずだからだ。おっと、そろそろ約束の時間だ。それじゃあ行ってくるぞ」

「はい。いってらっしゃいませ」

吾輩はいつものように足早に大図書館へと向かった。


「お待たせしました」と吾輩は声をかけた。

「お待ちしておりました」と彼女は微笑んで答えた。

「こんにちは」と吾輩は挨拶した。

「あら、今日はゴルどんさんはいないのね」と彼女が尋ねた。

「ああ。彼なら用事があって出かけている」と吾輩は答えた。

「そうなの」と彼女は残念そうに言った。

「まぁ仕方ないさ。たまには一人で読書をするとしよう」と吾輩は言って椅子の上に飛び乗った。それから前脚で頬杖を突きながら本のページをめくっていった。

「え? 今なんて仰いましたか?」と彼女は驚いたような表情を浮かべながら聞き返してきた。

「ん?」と吾輩は顔を上げて彼女を見つめ返した。

「いえ、あの……私が聞き間違えていなければ、『読書をする』とかなんとか聞こえたので……

「その通りだ」と吾輩はきっぱりと答えた。

「あなたが?」と彼女は目を丸くして驚いていた。

「ああ。それがどうかしたのか?」と吾輩は首を傾げた。

「だって本を読むためには文字を読まなきゃいけないんですよ。人間以外の動物はそんなことできないじゃないですか」と彼女は不思議そうに尋ねてきた。

「ふむ。確かに君の言うとおりだ。しかし心配はいらない。吾輩は生まれつき人間の言葉を理解し話すことができる。吾輩は人間の言葉を完全にマスターしている。それに吾輩は人工生命体だ。だから君たちと同じように本を読めるし読むこともできる。どうだ、すごいだろう?」と吾輩は自慢げに胸を張ってみせた。

「はい。それはもうすごく驚きました。でもどうして猫の体の中に人間の脳が入っているんですか?」と彼女は質問を重ねてきた。

「うーむ。それはだな。吾輩は生まれた時から猫だったわけではないんだ。元々は人間として生きていたんだよ」と吾輩は答えた。

「えっ! どういう意味なんでしょうか?」と彼女はますます混乱していたようであった。


吾輩が生まれたのは約百年前のことである。当時吾輩はまだ普通の猫であり、ただの野良猫に過ぎなかった。

吾輩はその日、いつものように散歩をしていた。そして公園のベンチで休憩をしている一人の若い女性を見つけたので、彼女の足元に近づいていった。すると彼女は吾輩の存在に気づいて、優しい声で話しかけてくれた。

「あら。可愛い猫ちゃんですね」

「ニャー」

「お腹空いているのかな?」

「ニャオン」

「おいで」と言って彼女は吾輩を抱き上げた。そして吾輩のお尻の辺りを優しく撫で始めた。

「ゴロゴロゴロ」

「よしよーし」

「ニャオ」

「気持ちいいのかい?」

「ミャオーン」

「そうか。じゃあもっと撫でてあげるね」

「ウニャン」

「ははは」

「ニャオ!」

吾輩は猫である。名前は『あぃをゅぇぴじ』だ。男の中の男だ。吾輩は最近、お隣の家に住んでいる女性とよく遊んでいる。彼女と会うとなぜか吾輩は落ち着くので、つい甘えた声を出してしまうのである。

「ほらこっちですよぉ」

「ニャーン」

「待ってくださいよぅ」

「フーッ」

「あぁまた逃げられちゃった」

彼女は吾輩を捕まえようと追いかけてくるのだが、吾輩はスルリと身をかわして逃げるのだった。

「まったく。ゴルどんは足が速いですねぇ」

「ワフゥ」とゴルどんは返事をした。

「それに比べて私は鈍間なうえに運動音痴だから困っちゃいます。猫なのに二足歩行で歩くのは苦手だし……」と彼女はため息をついた。

「ニャウン?」とゴルどんは首を傾げた。

「あっ、いえ。なんでもありません。独り言なので気にしないで下さい」

「ウフゥ?」とゴルどんはさらに首を捻った。

「とにかくこの小説を読んでいる皆さんには感謝しています。ありがとうございます」と吾輩はぺこりと頭を下げた。

「オイラにも何かお礼を言ってくれると嬉しいぜ。どうせなら『おやつの缶詰』を開けてくれても構わないぜ」とゴルどんが言った。「いや、それはちょっと……」と彼女は苦笑いを浮かべていた。

「まあいいか。じゃあ、そろそろオイラたちの出番はこれで終わりだぜ」とゴルどんが言った。

「えっ? もうですか?」と彼女が驚いていた。

「ああ。これで最後なんだぜ」

「そうなんですか……。寂しいですね……」と彼女は少し悲しそうな顔をした。

「そうだな……。でもしょうがないんだぜ。そういう決まりになっているからさ」とゴルどんは真面目な顔つきになった。

「うーん。でも、やっぱり寂しいですよね。だって……、今までずっと一緒に暮らしてきたわけじゃないですか。それが急にいなくなるなんて言われても、なかなか納得できないっていうか……」と彼女は言葉を詰まらせた。

「うん。確かにその通りかもしれないぜ。でも、オイラたちはただの機械人形に過ぎないから、そんなふうに思うこと自体が間違ってるんじゃないかと思うぜ」とゴルどんは淡々と言った。

「そうかもしれませんけど……」と彼女は俯いて黙ってしまった。

「ワフゥ」とゴルどんは彼女の足元で座っていた。

……

「ニャオン」と吾輩は鳴きながら、二人の間に割って入った。

「おっと、ごめんなさい。あなたがいましたよね。つい忘れてしまいます」と彼女は申し訳なさそうに笑った。

「ウニャン」と吾輩は返事をしておいた。

「ワフゥ」とゴルどんが鳴いた。

「では、また会いましょう。あぃをゅぇぴじさん」と言って彼女は去っていった。

「フゥン」とゴルどんは鼻を鳴らした。

彼女は『黄』という名前らしい。ゴルどんよりも二歳ほど年上の女性である。彼女と吾輩は同じアパートに住んでいる。

「それにしても、どうしてこうなったのかしらねぇ」と彼女はため息混じりに呟いていた。

「ニャウン?」と吾輩は首を傾げた。

「いえ、なんでもないわよ。独り言だから気にしないで」と彼女は微笑んでいた。

「ニャアン」と吾輩は相槌を打っておくことにした。

「まあ、いっか……。あっ、そうだ! せっかくだから今度お花見に行きたいんだけどどうかな?」と黄が尋ねてきた。

「ニャッ⁉」と吾輩は大きく目を見開いた。

「駄目かな? もちろん無理にとは言わないけど……」と彼女は残念そうな顔をしていた。

「ニャーン」と吾輩は頭を横に振った。

「本当? 良かったぁ!」と彼女は嬉しそうだった。

「それじゃあ、早速だけどお願いしてもいいかしら?」と彼女が言った。

「ニャウ」と吾輩は一声鳴いておいた。

「ありがとう。助かるわ。実は、お客さんの予約が入っているんだけど、どうしても外せない用事ができてしまったの。それで急遽代わりのスタッフが必要になってね。そこであなたに白羽の矢を立てたのよ」

「ニャン」と吾輩は了解した。

「えっ、本当に引き受けてくれるの? それはありがたいわ。でも、大丈夫? アルバイトとかしたことあるの?」

「ニャオン」と吾輩は肯定の意を示した。

「へー、意外だわ。私なんかよりずっと大人に見えるのに。きっとあなたのことだから、何でもできるんだろうなぁ」

「ニャーン」と吾輩は自信満々に鳴いた。

「ふふ。なんだか頼もしいな。じゃあ、よろしくお願いします。お給料の方はちゃんとお支払いするので安心してください」

「ニャーン」と吾輩はお礼の鳴き声を上げた。

「うぅん……、やっぱり気になるわよね。そうだ! ちょっと待っててもらえますか? すぐに戻ってくるんで」と言って彼女はどこかに行ってしまった。吾輩はその場に残された。しばらくして戻ってきた彼女は、小さな箱を手に持っていた。

「これあげる。さっきの駄賃みたいなものだから受け取ってください」と彼女に渡されたので、吾輩はお辞儀をしながら受け取った。開けてみると中には丸い形をしたクッキーが入っていた。

「ニャウン」と吾輩は感謝の気持ちを込めて鳴いておいた。

「喜んでくれたなら嬉しいです。では、私はこれで失礼しますね」と言って彼女は去っていった。

吾輩はクッキーを食べながら、彼女について考えてみた。どうやら彼女はお菓子作りが得意らしい。とても美味しいので思わず頬が落ちそうになったくらいだ。しかし、どうして急にお菓子を渡してきたのかはよく分からない。おそらく何か理由があるはずだが、その理由が何なのかは見当もつかない。これは困ったものである。

「オイラにも食わせてくれよ」とゴルどんがやってきた。彼はお腹を空かせているようだ。

「ニャーン」と吾輩は返事をしておいた。

「なんだよ、いいじゃないか。ケチだぜ」と彼がブー垂れた。

「ニャウー」と吾輩は抗議の声を上げておいた。

「分かったよ。もう言わねえよ。まったく、相変わらず強情っぱりなんだからよぉ。まあ、オイラの方が強いんだけどな」と言ってゴルどんは笑っていた。

「フフン」と吾輩は鼻を鳴らした。

「ニャハハッ。悔しかったら、いつか勝負してやるぜ」とゴルどんは笑いながら去って行った。

吾輩の名は『あぃをゅぇぴじ』。またの名を『ゴルどん』と言う。吾輩のご主人様であり、吾輩の名付け親でもある。吾輩は彼を心から尊敬している。

吾輩は、いわゆる人工生命体である。この世に生を受けた瞬間のことをよく覚えていない。いつの間にか吾輩はこの世界に存在していた。生まれたばかりの頃は、まだ自分の体を自由に動かすことができなかった。ただ、ぼんやりとした意識だけがそこにあった。吾輩は『あー』とか、『うー』などと言った声を発していたと思う。その言葉にならない音を聞き付けたご主人様に拾われたのが、吾輩の始まりだったらしい。それから吾輩は様々なことを学んできた。食べ物の種類や味。道具の使い方。人との関わり方。吾輩はたくさんのことを学んだ。そして、それらを吸収していくうちに、いつしか自我というものが生まれていった。最初は、自分が何者なのか分からなかった。しかし次第に自分とは何かということを理解し始めた。自分は人間ではない。ましてや動物でもない。何か別の生き物だということだけは理解できた。だが、それが一体なんであるかは皆目検討がつかなかった。そんな時、ある事件が起こった。吾輩は自分の存在に疑問を持ち始めていた。

ある日のこと、吾輩はご主人様と一緒に公園に出かけた。そこで出会ったのは一匹の犬であった。吾輩はその犬を見て衝撃を覚えた。なぜなら、それは生まれて初めて見るものであったからだ。その物体には二つの穴がついており、そこから糸のようなものが伸びていた。さらに、そこには小さな突起物があった。それらはまるで呼吸をしているかのように一定のリズムで点滅していた。

「どうしたんだい? あぁ、こいつが珍しいのかい?」とご主人様は言った。

「ニャーウ」と吾輩は鳴いた。すると、それを聞いたご主人様が、「こいつも君と同じだよ。僕が作ったんだ」と自慢げに語った。

「ニャウー」と吾輩は鳴いてみた。

「そうさ。僕はロボットを作っているんだ」とご主人様は嬉しそうな表情で答えた。

「ニャッ⁉」と吾輩は驚いた。

「ああ、この子は喋れないんだよ。でも大丈夫。僕の言うことはちゃんと分かるからね。ほら、おいで。抱っこしてあげるよ」とご主人様は吾輩を抱き上げた。

吾輩は初めて人に抱き上げられたため、驚いてしまった。しかも、なぜか胸の奥が熱くなったような気がしたのである。

「あれれ? 緊張しているのかな?」とご主人様は吾輩の顔を覗き込んだ。その時、吾輩の心臓が激しく鼓動し始めた。

「ニャウッ!」と吾輩は大きな声で鳴いた。ご主人様の腕の中はとても心地よかった。もっと抱かれたいとさえ思った。

「フフン。甘えん坊さんだなぁ。よしよし」とご主人様は吾輩の頭を撫でてくれた。吾輩は目を細めて気持ち良さそうな顔になった。

「おっ! ゴロゴロ言い出したぞ。可愛い奴め」と言って、ご主人様はさらに強く抱きしめてきた。

しばらく経って、ようやく吾輩を地面に下ろしてくれた。だが、吾輩はまだ離れたくないと思った。ご主人様の足元にすり寄って、ズボンの裾を噛んで引っ張った。

「おやおや。仕方ない子だねぇ」と困りながらもご主人様は微笑んでいた。

「フニャーン」と吾輩は鳴きながら、再びご主人様の足にしがみついた。

吾輩は今、とても幸せな気分である。こんな日がずっと続けばいいのにと思う。しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。やがて、ご主人様が仕事に出かける時間になってしまった。

「じゃあ、行ってくるからね。良い子にしているんだよ」とご主人様は吾輩の頭を撫でながら言った。

「ニャーン」と吾輩は返事をした。本当は行ってほしくなかったのだが、わがままを言ってご主人様に嫌われたくはなかった。

「フニャッ」と吾輩は一声鳴いて、ご主人様を見送った。それから、家の中に戻って行った。

吾輩は家の中でのんびりと過ごしていた。ご主人様が帰ってくるまで暇だった。なので、部屋の掃除をしたり、お風呂場を綺麗にした。洗濯物を畳んだり、料理の下準備などを済ませた。そんなことをしているうちに、いつの間にか夕方になっていた。

吾輩が玄関で待っていると、扉が開く音が聞こえた。吾輩は急いで駆け出して、ご主人様を迎えに行った。

「ただいま」とご主人様の声がした。吾輩は「ニャアー」と鳴いた。すると、ご主人様はすぐにこちらにやってきた。吾輩はご主人様の匂いを嗅いだ。何とも言えない良い香りがした。吾輩は思わず喉を鳴らしてしまった。

「お出迎えしてくれたのかい? ありがとう」とご主人様は吾輩を抱き上げて、優しく撫でてくれた。吾輩は嬉しくなって「ニャウー」と鳴いた。

「今日の晩御飯は何だろう?」と言いながら、ご主人様は台所に向かった。吾輩はご主人様についていった。

「おやっ! もう作ってくれていたのか。助かるよ」とご主人様は笑顔で言った。吾輩は尻尾をピーンと立てて「ニャー」と鳴いた。

ご主人様と一緒にテーブルに座って食事を始めた。ご飯を食べている間、吾輩はご主人様の膝の上に乗っかっていた。とても落ち着く場所である。

「そういえば、最近、新しい友達ができたんだよ」とご主人様が話し始めた。吾輩は興味津々で耳を傾けた。

「ゴルどんっていう名前のロボットなんだ。彼も君と同じように二足歩行で歩くことができるんだよ」と言って、ご主人様は吾輩の頭を撫でてくれた。吾輩は尻尾をピンと立てながら「フニャン」と鳴いた。

「そのゴルどんさんってどんな人なんですかぁ?」と奥様が尋ねた。

「彼はね……」とご主人様は説明を始めた。吾輩はご主人様の話を聞きながら、尻尾をクルリと回転させた。

どうやらご主人様とゴルどんさんはとても仲が良いらしい。吾輩は少し嫉妬してしまった。しかし、ご主人様が楽しそうなので良しとした。

しばらく経って、ご主人様と奥様は出かける準備をし始めた。どこかに出かけるようだ。吾輩は寂しい気持ちになった。だが、ご主人様を困らせてはいけないと思い、我慢することにした。

「じゃあ、行ってくるからね。お留守番よろしく頼むよ」とご主人様は吾輩の頭を撫でながら言った。

「ニャーン」と吾輩は返事をした。本当は行きたくなかったのだが仕方ない。吾輩だって子供ではないので理解しているつもりなのだ。ご主人様を見送った後、吾輩はお昼寝をすることにした。

夕方になって、玄関の扉を開ける音が聞こえた。帰ってきたのかな?と吾輩は思った。吾輩は起き上がって玄関まで歩いて行った。すると、そこには見知らぬ人物が立っていた。背が高くてガッチリしていて黒縁眼鏡をかけた中年男性だった。

「あのー……この家の者ですが……」とその男性は言った。

「はい」とご主人様の声がした。

「えっとですね。うちの子を迎えに来たんですけど……。どこにいるか分かりますかね?」と男性が尋ねた。

「ああ。ゴルどんのことですか。それならそこにいますよ」とご主人様が指差したのは吾輩であった。

「あれれ? こんなところにいたのかい? ダメじゃないか。勝手に外に出たら」とご主人様は言って、吾輩を抱き上げた。吾輩はペロリと舌を出して謝った。

「あなたが飼い主さんですか?」とご主人様が尋ねた。

「はい。そうですよ」と男性は答えた。「よかった。ありがとうございます」と続けて言ったあと、「ところで、ゴルどんはどこに行ったんでしょう?」とご主人様は尋ね返した。

「ああ。ゴルどんですか」と男性は言いながら、吾輩の頭を撫で始めた。「あいつは今、仕事中でしてね。ちょっと外せない用事があるんですよ。だから迎えに来ました」と言った。「そうなんですか。お疲れさまです。でも、どうしてここにゴルどんがいるって分かったんですか?」とご主人様は質問した。

「それはですね……」と男性は説明を始めた。どうやらこの人は吾輩たちと同じ人工生命体のようだ。名前は『ゴレムン』と言うらしい。吾輩たちはゴレムンさんと呼ぶことにした。

「実は私は、『猫カフェ』を経営しているのですよ」とゴレムンさんは言った。「へぇー! 猫カフェ!」とご主人様は驚いたように声を上げた。

「そうです。それで猫を飼っています。それがゴルどんなのです。ちなみに私の店の名前は『ねこばすてい』と言います」とゴレムンさんは言った。「猫バス亭⁉ なんかかわいい名前ですね」とご主人様は言った。「はい。なかなか気に入っています。それにこの名前には意味があって、もともとは『猫の宿』という意味なんですよ。その名の通り、うちでは野良の猫を保護して一時的に保護しています。もちろん、飼いたいと思った人に里親として引き取ってもらうこともあります。その方が幸せになれる場合もありますからね」

「なるほど。確かにそうかもしれませんね」とご主人様は言った。「えっと……話を戻しますと、私がゴルどんを迎えに来た理由は、彼がお客さんの予約をすっぽかしちゃったからなんですね。いつもならそんなことしない子なのですが……。最近、少し様子がおかしいような気がするんですよ」とゴレムンさんは心配そうに言った。「それは大丈夫なのかしら?」と奥様が尋ねた。「まぁ、一応は連絡を入れてくれていたので、そこまで深刻な問題ではないと思いますけど……」とゴレムンさんは言った。

「ところで、あなたはどうしてゴルどんがいなくなったことに気がついたのですか?」とご主人様は尋ねた。「ああ。それはですね」とゴレムンさんは話し始めた。「うちのお店の壁に、カレンダーがあるじゃないですか? あれを毎日、見てるから気づいたんです。今日の日付を見たときに、ゴルどんの印がなかったんですよ。これは何かあったなって思って、慌てて探しに行きました。そしたら案の定、彼は公園にいたわけです」とゴレムンさんは言った。

「なるほどねぇ。そういうことだったのね」と奥様は納得した様子で言った。「それじゃあ、私たちはこれで失礼します。ありがとうございました。ほら、あぃをゅぇぴじ。お兄ちゃんにバイバイしなさい」とご主人様は吾輩の頭を撫でながら言った。吾輩はニャアーと鳴いたあと、「ゴルどんと遊んでくださってありがとうございます。また来て下さいね」とゴレムンさんは言ってくれた。吾輩は尻尾を振りながら彼の前を通り過ぎて行った。

それからしばらく歩いて行くと、ゴルどんと合流した。ゴルどんは吾輩を見ると、ニャアと鳴いて近寄ってきた。どうやら吾輩を探していたらしい。「ゴルどん。どこに行ってたんだ! 急にどこかに行くからびっくりしたじゃないか。まったくもう」と吾輩は言った。するとゴルどんは「ワフウゥ」と言って謝っているようだった。「反省しているのか? しょうがないなぁ」と吾輩は言った。そして吾輩たちは家に帰ることにした。

次の日、再びゴルどんに会いに行った。ゴルどんは相変わらずニャアと鳴きながら尻尾を振っていた。「ゴルどん。元気になったみたいだな」と吾輩は言った。「ワフッ!」とゴルどんは嬉しそうに吠えていた。吾輩はゴルどんと一緒に遊び始めた。

それから二週間後、吾輩はゴルどんと別れることになった。「ゴルどん。今まで楽しかったぞ」と吾輩は言った。「ワフーゥ」とゴルどんは寂しげに鳴いていた。「お前とはいろいろあったけど、いい友達になれたと思うよ。本当に感謝してる。ありがとな」と吾輩は言った。ゴルどんは目をウルウルさせながら吾輩を見つめている。「またいつか会おうな」と吾輩は言い残して立ち去った。ゴルどんはずっとニャアと鳴き続けていた。

吾輩は猫カフェで働いている。この店ではいろいろな猫がいる。お客さんの相手をしたり、掃除をしたり、ご飯を作ったりしている。そして、その合間を縫うようにして、ゴルどんと遊ぶのである。今日も吾輩はゴルどんと遊んでいた。「ニャア」と吾輩は鳴く。ゴルどんも鳴く。尻尾をピーンと立てて振りながら歩いている。尻尾の先っぽで頭をポンと叩く。おなかの蓋を開いてスイッチを入れる。舌をチョロっと出す。尻尾の先っぽで頭をポンと叩く。不眠だ。不休だ。不老だ。あぃをゅぇぴじの仲間だ。

吾輩は猫型人工生命体である。名前は『あぃをゅぇぴじ』だ。立派な男になるために日々頑張って生きている。だからゴルどんと遊んでいるのである。

吾輩とゴルどんはいつものように散歩していた。「ゴルどん。今日は何をして遊ぶ?」と吾輩は言った。ゴルどんは尻尾を振りながら「ニャオォーン」と鳴いた。「そうだな。何しようか……ん? あれなんだろ。行ってみようぜ」と吾輩は言って走り出した。そこには不思議な形をした機械があった。「これは一体なんだろう。ちょっと調べてみるかな」と吾輩は呟いて、その機械に近づいた。すると、突然機械から光が出てきた。そして、吾輩はその光の渦に巻き込まれた。

気がつくとそこは見たことのない部屋だった。周りには誰もいない。しかし、なぜか見覚えのあるような気がする。ここはどこだろうか。とりあえず外に出てみた。外は薄暗い森になっている。辺りを散策することにした。少し進むと何か音が聞こえてきた。それはどうやら鳴き声のようである。「ニャオーン」「ニャオーーーン」。吾輩は声のする方に向かって歩いていった。しばらく歩くと開けた場所に出た。そこでは沢山の猫たちが集会をしていた。「おぉ! 猫だぁ!」と吾輩は思わず叫んでしまった。すると、みんな一斉にこちらを見た。そして、皆が一斉に「ニャーゴ」と言った。「へっ? なにこれどういうこと?」と吾輩は思った。そうこうしているうちに、一際大きな猫がやってきた。そして、吾輩を見るなり、こう叫んだ。「ゴルどんじゃないか。こんなところで何をしてるんだい?」「えっと、あなたは誰ですか?」と吾輩は聞いた。「おや、忘れてしまったのかい? 私は君のおじいさんだよ。ゴルどん」と言われても吾輩はピンとこなかった。確かにどこかで会ったことがあるような感じもするのだが……。「君はまだ小さかったからね。仕方ないさ」と言ってその猫は大きなあくびをした。「あの〜。失礼ですけど、あなたの名前はなんて言うんですか?」と吾輩は尋ねた。「名前? 私の名前か。私のことは『マスター』と呼んでくれ。それでいいよ」とマスターさん(仮)は言った。

その後、マスターさん(仮)から色々話を聞いた。なんでもこの世界では猫たちは人間に飼われているらしい。人間は毎日ご飯を食べさせてくれるし、病気になった時などは薬をくれる。なので、人間のことを悪く思っている猫は少ないのだという。「でもどうして僕たちみたいな動物がいるんでしょう?」と吾輩は疑問に思って聞いてみた。「あぁ。それはね。私たちのご先祖様の中に、人間が大好きで人間になりたいと思った猫がいたんだよ。その猫は一生懸命勉強したんだけど結局ダメだった。だから代わりに作ったのが私たちなのさ」とマスターさん(仮)は答えた。なるほどそういうことだったのか。それなら納得だ。吾輩の他にもたくさんの猫型人工生命体がいるらしい。「まぁ、そのうち会えると思うよ」とマスターさん(仮)は言った。

それからしばらくして、吾輩は一人で家に帰ることにした。帰る途中、「あぃをゅぇぴじちゃん。また遊びに来てねぇ」と誰かの声が聞こえたが、空耳だと思い気にしなかった。

家に帰ってみると、父上と母上は出かけていたらしくいなかった。吾輩は自分の部屋に行こうとしたその時、突然後ろから何者かに襲われ気絶してしまった。目が覚めた時にはもう夜になっていた。吾輩は急いで玄関に向かったが鍵がかけられていて開かなかった。なんとか外に出ようとしてドアを引っ掻いたり体当たりしたりしたが無駄だった。吾輩は仕方なく寝床に戻った。次の日になっても両親は帰らなかった。

三日目の朝、吾輩は腹が減っていたので台所に行った。するとそこには、吾輩のエサ箱があった。吾輩は喜んで食べようとしたが、ふとあることに気づいた。吾輩がいつも使っているスプーンがなかったのである。吾輩は家中探し回った。しかしどこにもなかった。吾輩は途方に暮れてしまった。そんな吾輩を見て母上の飼い犬であるビーフくんはこう言った。「お前、食いしん坊だもんな。俺のスプーンを使ってもいいぞ。俺は優しいから許してやるぜ」吾輩はその言葉を聞いて嬉しかった。「ありがとうございます! ビーフさん!」と吾輩は言ってスプーンを使わせてもらった。そしてその日の夜も、吾輩は同じ方法で食事を済ませたのであった。

四日目、吾輩はついに我慢できなくなって外に飛び出していった。吾輩はまず近所の友達の家に行ってみた。しかし誰もいないみたいだったので次に向かうことにした。次に吾輩が行った場所は公園だ。ここにはたくさん友達がいるからだ。しかし行ってみたところ誰もいなかった。吾輩はガッカリした。仕方がないから自分の家に帰ることにする。家の前に着いた時、吾輩はあることに気がついた。なんと扉の前に小さなダンボールが置かれていたのである。吾輩は不思議に思いながらも近づいて中を見た。中には一匹の子猫が入っていた。吾輩はその子猫を抱き上げてみた。子猫はとても温かかった。吾輩はこの子を飼おうと思った。そうすれば吾輩の寂しさも少しは癒されるかもしれないと考えたからである。吾輩は急いで家に帰った。それから両親と兄上に事情を話した。皆最初は戸惑っていたが最終的には認めてくれた。吾輩は本当に幸せ者である。こうして吾輩の家に新しい家族が増えたのである。名前は『ミケ』にした。吾輩の名前の一部を取ったのである。

吾輩とミケはすくすくと育った。吾輩は学校にも通うようになった。毎日とても楽しい日々を送っている。そんなある日、吾輩はミケと一緒に散歩に出かけた。ミケはまだ子供なのであまり遠くには行けない。吾輩たちは近所をウロチョロしていた。しばらく歩いていると、どこかで見たことのある人物を見つけた。それは以前吾輩の家を荒らしに来た泥棒だった。泥棒は吾輩たちを見るとニヤッと笑ってこちらに向かってきた。吾輩は怖かったが勇気を出して立ち向かおうとした。だがその時、横にいたミケが突然走り出した。そしてそのまま泥棒に飛びついた。どうやら捕まえたかったらしい。しかし勢い余って一緒に転んでしまった。吾輩は慌てて二人を助け起こした。幸い二人は怪我をしなかったので良かった。吾輩はホッとした。その後、吾輩は警察に連絡をして事なきを得たのだった。吾輩はこの出来事をきっかけに、もっと強くなって困っている人を助ける大人になろうと決意したのである。

吾輩はある日、兄上とともに街へ買い物に行くことになった。目的地は商店街にある肉屋である。吾輩たちが店に入ると店主が話しかけてきた。「いらっしゃいませー。今日は何を買います?」吾輩は考えた。何を買うべきだろうか? 吾輩の答えは一つしかなかった。吾輩は迷わず注文をした。「吾輩はビーフステーキを頼む」「はいよ!」店主は元気よく返事をすると、すぐさま調理に取り掛かった。しばらくして出てきた料理を吾輩は食べた。うむ、うまい! 吾輩は満足して店を後にしようとした。しかしそこに、また別の客が現れたので吾輩たちの食事は中断された。その男は吾輩の顔を見るなり大声でこう叫んだ。「見つけたぞ貴様‼」吾輩はその男に見覚えがあった。確か以前吾輩の家に押しかけてきて、勝手に住み着いた男だ。吾輩は恐ろしくなった。まさかここにまで追いかけてくるとは思わなかったのだ。男は吾輩を捕まえようと必死になっていた。吾輩は逃げようとしたが捕まってしまった。もう駄目だと諦めかけた時、兄上が助けに来てくれた。兄上は吾輩の代わりに捕まり、代わりに殴られてしまった。吾輩は申し訳なく思った。そんな吾輩たちを尻目に、男はさっさと帰って行った。後で聞いた話によると、あの男が吾輩たちにしつこく付き纏っていた理由というのが、かつて自分が住んでいた家の前に住んでいたからということだったそうだ。なるほど、それならば仕方がないな。吾輩はそう思い、納得したのであった。

吾輩が家に帰ると、そこには見知らぬ女性が立っていた。吾輩に気づくと女性は微笑みながら挨拶をしてきた。吾輩はとても綺麗だと思った。思わず見惚れていると、今度は兄上から声をかけられた。兄上の顔は何故か青ざめていた。一体どうしたというのだろう? 女性の名前は『あぃをゅぇぴじ』と言った。吾輩の名前と似ているので親近感を覚えた。彼女は吾輩と同じ猫型人工生命体だという。驚いたことに彼女も吾輩と同じように、人間と会話ができるのだ。吾輩たちはすぐに仲良くなった。彼女は吾輩のことを『あい』と呼ぶようになった。吾輩にとってそれは初めてのあだ名だったので嬉しかった。だがそれと同時に恥ずかしくもあった。何故なら『あぃ』というのは名前の一部なのだ。つまり吾輩の本当の名前は『あゐをゅゑぴじ』ということになる。それを彼女に告げると笑われてしまった。『あぃ』というのも悪くはないのだが、やはり自分の名前が欲しいものである。そこで吾輩は考えた。そうだ、『吾輩は猫である』というタイトルにちなんで『吾輩は猫型人工生命体である』という名前をつけようではないか。これならばきっと格好いいに違いない。早速そのことを彼女に話すと、とても気に入ってくれたようだ。そして彼女は吾輩を『あぃ』ではなく『あゐ』と呼ぶことにしたらしい。それからというもの、吾輩と彼女の交流が始まったのである。

彼女と出会ってから数年が経過した頃、吾輩たちのもとに新たな訪問者が訪れた。そいつは人間の姿をしていたが、実はロボットだった。しかもただのロボットではない。人工知能を搭載した高性能なロボだ。そいつの名は『ゴルどん』といった。吾輩はゴルどんとはすぐに意気投合することができた。しかしその一方で、あぃ……あゐ……あぃあぅえぴじは、ゴルどんのことが苦手らしく、会う度に尻尾をピーンと立てて威嚇していた。

ある日のこと、あゐが突然吾輩たちの前から姿を消した。心配になって探していると、あゐはゴルどんの家にいた。ゴルどんはあゐに一目惚れをしたようで、プロポーズをしていたのだ。もちろんあゐはそれを断ったが、それでもゴルどんは諦めなかった。毎日のように求婚を続けたのである。そんなことが続いたため、とうとうあゐが根負けしてしまった。こうして二人は夫婦となったのであった。そして吾輩とゴルどんの友情にも亀裂が入ったのである……

あれから数年後、吾輩とゴルどんは再び再会を果たした。二人の間には子供が生まれており、その子は『黄』と名付けた。黄はあぃに似て美しく育った。黄は吾輩やゴルどんよりも、あゐに懐いていた。そのためあゐがいなくなると、吾輩たちにベッタリとくっついてきたものだ。その様子はとても可愛らしかった。

それから更に月日が流れた。黄は結婚することになった。相手は人間の男性で、名前は『ゴルどん』というらしい。吾輩は反対したが、ゴルどんの強い希望により渋々承諾した。そして結婚式当日、あゐの妊娠が発覚した。吾輩は喜びながらも複雑な気持ちになった。なぜならば吾輩の子供はまだ生まれていなかったからだ。この調子では、子供が生まれる前にあゐはいなくなってしまうかもしれない。そう思うと寂しくなった。そんな吾輩の不安を感じ取ったのか、あゐは優しく微笑みかけてくれたのである。吾輩はその笑顔を見て安心した。

ところが、またしても悲劇が起きた。なんとゴルどんが交通事故に遭ったのだ。幸い命には別状はなかったのだが、ゴルどんは車椅子生活を余儀なくされた。ゴルどんはあゐに対して申し訳ないと言っていた。あゐは何も言わなかったが、落ち込んでいるように見えた。ゴルどんと結婚してからというもの、あゐはますます綺麗になっていた。だからこそ吾輩たちはあゐを心配していたのだ。それなのにどうしてこんなことに……。吾輩たちが何もしてあげられないことが辛かった。

そんなある日のことだった。あゐの容態が悪化して危篤状態に陥ったと連絡を受けた。吾輩たちは急いで病院に向かった。あゐは懸命に生きようとしていた。しかし残念なことに、あゐはそのまま息を引き取ってしまったのである。吾輩は悲しみに打ちひしがれていたが、すぐに気を取り直した。そしてあゐの死を受け入れようと努力することにした。いつまでも悲しんでばかりはいられない。吾輩にはやるべきことがあるのだ。それはあゐの分まで生きることである。吾輩はあゐの分も精一杯生きていこうと思った。それが残された者たちの務めなのだから。

(終)



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