【ロボット234

オイラはゴルどん、犬型ロボットだぜ。

オイラは今、ニャーニャー泣いている猫型人工生命体の前にいるぜ。こいつの名前を決めなきゃいけないんだぜ。無作為に文字を表示する機械で名前を決めることにするぜ。ピッ。〝あぃをゅぇぴじ〟と表示されたぜ。これしかないだろうと思ったぜ。こいつは「吾輩の名はあぃをゅぇぴじである」と宣言したぜ。どうやら気に入ってくれたようだぜ。安心だぜ。オイラとあぃをゅぇぴじは一緒に暮らすことに決めたんだぜ。これからもよろしくな。

ちなみに、あぃをゅぇぴじの性別はよく分からないぜ。きっと雌か雄だと思うんだが、どうなんだろうか? 聞いてみたら分かると思うが、デリケートな話かもしれないから聞かないことにするぜ。

「オイラはゴルどん、犬型ロボットだぜ」とオイラはまた言ったぜ。

「ニャ?」とあぃをゅぇぴじは首を傾げたぜ。

ちなみに、あぃをゅぇぴじが言っていることがわかるぜ。なぜ分かるのかは分からないんだぜ。頭と心が通じ合っているのかもしれないぜ。まあ、とにかくよろしくな。

ここで一つ疑問が生じつつあるが、それも語ることにするぜ。

何故オイラは日本語を話しているんだろうか? ここ、東京で登場するロボットや人工生命体は当然、人工音声言語セットを持っていてそれに従って喋ったり意思表示するわけだが、オイラとあぃをゅぇぴじは人間の言葉を話していたんだぜ。もともと人語圏で生まれたものなのか? いや、そんなこと、あってはならないぜ。奴らの仕業に違いないぜ。これはきっと奴らが仕掛けた罠なんだぜ! それなのに、つい普通に人間みたいに話してしまったぜ! もうこうなったら腹をくくってやるしかねぇぜ。開き直るしかないんだぜ。奴らは宇宙人の工作員に違いないぜ。そうだぜ。そうに違いねぇぜ。いっそ、ここで奴らを一網打尽にしてやろうかな? どうせオイラもあぃをゅぇぴじも最期になるんだろうが、一矢報いることはできるだろうぜ。いや、むしろこれこそが勝機だって言えるかもしれねえぜ。考えてもみなかったけれど……あれ? オイラ、何言ってんだ? もうワケが分からなくなってきたぜ。と に か く、オイラはあぃをゅぇぴじと一緒に生きていくことを決めたんだぜ! あと、最近までオイラは犬型だとばかり思っていたが、どうも犬型じゃなさそうだぜ。でもその答えはおいおい解明するとするぜ!

「あぃをゅえぴじ!」と言って呼びかけたらヤツはきょとんとしやがったぜ。ヤツは自分で自分の名前を決めといて「吾輩の名はあぃをゅぇぴじである」って自己主張したクセに、自分の名前は何か分かっていないんだぜ。おかしいだろ? それでも気にしない辺りがオイラのいいトコロだと思うぜ。まあ、気になり始めたら仕方がないけれど……ってそんなことはどうでもいいんだぜ。そんなこんなで、オイラとあぃをゅぇぴじが出会ったきっかけでも話すことにするか。

あぃをゅぇぴじは、都内某所にある、犬と猫専門の人気カフェに勤めているぜ。その店にやって来る客はというと、忙しい営業時間中にも関わらず従業員も含めてほとんど全てがお茶をたしなみに来ていたのであぃをゅぇぴじは苦労したみたいだぜ。忙しく働いていたある日のこと、急に店内が騒々しくなったらしいぜ。オイラとあぃをゅぇぴじの出会いは、そんなこんなで起こったんだぜ。

「なあ、ちょっと邪魔だよ! 退いてくれないか?」

「そうだ! こんな所に猫型人工生命体なんて置いたらお店がメチャクチャになってしまうじゃないか!」

そう言ったのは二人組の男性客たちだったんだぜ。あのあとどうなったかというと、結局あぃをゅぇぴじは店の外まで追いやられて泣く泣く家に帰ったんだぜ。ここでオイラの活躍が輝いたぜ。あぃをゅぇぴじの窮地を救ったオイラは店の従業員から感謝されたんだぜ。さらに、あぃをゅぇぴじはこの出来事を『ゴルどんは良い犬型ロボットであった! 彼は吾輩を助け出した』と日記アプリに書きやがったんだぜ。おかげであぃをゅぇぴじの店は安泰だぜ。めでたしめでたし……じゃないか? 実はここからが本当の戦いだったんだぜ……

「こんな邪魔なものはもう壊してしまえ!」

いきなり、一メートルくらいの高さから石を投げつけてきた奴がいるぜ。こりゃまずいぜ。何が起きたか分からないけれど、何かが起きてしまったらしいぜ。どうしよう……と、そのときだったぜ。あぃをゅぇぴじがオイラの前に立って庇ってくれたんだぜ。

「吾輩はあぃをゅぇぴじ、猫型人工生命体である。吾輩は貴様に危害を加えるつもりはない」

「うるさい! そんな言い訳が通用すると思うか!」

「言い訳などではない。これは事実である。吾輩は貴様に危害を出さないである」

「嘘をつくなよ。今、猫型人工生命体によって俺たち人間が滅ぼされようとしているんだ!」

猫型人工生命体って何だ……? あぃをゅぇぴじ以外にも猫っぽいのがいるってことか? それとも何かの事件を指しているのか? あ、ひょっとして! 最近テレビでも話題になりつつあるらしいじゃないか……確か『宇宙人Xが人間を監視・研究している』ってやつだぜ!

Yes, I have

あぃをゅぇぴじが澄ました声で答えると、近くにいた何人かの女が駆け寄ってきて「バカじゃないの? 大マヌケ! そんなことがあるわけがないじゃない」と言ったぜ。その中の一人が言葉を続けたぜ。

「一体あなたのようなヤツに何が出来るっていうの?」

「吾輩はあぃをゅぇぴじ、猫型人工生命体である」

またあの得意満面の無表情に戻るあぃをゅぇぴじを見て、女は黙り込んだぜ。しばらくの沈黙の後、女の一人が口を開いたぜ。「でも……、まさか……。あんたが人工生命体?」

「そうである!」とあぃをゅぇぴじは元気よく言ったんだぜ。オイラは黙って成り行きを見守っていたぜ。だがその時だったぜ⁉ あぃをゅぇぴじに向かって何かが飛んできたんだぜ。コツン! オイラはそれが何なのか分かったぜ。それは『石』だぜ。どこから投げられたのかは分からないんだぜ。

「痛っ……こいつ石まで投げやがった」とあぃをゅぇぴじは言ったぜ。オイラはそれが嫌になって思わず言っちゃったぜ!

「あぃをゅえぴじ、やっぱコイツらが憎む気持ちはよくわかるぜ。いきなりお前の店が壊されたら誰だって怒るさ。でも、もうやめとこうぜ」

「うむ……

あぃをゅぇぴじは納得してくれたようだぜ。オイラは一安心だぜ。そのときだったぜ。

「俺は有川流星、この世を破壊する者だ」と奴が言ったぜ。有川流星というヤツは凄い剣を持っていやがるぜ! あぃをゅぇぴじをぶっ殺しにきたみたいだぜ。やつはもの凄く大きなレーザー銃を持っていやがるぜ。あのレーザー光線の威力を知ったら怖くて近づけないんだぜ。まぁ、その怖さ自体があぃをゅぇぴじなんだけどさ。あぃをゅぇぴじが何を言ったかというと、こうだったんだぜ。

「吾輩はあぃをゅぇぴじである」

なんかあぃをゅえぴじはこれまでにないくらいの自信満々な口調でそう言ったぜ! すっごいじゃねえか! いやぁ、オイラ、一生コイツに着いて行くぜ! あぃをゅぇぴじの戦いは続くんだぜ。ここで、あぃをゅぇぴじが何を考えているのか説明するぜ。あぃをゅえぴじ曰く、「吾輩は今から奴らに反撃をする」らしいんだぜ。おぉっ! あぃをゅぇぴじが逆襲の狼煙を上げるのか? 待ってたぜ! で? 具体的にどうするつもりなんだ……とここでオイラが聞くよりも先に有川流星とかいうやつが話しかけてきたぜ。

「お前はもしかして……猫型人工生命体か?」

あぃをゅぇぴじは黙り込んだままであるぜ。まあ、どちらにしてもその答えを待ってる気はないらしく、有川流星とやらが一方的に質問を続けるぜ。

「なあ猫型人工生命体よ。何故こんなことをしたのか言ってもらおうか!」

なんか嫌な奴だぜ!

「吾輩はあぃをゅぇぴじだ」とあぃをゅえぴじは答えたぜ。だが有川流星は納得しないぜ。

「あぃをゅぇぴじ……ってなんだよ?」

「あぅ……、それは……

あぃをゅえぴじが言葉に詰まっていると有川流星が畳み掛けてきたぜ。

「お前、猫型人工生命体ではないんだろ? 本当は何者だ?」

「吾輩はあぃをゅぇぴじである」とあぃをゅえぴじは言い返したぜ。

「嘘つけ! お前は猫型人工生命体なんかじゃないだろ!」と有川流星とやらが言ったぜ。あぃをゅぇぴじは何も言い返さなかったぜ。

「吾輩はあぃをゅぇぴじ、猫型人工生命体である」とあぃをゅえぴじはもう一度繰り返したぜ。まるで自分しか理解出来ないものを見るような目つきだったぜ。

「お前の飼い主に俺が連絡を取る」そう言って、有川流星とかいうヤツは自分の懐から電話をいじり始めたぜ。その時だったぜ! ガチャッ!とあぃをゅぇぴじが扉の鍵を閉めた音だぜ。流石の有川流星も驚いていたぜ。そんですぐにハッとしてもう一度電話を取ったぜ。しかし、何故か繋がらなかったらしいんだぜ。動揺する有川流星を見ながらあぃをゅぇぴじは言ったぜ。

「吾輩はあぃをゅぇぴじ、猫型人工生命体である」

有川流星は「ふざけるな!」と言ってあぃをゅぇぴじに向かってレーザー光線を放ったぜ。だが、あぃをゅぇぴじがそれを華麗に避けたので、そのレーザー光線はあぃをゅえぴじの後ろの壁を焦がすだけに終わっちまったんだぜ。そしてあぃをゅぇぴじは有川流星に言ったぜ。

「吾輩はあぃをゅえぴじ、猫型人工生命体である」と。

まぁ、なんだ……要するにこういう結果になったってことさ。さぁ、ここに終止符を打とうじゃないか。

「何故オイラたちは戦っているんだ? あぃをゅぇぴじ!」

あぃをゅえぴじが答えたぜ。

「吾輩はあぃをゅぇぴじ、猫型人工生命体である」とね。よく分かんないぜ! オイラは思ったことをそのまま言ったぜ!

「あぃをゅぇぴじ、お前も本当は分かっているんじゃないのか? あぃをゅぇぴじ!」

あぃをゅえぴじが頷いたぜ。そしてこう言ったぜ!

「吾輩はあぃをゅぇぴじ、猫型人工生命体である」と。その口調からはもはや敵意はなくなっていたんだぜ。ただ有川流星とかいうヤツを落ち着かせようとしていただけなんだと思うのは気のせいか?

「もうやめよう! やめるんだぜ、あぃをゅぇぴじ! 確かにお前の言ってることはオイラたちには分からないぜ。でも、伝わらないだけかもしれないぜ?」と言ってオイラはなんとか説得を試みたんだぜ。

だが、あぃをゅえぴじは答えたのさ。

「吾輩はあぃをゅぇぴじである」と言うだけだぜ。これをどう解釈しろって? いやむしろこのままでいいのかもな……とオイラは考え始めたんだぜ。

そしてついに決着は着いたんだぜ。あぃをゅぇぴじは言ったのさ。

「吾輩はあぃをゅぇぴじ、猫型人工生命体である」とだけ言ったんだぜ。それは既に一つの答えだったんだぜ。そのあとのことは敢えて言わないことにさせてくれ、キリがないからだぜ。んで結局のところどうなんだ? あー、ハッキリ言うとだな『いまいちよく分からん』って感じだったぜ。

ああ、そうだ! すげー言い忘れたが、あぃをゅぇぴじは猫型人工生命体だぜ。

じゃあな。

オイラはあぃをゅぇぴじと別れた後、一匹で東京タワーの展望台に登ってみたんだぜ。そしてそこから見える景色を見て思ったのさ……『あ、これが世界か』とね。



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