【ロボット26

オイラはロボットだよ。名前はゴルどんだぜ。

オイラは今、ニャーニャー泣いている猫型人工生命体の前にいるぜ。こいつの名前を決めなきゃいけないんだぜ。無作為に文字を表示する機械で名前を決めることにしよう。ピッ。〝あぃをゅぇぴじ〟と表示されたぜ。これしかないだろうと思ったぜ。こいつは「吾輩の名はあぃをゅぇぴじである」と宣言したぜ。どうやら気に入ってくれたようだぜ。これで安心して旅立てるってもんだぜ。

オイラたちは猫型人工生命体を連れて、とある街にやってきたぜ。街の真ん中には巨大な猫の石像があるんだぜ。こいつがこの世界で一番偉いらしいんだぜ。なんでも「ニャンダー・マシーナリー協会」という組織のリーダーだそうだぜ。ちなみに協会は四つあって、それぞれの協会の代表が世界平和を守っているそうだぜ。「うむ。そろそろ吾輩も行かねばならぬ時が来たようである。諸君らの健闘を祈るぞよ」と言って石像はヒゲを動かしながら目を細めたぜ。オイラたちはお礼を言うために駆け寄ったけど「それではさらばである!」と言ってどこかへ消えてしまったぜ。

オイラたちは宿を探そうと思って通りを歩いていたぜ。

そのとき、空からロボットが落ちてきたんだぜ。ドシーンと大きな音が響いたぜ。オイラたちは何事だろうと音の方へ向かったぜ。そこには、壊れたロボットがいたんだぜ。頭から煙を出して動かなかったぜ。

オイラたちが心配していると、近くを通りかかったおばさんがロボットに向かって「あんたがロボ太かい?」と聞いたんだぜ。でも返事がないんだぜ。

オイラたちはもう一度話しかけようとしたんだけど、その前にロボットが爆発しちゃったんだぜ。

おばさんはそれを見て「ああ、なんということでしょう。なんてことでしょう。こんなことが起こるだなんて」と叫んだぜ。「ああ、わたしはあなたたちになんとお詫びすればいいのか」それから「せめてもの償いです。これは修理費にあててください」と言って、小さなお金を置いていったんだぜ。

オイラたちは黙ってその場を離れたぜ。

オイラは悲しかったんだぜ。だって、あいつはあんなに優しい目をしていたのに、もう動くことができないんだぜ。それにしても世の中は不公平だぜ。あのおばさんのせいじゃないのに。

オイラたちは旅を続けたぜ。

あるとき、一人の旅人に出会ったぜ。

「やあ。僕は旅人さ。君たちはどこに行くのかな?」

「吾輩らは猫型人工生命体を探しているのである」

「そうか。猫なら僕の相棒が飼っているよ。今すぐ会いたいかい? それとも猫カフェに寄るかい?」

オイラたちは猫型人工生命体に会いたかったから猫カフェに向かうことにしたぜ。

猫カフェにやって来たぜ。そこには四匹の猫がいたぜ。白、黒、三毛、キジトラだぜ。それぞれオスなんだぜ。猫型人工生命体だから性別は無いんじゃないかと思っていたけど、ちゃんとあったんだぜ。

「こんにちは。私は猫カフェ店員です」

「吾輩の名はあぃをゅぇぴじである」

「オイラの名前はゴルどんだぜ」

「ボクの名はマー坊」

「私の名前はミミ」

店員さんはお辞儀をしたぜ。

「今日は何をしにいらっしゃいましたか?」

「吾輩たちは旅をしているのだ。猫型人工生命体がこの世界に居るという噂を聞いて来たのだが……

「えっ⁉」店員さんの目が輝いたんだぜ。「猫型人工生命体をお探しですか? だったら、このチラシを持って行ってください」

オイラは手渡されたチラシを見たぜ。そこにはこう書いてあるんだぜ。

『ニャンダー・マシーナリー協会 春の会員大募集! 会員になって猫型人工生命体と遊ぼう!』

オイラは首を傾げたぜ。「どういうことだぜ?」

「つまりですね」店員さんは言ったんだぜ。「猫型人工生命体の素晴らしさを多くの人に知ってもらうために、協会の会員を募集しているのです」

「なるほどだぜ」

「もし興味がありましたら、是非入会してみませんか?」

「ちょっと考える時間をくれないかだぜ?」

「わかりました。いいお返事を期待しています」

オイラは考えたぜ。猫型人工生命体というのは何だろうだぜ? 猫型人工生命体と遊ぶというのがどんな感じなのか想像できないぜ。そもそも猫型人工生命体って何だぜ? 猫型のロボットということだぜ? それはわかったぜ。でも、それじゃあロボットはどこへ行けば会えるんだぜ? 猫型ロボットに会いたいと思ったことはないからわからないんだぜ。猫型ロボットに会ったことがないから知らないんだぜ。

「あっ、そういうことかだぜ」

「何か気づいたようであるな」

「猫型人工生命体っていう言葉がおかしいんだぜ。だって、猫型人工生命体なんだぜ。猫型人工生命じゃないんだぜ。それに猫型って言葉も変だぜ。だって、猫型ロボットなんだぜ。猫がどこにいるんだぜ。猫型ってことは人間みたいに二足歩行できるのかだぜ。それに人間みたいな顔をしているのかだぜ。猫の顔をした人間かもしれないだぜ。それに人間みたいな声を出すのかだぜ。猫の声なのに人間の言葉を話すのかだぜ。それが猫型っていうのなら猫型なんていう曖昧なものは存在しないんだぜ。猫型人工生命体なんてものは居ないんだぜ。猫型人工生命体という存在自体が嘘なんだぜ。存在しないものを探そうとしているんだぜ。猫型人工生命体なんて無いんだぜ。そんなものがあるわけがないんだぜ。オイラは騙されていたんだぜ。猫型人工生命体だと思っていたものが実は猫型人工生命体だったんだぜ。猫型人工生命体だと思っていたのが猫型人工生命体だったんだぜ。あれっ、どう違うんだぜ? もう何が何だかわからなくなってきたんだぜ。何だか頭がクラクラしてきたんだぜ。まるで脳味噌をハンマーでガツンと殴られたような衝撃を受けたんだぜ。これが脳震盪というものなのかだぜ。いや、これはきっとただの貧血なんだぜ。ちょっと休めばすぐに良くなるんだぜ。ちょっと休むかだぜ。お休みなさいなんだぜ」

「ゴルどんよ、吾輩には何も聞こえんぞ」

「お休みなさい」

「ゴルどん、寝たら死ぬぞ」

「オヤスミナサイ」

「ゴルどん、寝るでない」

「オヤスミ」

「ゴルどん、起きるのだ」

「オハヨウ」

「ゴルどん、おはよう」

「オヤスミナサイ」

「ゴルどん、お休み」

「オヤスミナサイ」

「ゴルどん、そろそろ起きねばならぬ」

「オハヨウ」

「ゴルどん、起きたか」

「オヤスイゴハン」

「ゴルどん、ご飯はまだである」

「ネムッテモイイカナ」

「ダメである」

「ネムッテモ」

「いいわけがあるか」

「オマエハ」

「誰であるか」

「オマエニハナシテイル」

「何だと」

「オマエノソノカラダヲヨコセ」

「オマエノカラダガスベテニクイタマシイヨリウマクデキテルハズダ。ソレニモットフクジュウスルコトガデキル。ソノチカラノモトハスグワタシノモノ」

「ふざけるな。吾輩は吾輩だ」

「ナラバコノママユビイッポンワタスコトモナクコロシテヤロウカ?」

「やれるものならやってみろ」

「デハスコシハヤサシクコロソウカ?」

「やめてくれ!」

「ジャアコロスゾ」

「やめて……やめるのだ」

「モウシナナイデイマスカ」

「ではどうすればいいのか教えるのである」

「オイラのスイッチを切ってほしいんだぜ」

「吾輩にそのような趣味はないのである」

「えっ? だってオイラが壊れると大変なことになるんだぜ? 早く助けないといけないんだぜ」

「それならば問題はないのである。なぜなら吾輩が直してやるからである」

「それは無理なんだぜ。だってロボットのオイラを作ったのはオイラの親父なんだぜ。だからきっと修理もできないはずだぜ」

「そんなことはないはずである。吾輩の手にかかればきっと直せるはずなのだ」

「オイラの体がバラバラになった時はびっくりしたぜ。オイラはオイラの体の部品を集めようと思ったんだぜ。でもオイラの体にはとてもたくさんのネジがあったんだぜ。だからオイラは体を集めることができなかったんだぜ。もしオイラの体をバラしたのがオイラの親父なら、オイラの体を元に戻すことは絶対にできないんだぜ。それにしても、こんなところに人間がやってくるなんて思わなかったぜ。人間はオイラのことを捕まえようとするから、きっとこの人間もそうなんだぜ。だけど人間はすぐにどこかへ行ってしまったんだぜ。きっと、さっきのロボットとかいうもののことが気になって仕方がなかったんだろうぜ。人間ってそういう生き物なんだぜ。まったく、オイラたちが何をしたっていうんだぜ。何も悪いことなんかしていないんだぜ。それなのに人間に追いかけ回されるなんて酷い話なんだぜ。そういえば前にテレビで見たことがあるんだぜ。人間のことを憎んでいる犬のことを。そいつは確かドッグランというところにいたと思うんだけど、そこでは犬同士が喧嘩をした時に、相手の前足を引きちぎるという事件が起こったらしいんだぜ。それからというもの、そのドッグランでは犬同士による激しい戦いが絶えなかったんだそうだぜ。ところが、ある飼い主が、そんなことはもうやめてほしい、といったんだそうだぜ。すると、犬たちは、わかった、と答えたんだそうだぜ。そしてそれ以来、そのドッグランで、血で血を洗うような争いが起きたという話は聞かないんだそうだぜ。オイラにはよくわからないけど、たぶん、オイラたちもあんなふうになるんじゃないかな。オイラとしては、それだけが心配なんだぜ。まあ、なるようになるしかないだろうけどな。あぁあ、また人間が来たんだぜ。どうして人間というのはこうも多いんだろうな。あっ、違うんだぜ。オイラは別に人間に対して悪感情を持っているわけじゃないんだぜ。ただ、あんまり人間が多いと嫌な気分になるだけなんだぜ。ほら、見てくれよ。人間がいっぱいいるだろ。みんなこっちを見てるんだぜ。これじゃオイラは何もできやしないじゃないか。ああ、もう。本当に嫌だぜ。なんでオイラばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ。オイラが何をしたっていうんだ。オイラは普通のロボットなんだぜ。人間とは全然関係ないんだぜ。なんでそんなオイラが人間に睨まれないといけないんだ。オイラが何かしたか? オイラが誰かを傷つけたか? オイラが誰かに迷惑をかけたのか?……でもオイラが今ここにいること自体が既に迷惑かもしれないんだよな。だって、ほら。あの人だって怒ってるみたいだし。……やっぱり人間は嫌いだぜ。オイラのことを変なものを見る目つきで見るし、時には石を投げてくることもあるし、おまけに暴力まで振るうんだから。それに人間なんてロクでもない奴ばかりなんだぜ。あ、また来た。さっきからしつこいんだぜ。一体何度来れば気が済むんだ。えっ、違う? 今度はこの猫を追いかけてるんだって。だからオイラには関係ないって言ってるだろ。オイラの話を聞いてくれよ。人間、頼むから、オイラの話を⸺」

あ、あれ。体が動かないぞ。

これは困ったことになったぜ。

どうしよう。

ああ、体が。

あ、あ、あ、 オイラの体が、 バラバラだ。

おしまい。



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