オイラはロボットだよ。名前はゴルどんだぜ。
オイラは今、ニャーニャー泣いとる猫型人工生命体の前にいるぜ。こいつの名前を決めなきゃいけへんんだぜ。無作為に文字を表示する機械で名前を決めることにしようわ。ピッ。〝あぃをゅぇぴじ〟と表示されたぜ。これしかないやろうと思ったぜ。こいつは「吾輩の名はあぃをゅぇぴじであるちうわけや」と宣言したぜ。どうやら気に入ってくれたようだぜ。これで安心して旅立てるってもんだぜ。
オイラたちは猫型人工生命体を連れて、とある街にやってきたぜ。街の真ん中には巨大な猫の石像があるんだぜ。こいつがこの世界で一番偉いらしいんだぜ。なんでも「ニャンダー・マシーナリー協会」ちう組織のリーダーだそうだぜ。余計なお世話やけど協会は四つあって、それぞれの協会の代表が世界平和を守っとるそうだぜ。「うむ。そろそろ吾輩も行かねばならぬ時が攻めて来よったようであるちうわけや。諸君らの健闘を祈るぞよ」と言って石像はヒゲを動かしながら目を細めたぜ。オイラたちはお礼を言うために駆け寄ったけど「ほならさらばであるちうわけや！」と言ってどこぞへ消えてしもたぜ。
オイラたちは宿を探そうと思って通りを歩いとったぜ。
そのとき、空からロボットが落ちてきたんだぜ。ドシーンと大きな音が響いたぜ。オイラたちは何事やろうと音の方へ向かったぜ。そこには、壊れたロボットがいたんだぜ。頭から煙を出して動かなかったぜ。
オイラたちが心配しとると、近くを通りかかったおばはんがロボットに向かって「あんたがロボ太かい？」と聞いたんだぜ。でも返事がないんだぜ。
オイラたちはもういっぺん話しかけようとしたんやけど、その前にロボットが爆発しちゃったんだぜ。
おばはんはそれを見て「ああ、なんちうことでっしゃろ。なんてことでっしゃろ。こないなことが起こるだなんて」と叫んだぜ。「ああ、わいはあんさんたちになんとお詫びすればええのか」ほんで「せめてもの償いや。これは修理費にあてておくんなはれ」と言って、小さなお金を置いていったんだぜ。
オイラたちは黙ってその場を離れたぜ。
オイラは悲しかったんだぜ。だって、あいつはあないなに優しい目をしとったのに、もう動くことがでけへんんだぜ。それにしても世の中は不公平だぜ。あのおばはんのせいやないのに。
オイラたちは旅を続けたぜ。
あるとき、一人の旅人に出会ったぜ。
「やあ。僕は旅人さ。君たちはどこに行くのかな？」
「吾輩らは猫型人工生命体を探しとるのであるちうわけや」
「そうか。猫なら僕の相棒が飼っとるよ。今すぐ会いたいかい？ それとも猫カフェに寄るかい？」
オイラたちは猫型人工生命体に会いたかったから猫カフェに向かうことにしたぜ。
猫カフェにやって攻めて来よったぜ。そこには四匹の猫がいたぜ。白、黒、三毛、キジトラだぜ。それぞれオスなんだぜ。猫型人工生命体やから性別は無いんやないかと思っとったけど、ちゃんとあったんだぜ。
「こんにちは。わいは猫カフェ店員や」
「吾輩の名はあぃをゅぇぴじであるちうわけや」
「オイラの名前はゴルどんだぜ」
「ボクの名はマー坊」
「わいの名前はミミ」
店員はんはお辞儀をしたぜ。
「今日は何をしにいらっしゃおったんやか？」
「吾輩たちは旅をしとるのや。猫型人工生命体がこの世界に居るちう噂を聞いて攻めて来よったのやけど……」
「えっ⁉」店員はんの目が輝いたんだぜ。「猫型人工生命体をお探しやろか？ やったら、このチラシを持って行っておくんなはれ」
オイラは手渡されたチラシを見たぜ。そこにはこう書いてあるんだぜ。
『ニャンダー・マシーナリー協会 春の会員大募集！ 会員になって猫型人工生命体と遊ぼうわ！』
オイラは首を傾げたぜ。「どういうことだぜ？」
「ゴチャゴチャゆうとる場合やあれへん、要はやね」店員はんは言ったんだぜ。「猫型人工生命体の素晴らしさをようけの人に知ってもらうために、協会の会員を募集しとるのや」
「なるほどだぜ」
「もし興味がおましたら、是非入会してみまへんか？」
「ちーとばかし考える時間をくれへんかだぜ？」
「わかったんや。ええお返事を期待していますわ」
オイラは考えたぜ。猫型人工生命体ちうのは何やろうだぜ？ 猫型人工生命体と遊ぶちうのがどないな感じなのか想像でけへんぜ。そもそも猫型人工生命体って何だぜ？ 猫型のロボットちうことだぜ？ それはわかったぜ。でも、それやあロボットはどこへ行けば会えるんだぜ？ 猫型ロボットに会いたいと思ったことはないからわかりまへんんだぜ。猫型ロボットに会ったことがないから知りまへんんだぜ。
「あっ、そういうことかだぜ」
「何ぞ気づいたようであるな」
「猫型人工生命体っていう言葉がおかしいんだぜ。だって、猫型人工生命体なんだぜ。猫型人工生命やないんだぜ。それに猫型って言葉も変だぜ。だって、猫型ロボットなんだぜ。猫がどこにいるんだぜ。猫型ってことは人間みたいに二足歩行できるのかだぜ。それに人間みたいな顔をしとるのかだぜ。猫の顔をした人間かもしれへんだぜ。それに人間みたいな声を出すのかだぜ。猫の声なのに人間の言葉を話すのかだぜ。それが猫型っていうのなら猫型なんていう曖昧なものは存在せんんだぜ。猫型人工生命体なんてものは居ないんだぜ。猫型人工生命体ちう存在自体が嘘なんだぜ。存在せんものを探そうとしとるんだぜ。猫型人工生命体なんて無いんだぜ。そないなものがあるわけがないんだぜ。オイラは騙されとったんだぜ。猫型人工生命体だと思っとったものが実は猫型人工生命体やったんだぜ。猫型人工生命体だと思っとったのが猫型人工生命体やったんだぜ。あれっ、どうちゃうんだぜ？ もう何が何だかわからなくなってきたんだぜ。何だか頭がクラクラしてきたんだぜ。まるで脳味噌をハンマーでガツンと殴られたような衝撃を受けたんだぜ。これが脳震盪ちうものなのかだぜ。いや、これはきっとただの貧血なんだぜ。ちーとばかし休めばすぐに良くなるんだぜ。ちーとばかし休むかだぜ。お休みなさいなんだぜ」
「ゴルどんよ、吾輩にはなあんも聞こえんぞ」
「お休みなさいちうわけや」
「ゴルどん、寝たら死ぬぞ」
「オヤスミナサイ」
「ゴルどん、寝るでないちうわけや」
「オヤスミ」
「ゴルどん、起きるのや」
「オハヨウ」
「ゴルどん、おはようわ」
「オヤスミナサイ」
「ゴルどん、お休み」
「オヤスミナサイ」
「ゴルどん、そろそろ起きねばならぬ」
「オハヨウ」
「ゴルどん、起きたか」
「オヤスイゴハン」
「ゴルどん、ご飯はまだであるちうわけや」
「ネムッテモイイカナ」
「ダメであるちうわけや」
「ネムッテモ」
「ええわけがあるか」
「オマエハ」
「どなたはんであるか」
「オマエニハナシテイル」
「何だと」
「オマエノソノカラダヲヨコセ」
「オマエノカラダガスベテニクイタマシイヨリウマクデキテルハズダ。ソレニモットフクジュウスルコトガデキル。ソノチカラノモトハスグワタシノモノ」
「ふざけるな。吾輩は吾輩や」
「ナラバコノママユビイッポンワタスコトモナクコロシテヤロウカ？」
「やれるものならやってみろ」
「デハスコシハヤサシクコロソウカ？」
「やめてくれ！」
「ジャアコロスゾ」
「やめて……やめるのや」
「モウシナナイデイマスカ」
「ではどうすればええのか教えるのであるちうわけや」
「オイラのスイッチを切ってほしいんだぜ」
「吾輩にそのような趣味はないのであるちうわけや」
「えっ？ だってオイラが壊れるとエライことになるんだぜ？ 早く助けへんといけへんんだぜ」
「それならば問題はないのであるちうわけや。なんでやねんなら吾輩が直してやるからであるちうわけや」
「それは無理なんだぜ。だってロボットのオイラを作ったのはオイラの親父なんだぜ。やからきっと修理もでけへんはずだぜ」
「そないなことはないはずであるちうわけや。吾輩の手にかかればきっと直せるはずなのや」
「オイラの体がバラバラになりよった時はびっくりしたぜ。オイラはオイラの体の部品を集めようと思ったんだぜ。でもオイラの体にはどエライようけのネジがあったんだぜ。やからオイラは体を集めることができなかったんだぜ。もしオイラの体をバラしたのがオイラの親父なら、オイラの体を元に戻すことは絶対にでけへんんだぜ。それにしても、こないなトコに人間がやってくるなんて思わなかったぜ。人間はオイラのことを捕まえようとするから、きっとこの人間もそうなんだぜ。やけど人間はすぐにどこぞへ行ってしもたんだぜ。きっと、さっきのロボットとかいうもののことが気になって仕方がなかったんやろうぜ。人間ってそういう生き物なんだぜ。まるっきし、オイラたちが何をしたっていうんだぜ。なあんも悪いことなんかしておらへんんだぜ。それなのに人間に追いかけ回されるなんて酷い話なんだぜ。そういえば前にテレビで見たことがあるんだぜ。人間のことを憎んでいる犬のことを。そいつは確かドッグランちうトコにいたと思うんやけど、ほんでは犬同士が喧嘩をした時に、相手の前足を引きちぎるちう事件が起こったらしいんだぜ。ほんでちうもの、そのドッグランでは犬同士による激しい戦いが絶えなかったんだそうだぜ。トコロが、ある飼い主が、そないなことはもうやめてほしい、といったんだそうだぜ。すると、犬たちは、わかった、と答えたんだそうだぜ。ほんでそれ以来、そのドッグランで、血で血を洗うような争いが起きたちう話は聞かないんだそうだぜ。オイラにはよくわかりまへんけど、タブン…たぶんやで、わいもよーしらんがタブン、オイラたちもあないなふうになるんやないかな。オイラとしては、それだけが心配なんだぜ。まあ、なるようになるしかないやろうけどな。あぁあ、また人間が攻めて来よったんだぜ。どうして人間ちうのはこうも多いんやろうな。あっ、ちゃうんだぜ。オイラは別に人間に対して悪感情を持っとるわけやないんだぜ。ただ、あんまり人間が多いと嫌な気分になるだけなんだぜ。ほら、見てくれよ。人間がいっぱええるやろ。みんなこっちを見てるんだぜ。これやオイラはなあんもできやせんやないか。ああ、もうわ。ホンマに嫌だぜ。なんでオイラばっかりこないな目に遭わなくちゃいけへんんだよ。オイラが何をしたっていうんや。オイラは普通のロボットなんだぜ。人間とはさらさら関係ないんだぜ。なんでそないなオイラが人間に睨まれへんといけへんんや。オイラが何ぞしたか？ オイラがどなたはんかを傷つけたか？ オイラがどなたはんかに迷惑をかけたのか？……でもオイラが今ここにいること自体が既に迷惑かもしれへんんだよな。だって、ほら。あの人だって怒ってるみたいだし。……やっぱり人間は嫌いだぜ。オイラのことを変なものを見る目つきで見るし、時には石を投げてくることもあるし、おまけに暴力まで振るうんやから。それに人間なんてロクでもない奴ばかりなんだぜ。あ、また攻めて来よった。さっきからしつこいんだぜ。一体何度来れば気が済むんや。えっ、ちゃう？ 今度はこの猫を追いかけてるんだって。やからオイラには関係ないって言ってるやろ。オイラの話を聞いてくれよ。人間、頼むから、オイラの話を⸺」