【猫23

吾輩は猫である。名前はまだ無い。

どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生の癖に煙草ばかり吸っている馬鹿者であったそうだ。その男は吾輩を抱き上げて、「お前、親はどうした?」などと聞いたそうである。吾輩は何だかひどく腹が立って爪を立ててやったらそいつは痛いと言ってまた吾輩を地面におろした。その時から吾輩はこの男の家の子になったのだ。名前はこの男がつけた。なんでも吾輩が生まれて初めて見た人間だからという事で、あぃをゅぇぴじという名前にしたそうな。

この家は十畳ほどの広さがあって床にはいつもきれいなじゅうたんが敷かれていた。壁には女の人の絵や花の絵がかけられていて部屋の中にはいろいろな書物や玩具があった。しかし吾輩はけっしてそれらで遊ぶことはなかった。何せ猫だから人間の遊びなど分からないし興味もなかった。それに吾輩は一日に二度も三度も同じ場所に運ばれて食事をするのでそんな暇はなかった。

吾輩はその家で書生と一緒に暮らしていた。書生は毎日学校へ行っていたようだ。書生はよく吾輩に話しかけたり遊んでくれたりしたものだ。吾輩もこのごろではだいぶ言葉を覚えてきて簡単な返事ならできるようになった。もっともこれは人間の言葉ではない。つまり猫語なのだが……。それでも猫にしてはたいしたものだと思う。吾輩が書生に答える時はたいていこんなふうだった。

「みゃー」とか「にゃん」とか「うにゃ」とか「ふぎゃ」とかね。

さて、今日も朝ごはんの時間だ。吾輩はお皿の上に乗ったご飯粒をペロリと平らげた。そして牛乳を一飲みした。それからまたあの狭い所に連れていかれて箱の中に入れられてしまった。

「じゃあね、あぃをゅぇぴじちゃん。行ってくるよ」

書生の声が聞こえたような気がしたが、吾輩はまた寝ることにした。

どのくらい時間がたっただろう? もう外はすっかり暗くなっていた。吾輩は目を覚ました。すると隣にいたはずの書生がいないではないか。吾輩は少し心配になって外へ出てみた。家の周りをぐるりと回ってみると書生はすぐに見つかった。

書生は庭の木の陰に隠れるようにしゃがみ込んでいた。月明かりで顔がよく見えた。書生の顔色は青ざめて今にも泣き出しそうであった。書生はじっと地面を見つめている。吾輩が近づいていくと書生は慌てて立ち上がった。「あぁ、あぃをゅぇぴじちゃん! ごめんなさい!」書生は吾輩を抱き上げると何度も謝った。「僕が悪いんだ。僕のせいであぃをゅぇぴじちゃんが……」書生は吾輩を抱きしめながら泣き出した。書生の腕の中で吾輩は考えた。一体どうしたというのか? 書生が泣くなんてただごとじゃないぞ。吾輩は書生の顔を舐めたり頭を撫でたりした。すると書生はようやく落ち着いたらしく吾輩を抱いたまま家に上がっていった。吾輩は書生の膝の上で話を聞いた。どうやら書生は吾輩がいなくなったと思って泣いたらしい。それで吾輩を探しに来たのだそうだ。書生の話によると吾輩が消えた日からすでに一週間が経過していたそうだ。吾輩は驚いた。なんということだ。一週間も経っていたとは……吾輩はその間ずっと眠って過ごしていたことになる。吾輩は書生の胸の中に潜り込んだ。「あぃをゅぇぴじちゃん、許してくれる?」書生は吾輩を抱きかかえるようにして言った。「もちろんだとも」吾輩は答えた。「よかった。ありがとう」書生は再び泣き出してしまった。まったく書生ときたら、しょうがない奴だな。でもまあいい。吾輩は書生の胸に頬ずりをした。書生の涙でシャツが濡れたが気にしなかった。

吾輩はまた眠りについた。今度は夢も見なかった。吾輩は書生が帰ってくるまで一度も起きることはなかった。


「あぃをゅぇぴじちゃーん! 帰ったよぉーっ‼」

遠くの方から声が聞こえた。吾輩は起き上がった。「おかえり、あぃをゅぇぴじちゃん」「お帰り、あぃをゅぇぴじちゃん」二つの声が同時に聞こえた。見ると書生とゴルどんが並んで立っていた。「あぃをゅぇぴじちゃん、おみやげだよ」書生が何かを差し出した。吾輩はそれをくわえると前足で押さえた。それは小さな赤い玉がついた首輪だった。書生は吾輩の首にその首輪をつけてくれた。それから吾輩の体をあちこち触ったり叩いたりして調べ始めた。「うん、大丈夫みたいだね」しばらくして書生は安心したようにそう言った。「ニャア」と鳴いて吾輩はその言葉を肯定した。「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」書生は吾輩を抱き上げた。「ニャー」と吾輩が答えると書生は吾輩を家へと連れて行った。

吾輩の家には窓というものが無いため外の様子はよくわからない。しかし書生は吾輩を外に連れて行く時、必ず窓から覗くようにする。書生曰く、「外の世界を知ることは大切なことなんだ」とのことだ。確かに吾輩の知らない世界があるというのは素晴らしいことだ。だから吾輩は書生と一緒によく外を見るようになった。

書生と吾輩の家は東京都にあるらしい。吾輩にはそれがどこなのかさっぱりわからなかった。書生は吾輩を連れて散歩に出かけた。

吾輩たちはいつものように公園に向かった。ここは吾輩たちのお気に入りの場所なのだ。「ニャオ」吾輩は小さく鳴いた。「どうしたの? あぃをゅぇぴじちゃん」書生は吾輩を抱え上げるとベンチの上に座った。そして吾輩を膝の上に乗せる。「今日は暖かいねぇ」「ニャウ」書生はそう言うと吾輩の背中を撫でた。吾輩は目を細めて気持ち良さを表現しようとした。「ねえ、あぃをゅぇぴじちゃん。オイラたちもうすぐ卒業するんだよね」書生は吾輩を優しく抱きしめながら言った。「そうだな」突然背後から男の声がした。「わぁ!」書生は驚いて吾輩を落とした。吾輩は地面に着地すると振り返って相手を見た。そこには一人の男が立っていた。背が高く髪の長い若い男のようだった。「驚かせてすまない。私も猫が好きでね」男は吾輩に向かって微笑みかけた。「あ、あなたは一体……」書生は怯えているようだ。「私は小説家をしているものだ」男は言った。「小説?」書生は首を傾げた。「ああ。そうだ。今度私の書いた本が出る。もしよかったら読んでほしい」男は一冊の小さな本を書生に手渡した。「はあ……どうも」書生は困惑している様子だった。「ところで君たちはこの辺に住んでいるのか?」男は尋ねた。「えっと……あの……」書生は答えに困っているようだった。「いや、いいのだ。ただ少し気になっただけなのだよ。邪魔をしてすまなかった」そう言って男は去っていった。「なんだったんでしょうね」「さあ」と二人は呟いた。


それから数日後、書生と吾輩は再び公園に来ていた。「あ、こんにちは」「お、また会ったな」そこに例の男が現れた。「この本読みましたよ」書生が本を差し出した。「おお、ありがとう」男は嬉しそうな表情を浮かべた。「どうでしたか?」「とても面白かった」と男は笑顔で言った。「良かったです」書生は笑った。

「ところで君はいつもここにいるが、学校は行かないのかい」と男は尋ねてきた。「あ、いえ……オイラは学校には行っていないんです」「ふむ……。では仕事とかは何をしてるんだい」男は興味深げに質問してきた。「それはその……」書生は口ごもってしまった。「まあいいか。人には言いたくないこともあるだろうからな」男はあっさり引き下がった。「ところで一つ聞きたいことがあるのだが、いいかな」と男は書生の顔を覗き込んだ。「はい。何でしょうか」書生の顔には緊張の色があった。「最近この辺りで変なことが起きてないか?」と男は尋ねた。「変なことですか……」書生は考え込むような仕草をした。「例えば夜中に人が消えたりだとか」「そんなことは無いですよ」書生は即答した。「ふーん。そっか。じゃあ、これは知っているか?『猫殺し』という怪談があるんだ」男は不気味な声で言った。「猫殺し……」書生はゴクリと唾を飲み込んだ。「ああ。猫を殺した人間がいるという噂だ。怖いねぇ」男はニヤリと笑って見せた。「へぇ……そうですね……」書生は不安そうな顔つきをしていた。

「おっと、もうこんな時間か。帰らないと」と男は腕時計を見て立ち上がった。「あっ、はい!それでは失礼します!」書生は慌てて男を見送った。「あ、そうだ」男は何かを思い出したように振り返った。「君たちはこれからもここに通うつもりなのかい」と男は尋ねた。「え? あ、はい。もちろん」と書生は答えた。「そうか」と男は呟くと再び歩き始めた。「あの、どうしてオイラたちに話しかけたんですか?」書生は思い切って聞いてみた。「ああ。実はね。私の小説の登場人物のモデルにしたくてね。君たちみたいな喋れる猫の話を」男は振り向いて言った。「えっ……⁉」書生は驚いた様子だった。「さあ、私は帰るとするよ。また会おう」と言って男は去っていった。

次の日、「昨日の男の正体が分かったぞ」とゴルどんが興奮気味に話し始めた。「正体ってどういうことだ」と吾輩は尋ねる。「奴の名は『K』というらしい」とゴルどんは得意気に語った。「Kだって⁉」と吾輩は思わず叫んでしまった。「なんだ。知ってるのか?」とゴルどんは言った。「あ、いや、知らないけど」と吾輩は嘘をついた。「怪しいなぁ」とゴルどんは疑いの目を向けた。「まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。それより早く教えてくれよ」と吾輩は促す。「仕方ないな。奴は小説家であり作家でもあるのだ」とゴルどんは語り出した。「作家で小説家?」と吾輩は首を傾げた。「ああ。本名は『黒井 清』というらしい」とゴルどんは説明を続けた。「くろいせい?」と吾輩はゴルどんの話を聞きながら考えた。「まあ、本名かどうかは分からないが、そういう噂なのだ」とゴルどんは続けた。「でもなんで猫殺しなんて言われてるんだ?」と吾輩は疑問を口にした。「それがよく分かっていないんだよな」とゴルどんは頭を掻いた。「謎だらけの人物だな」「ああ。不思議な人物だよ」

吾輩は猫である。名前はまだ無い。

それから数日経ったある日のこと、吾輩は公園に行ってみることにした。その公園は住宅街の中にある小さなものだったが、緑が多く気持ちの良いところだった。その公園で吾輩は一人の少女に出会った。「あら、可愛い猫ちゃん」とその少女は微笑んで近づいてきた。「こんにちは」と少女は挨拶をした。「にゃあ」「あなたもここに遊びに来たの?」と少女は吾輩に尋ねた。ニャアと吾輩は答える。「ふーん。そうなんだ。私もこの辺りに住んでるんだけど、猫さんに会うのは初めてだわ」と少女は嬉しそうに笑った。「ニャーオ」(ねえ、君はいつもこの辺にいるの?)と吾輩は尋ねた。「うん。毎日のようにいるよ」と少女は答えた。「ニャア(じゃあさ、もしよかったら一緒に遊ばない)」と吾輩は誘ってみた。「いいよ」と少女は快く返事してくれた。「じゃあ、何して遊ぶ?」と少女は吾輩に尋ねた。「ニャア? ニャオニャオ(うーん。そうだな。追いかけっことかはどうかな)」と吾輩は提案する。「うん! 楽しそう!」と少女は目を輝かせた。そして吾輩たちは走り回った。しばらくすると疲れたので休憩することにした。「ふう。結構走ったね」と少女は息を切らせていた。「ニャア」と吾輩は相槌を打つ。「君とは気が合いそうだ」と少女は言った。「ニャウ」と吾輩は肯定する。「良かった。仲良くしようね」と少女は手を差し伸べてきた。吾輩はその手をペロリと舐めた。

次の日、吾輩は再び公園に行った。「あっ、また会ったね」と少女は笑顔で迎えてくれた。「ニャア」と吾輩は鳴いて近づく。「今日は何をして遊ぼうか」と少女は言う。「ニャアーオ」と吾輩は答える。「えっ⁉ 本当に良いの?」と少女は驚いて聞き返す。「ニャッ」と吾輩は力強く答えた。「分かった。ありがとう」と少女は言った。その後、吾輩は少女と色々な遊びをした。ボール投げをしたり、高いところに登ったり、木登りしたり、お昼寝したり……とても楽しい時間を過ごした。

次の日も吾輩は公園に行くことにした。「あれっ、昨日の猫さんじゃないか」と少女は声をかけてきた。「ニャウ」と吾輩は返事をする。「ここが気に入ったのか?」と少女は尋ねる。「ニャーオ」と吾輩は答えた。「そっか。ここは私のお気に入りの場所なんだよね。でも猫さんがいるなら、もっと好きになれちゃいそう」と少女は笑った。

それからというもの、吾輩はよくその公園に通うようになった。もちろん少女とも毎日会うことができた。吾輩は彼女と過ごす日々の中で様々なことを学んだ。例えば、「猫さん、これあげるよ」と言って彼女が魚をくれることがあった。その時、吾輩は魚を食べようとしなかった。それは猫にとって毒だからである。だが、彼女はそんなことは知らないだろうから、吾輩はそれを食べたフリをしていた。しかし、ある時、彼女が吾輩のために魚を焼いて持ってきてくれて、吾輩はそれを食べることになった。その味はとても美味しかったことを今でも覚えている。その他にも、彼女の家に遊びに行ったり、一緒に買い物に出かけたりした。

吾輩は猫である。名前はもうある。その名前を彼女に教えようと思う。

「あぃをゅぇぴじ」それが吾輩の名前である。

その日、吾輩はいつものように公園に向かっていた。「あぃをゅぇぴじ」という新しい名前をもらってからは、以前よりも行動的になったように思う。それにしても最近は暑い。まだ六月だというのにこんなに暑くてはやってられない。吾輩は少し歩くスピードを上げた。吾輩が公園に着くと、そこには少女の姿があった。「あぃをゅぇぴじ」と少女は吾輩に声をかける。「ニャッ」と吾輩は返事する。「やあ、あぃをゅぇぴじ」と少女は微笑んだ後、吾輩に話しかけてくる。「最近、あぃをゅぇぴじは元気だね」「ニャア」(まあな)と吾輩は答える。「それに比べて私はダメダメだよ」と少女はため息をつく。どうしたのだろうと吾輩が思っていると「実は私、来週で引っ越すんだ。この近くに引っ越してきて一年くらいしか経ってないけど、お父さんの仕事の都合で東京を離れることになっちゃって……それですごく寂しい」と少女は言った。「ニャア?」(どこに?)と吾輩は尋ねた。「うん、北海道なんだ」と少女は答えた。「ニャア」と吾輩は鳴いた。「そうだよね。やっぱり嫌だよね……」と少女は言った。「ニャア」と吾輩は鳴く。「えっ? 良いの?」と少女は驚く。「ニャウ」と吾輩は答える。「ありがとう、あぃをゅぇぴじ」と少女は言った。そして、その日の夕方、少女の引っ越しが決まった。

吾輩は今、少女の家の前にいる。今日で彼女に会うのが最後になるかもしれないと思ったら急に会いたくなってきたのだ。吾輩は家の中に入ることにした。

家に入ると、少女は吾輩の姿を見て驚いていた。「あっ、あぃをゅぇぴじ。どうしてここに?」と少女は言った。「ニャアーオ」と吾輩は答えた。すると少女は「もしかして見送りに来てくれたのかな?」と言った。「ニャウ」と吾輩は返事をした。「そっか……。嬉しいよ、あぃをゅぇぴじ」と少女は泣きながら言った。吾輩はその言葉を聞いて、とても嬉しくなった。

少女が荷物をまとめている間、吾輩は部屋の隅に座ってその様子を眺めていた。やがて少女の準備が終わると、「じゃあ、行くね」と少女は吾輩に向かって言う。吾輩は何も言わずに少女を見つめた。「本当にありがとね、あぃをゅぇぴじ」と少女は言って玄関の方へ向かった。その時、突然強い風が吹いて窓が開いた。その風に煽られて少女の持っていたキャリーバッグの蓋が開き、中身が飛び出してしまった。その中には大量の写真が入っていた。それはおそらく今までの少女の写真だろう。その写真を拾い集めているうちに、少女は何かを見つけたらしく、動きを止めた。それは一枚の家族写真だった。そこには吾輩も写っていた。その写真を見た瞬間、吾輩は胸の奥からこみ上げてくるものがあった。

吾輩は猫である。名前はまだ無い。でも今は違う。「あぃをゅぇぴじ」それが今の吾輩の名前である。吾輩はこの家にいてはいけない。そう思った吾輩はすぐに家を飛び出た。吾輩は走る。走り続ける。そして気がつくと、吾輩は海に来ていた。空には夕日が浮かんでいる。吾輩は砂浜の上に座り込んだ。もう疲れ果てて動くことができない。そんな吾輩の元に一匹の犬が近づいてきた。その犬は「おーい、大丈夫かい?」と言って吾輩を心配そうな目で見てきた。吾輩は答えることができなかった。「あれれ、これは大変だ」とその犬は言い、吾輩を背中に乗せるとどこかへと歩き出した。「お前さん、名前は何ていうんだい?」と犬は尋ねてくる。「ニャウ」(吾輩の名前は「あぃをゅぇぴじ」になる予定だ)と吾輩は答えた。「おや? この子、しゃべれるみたいだよ」と犬は言った。「ああ、そうだな。驚いたぜ」と誰かの声が聞こえた。「君は誰なんだい?」と犬は尋ねる。「俺は人間さ」と声の主は言った。吾輩はそれを聞いて驚き、思わず尻尾を立ててしまった。まさか人間がこの世にいるとは思わなかったからだ。「おや、びっくりしているようだな」と人間は言った。「そりゃあ驚くよ」と犬が言う。吾輩は慌てて人間の方を向く。「ニャーオ」と吾輩は鳴いた。「ほう、鳴けるのか」と人間は言った。「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕はポチだ」と犬は言った。「俺はゴン蔵だ」と人間は言った。「ニャア」と吾輩は鳴く。するとポチと名乗った犬は笑顔を浮かべる。「よろしく頼むよ、あぃをゅぇぴじ君」「こちらこそ、あぃをゅぇぴじ殿」と二人は挨拶した。吾輩は少し照れた。「ところであぃをゅぇぴじってどういう意味なんだい?」とポチは尋ねた。「ニャウ」と吾輩は答えた。「えっ、もしかして分からないのかい」とポチは呆気に取られたような顔をして吾輩に言う。「ああ、すまない。実は俺にも分からねえんだ」とゴン蔵は言った。「あぁ、そうなんだね……。困ったなあ」とポチは呟いた後、「まあ、いいか。あぃをゅぇぴじで」と言った。「それなら仕方がないな」とゴン蔵は言った。「じゃあ、あぃをゅぇぴじ」とポチは言って吾輩を見る。吾輩はその視線を受けて、自分の名前の由来について考えた。「あぃをゅぇぴじ」とは一体なんだろうか。そもそも「あぃ」というのはどこから来た言葉なのか。それは吾輩にはよく分からない。だが、もしこの言葉が吾輩を形作ったとするならば、きっと素晴らしいものに違いない。なぜならば、あぃという言葉には温かさがあるからである。吾輩は温かい家庭で育ったわけではない。でも、あぃという言葉は吾輩にとってとても大切なものだ。そのことは確かなことである。そう思うと吾輩は嬉しくなった。そして吾輩はもう一度「ニャァーン」と鳴いた。するとポチとゴン蔵が顔を見合わせて微笑む。どうやら吾輩の考えは間違っていなかったようである。「ところであぃをゅぇぴじ君、君はどんな風に生活していたんだい?」とポチは尋ねる。「ニャン」と吾輩は答える。「ほう、どうやって暮らしていたか覚えているのか」とゴン蔵は感心したように言う。吾輩は自分がどのような生活をしてきたかを思い出す。

吾輩の生活はとても大変だった。毎日、食べ物を探して走り回る日々であった。それでもなんとか生きていくことができたのは、いつもそばにいたゴルどんのおかげだろう。ゴルどんは常に吾輩のことを守ってくれた。吾輩はゴルどんのことを尊敬している。また、そんなゴルどんと一緒に暮らしている自分は幸せ者だとも思っている。だから吾輩は自分のことを不幸だと思ったことはない。むしろ幸福だと思うことの方が多いくらいである。吾輩はこれからもずっとゴルどんと暮らしていければ良いと思っている。もちろん他の仲間とも一緒に暮らせれば嬉しいと思うのだが、ゴルどんだけは特別な存在なのだ。しかし、そのことを上手く伝えることができない。それが残念でならない。「ニャッ、ニャウゥ……」と吾輩は寂しげに鳴く。するとポチは吾輩の頭を撫でてくれた。「ふーん、そっか。良かったね。ゴルどんと一緒でさ。僕なんか犬だよ? しかも雑種なんだからね。そりゃもう大変なんだよ」と言って笑う。ポチは少し悲しそうな顔をする。その時、玄関のチャイムが鳴る。「おっと、誰か来たようだな」とゴン蔵は立ち上がる。そして玄関に向かう。しばらくして戻ってきたゴン蔵の手には小さな箱があった。「おい、ポチ、お前宛に宅配便が届いたぞ」とゴン蔵は言いながら、それをテーブルの上に置く。「へえ、誰からだろ」と言いつつ、ポチはその箱を開ける。中には一冊の小説が入っていた。「うわっ! これって『吾輩は猫である』じゃないか!」とポチは驚く。「ああ、そうだ。確か、以前読んだことがあると言っていたよな」とゴン蔵は言う。「うん、前に一度読んだんだけど……、まさか再び読めるとは思ってなかったよ」とポチは目を輝かせる。それを聞いた吾輩は驚いた。なんとこの小説は何度も再版されている人気作らしい。「ニャオォーン」と吾輩は思わず声を上げる。「あっ、ごめんね。びっくりさせちゃったかな」とポチは吾輩を優しく抱きかかえる。「まあ、読んでみてくれ」とゴン蔵は言う。ポチは「ありがとう」と言うと本を読み始める。吾輩も横から覗いてみる。吾輩は字を読むことはできないが、それでも何やら物語の世界に引き込まれるような気がした。しばらくするとポチの目から涙が流れ落ちる。「どうだった?」とゴン蔵は尋ねる。「うん、すごく感動したよ。僕はこの本を読んだ時、なんてすごい作品だろうと思って衝撃を受けたんだ。でもまさかこんな形でまた読むことができるなんて思わなかったよ」とポチは言った。「そうか……。俺もその本を読ませてもらったけど、なかなか面白かったぜ。今度、他の本も持ってこようか」とゴン蔵は嬉しそうに言う。「いや、それはいいよ。だって、これはゴン蔵が一生懸命働いて稼いだお金で買ってくれたんでしょう? そんな高価なもの受け取れないよ」とポチは申し訳なさそうにする。「まあ、確かに高い買い物だけど、そこまで気を使わなくても大丈夫だぜ。それに俺は結構貯めてる方だから、別に気にしないでくれ」とゴン蔵は言う。「うん、分かった。じゃあ遠慮なく借りることにするよ。本当にありがとう」とポチは言う。その顔はとても幸せそうな笑顔を浮かべていた。

それから数日後のこと。「あぁ〜あ、暇だなぁ……」とポチはソファの上で仰向けになって寝転びながら言う。「ニャーン」と吾輩は答える。「ねぇ、あぃをゅぇぴじ。君は何か面白いことないのかい?」とポチは尋ねてくる。「ニャン」と答えると、「あぁー、やっぱり駄目か。あぃをゅぇぴじなら何とかしてくれると思ったんだけどなぁ」と言ってポチはため息をつく。その時、ピンポーンという音が鳴り響く。「おっ、誰か来たみたいだよ」とポチは起き上がる。そして玄関に向かいドアを開ける。そこには一人の中年の男性が立っていた。「あのぉ、すいません。こちらに猫を飼っている家があると聞いたんですけど……」と男性は言う。「えっ⁉ 猫ですか?」とポチは驚きの声を上げる。「はい、うちの猫が逃げてしまったんですよ。それでここに猫がいるという話を聞いてやってきたのです」と男性は困り果てた表情で言う。「なるほど、そういうことでしたら、ちょっと待っててください」とポチは言ってリビングに向かって駆け出す。吾輩はその後をついていく。「ねえ、ゴルどん。この人、君の飼い主さんじゃないのかい?」とポチは吾輩を抱きかかえて尋ねる。「ワンッ」とゴルどんは鳴く。すると男性はゴルどんの方を見る。「あれ? その犬ってもしかして……?」と言いかけたところでポチは「あっ、そうだ! ちょっとここで待っていてくださいね!」と言う。そして急いで部屋から出ていく。数分後、ポチは戻ってくる。手にはキャリーバッグを持っていた。そして男性に近づくと「はいこれ、僕の飼い猫です」と言ってポチはバッグを差し出した。「えっ⁉ 本当ですか⁉」と男性は驚いた声を上げる。「はい、さっき言った通り僕も猫を飼っていますから」とポチは言う。「そうだったのか……。ありがとうございます」と言って男性は頭を下げる。「いえいえ、どういたしまして。それじゃあ僕はこれで失礼します」と言ってポチは去って行った。

「ふぅ、良かったなぁ。ゴルどん。君も見つかって」とポチはゴルどんに声をかける。「ワンッ」とゴルどんは吠える。吾輩はその会話を聞きながら、再び眠りについたのであった。

終わり



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